第52話 先へ

はるか後方でヒオリとミツキが奮闘している中、ユズルは通路を飛ぶように疾走しながら、背後から追いかけてくるアインと互いに牽制し合っていた。

広場から奥へと通路に入ってからというもの、アインはぴったりとユズルの後を追いかけてきている。

この通路は道幅も広く、ほぼ真っ直ぐな直線だが、曲がり角や坂道がないわけではない。

これがユズルにとって誤算だった。いや、まるで想定できていなかった。こんな単純な予測ができないほど、ユズル自身も内心で焦ってしまっていたのだ。

内部構造を知っていることからも地の利が相手にあるため、ユズルはじわじわとその差を埋められつつあった。

けれど、まだ攻撃が届く距離ではない。そして、たとえ攻撃されたとしても、一度だけ躱してしまえばそのまま一気に引き離せる。


(こいつは直情的で直線的な攻撃が多い。警戒さえしておけば余裕で対処できるはずだ)


そう思いユズルが僅かに気を抜いた時、唐突に後ろから凄まじい重圧を感じた。

ゾワゾワ、と背筋を悪寒が走り抜けていき、一瞬だけ時が止まったような錯覚に陥る。

今までに感じたことのない暴力的な力の集中が空気を揺らし、ユズルの自衛本能を無理矢理たたき起こす。


(―――――これはヤバい…!)


ユズルはなりふり構わず、とっさに上に飛び上がる。

その直後、さっきまでユズルがいた場所を巨大な炎の塊が通過し、息を呑む間もなくすぐ傍の壁に直撃して爆発した。

爆発は周囲に耳をつんざくような音と暴風のような衝撃波を巻き起こし、ユズルもその煽りを受けて吹き飛ばされてしまう。


「なんだ……っ!?」


ユズルは思わず声をあげながら、体勢を立て直して後ろを振り返る。


「ハッハァ!どーよ、俺様の火炎はよォ!」


口から火の粉を散らしながら、アインが自慢げに騒ぐ。

アインが放った炎弾は距離にして数mほどの間合いを一気に飛び越え、猛烈な勢いでユズルに迫ったのだ。


(なんて攻撃をしてくるんだ…)


ユズルは爆発によって粉々になり、崩れてきている道を眺めて戦慄を覚えた。

このまま何度も炎弾で道を崩されたら厄介なうえに、もし直撃すれば致命傷になり得る。

また、レーゲンスが露払いを指示したと言っているが、ここまで執拗に追いかけてくるのを見るとそれも信用できるとは思えない。

もし万が一まとめて相手にすることになれば、ユズルが圧倒的に不利になる。

そこまで考えをまとめると、ユズルは足を止めてアインを迎え撃つように刀を構えた。


「なんだァ…?やっと俺様と戦う気になったか?」

「鬱陶しい蝿を先に潰しておくだけだ」


ユズルが気怠げな声でつぶやく。

ユズルにとっては目の前にいる取るに足らない敵のことなど、心底どうでもよかったのだ。全てはレーゲンスを倒すための障害に過ぎない。

それを聞いたアインは憤慨するように翼を大きく広げた。


「ひよっこの神が調子に乗るんじゃねェ…!初めて戦った時のことをよぉ〜く思い出してみやがれ。手を抜いた俺様と同程度だっただろうが!」

「それがどうした?」

「つまり、てめぇじゃ俺様には勝てねえんだよォ!!」


アインは苛立つように叫ぶと、翼を使って空中をジグザグに高速移動しながら突撃してくる。まさに異形の身体を持つ虚霊ならではの戦い方だ。

ユズルはその動きを視線だけで追いかけ、それに合わせるように刀を振るった。

そして、濡羽色の爪と白銀の刃による壮絶な量の打ち合いが火蓋を切った。


アインは空中を自由に飛び回り、息をつく間も与えない速度で四方八方から攻撃を繰り出していく。

迎え討つユズルは降りかかる夥しい量の斬閃を全てはじき返す。寸分の狂いもなく、的確に。

爪と刃がぶつかり合う度に火花が散り、耳をつんざくような金属音が響き渡った。


「――――ッ!?…まだまだァ!!」


アインは斬撃を全て受け止められたことに驚愕の表情を浮かべつつも、攻撃の手を緩めることなく爪を振るう。

先ほどよりも速度、威力ともに増した、文字通りアインの全力だ。

だが、その斬閃はユズルに届く前に白銀の刃によって全て打ち落とされる。

そして、ユズルはその漆黒の軌跡の合間を縫い、刀を横一閃に振るった。


「―――――ふっ!」

「ッッ!?」


その一撃は見事にアインの腹部に直撃し、その身体を向かいの壁まで吹き飛ばした。

猛攻の間に斬撃を差し込まれたアインはまともに受け身をとることもできず、壁にめり込むように衝突する。

ユズルの手応えは十分だった。威力としても胴体を真っ二つにしてもおかしくないはずだったが、うまく防がれたようだ。


「ぐっ…てめェ…!」


アインは呻きながら周囲の岩石を壊して壁から這い出ると、翼をはためかせながら再び地面に降り立つ。

見た目では大きな外傷はないが、その鋭い尻尾の先端が粉々に砕けていた。

おそらくユズルの一撃が腹部に直撃する寸前に尻尾を割り込ませて致命傷を免れたのだろう。

それほどユズルの一閃はアインにとって危険で、自らの攻撃手段を断ってでも防ぐ必要があったということを示していた。


「どうした?そんなものか?」


ユズルは再度わざと聞こえるようにアインを煽る。そして余裕そうに腕を下げ、くいっくいっと空いた手でかかってこいと見せつける。


これほどまでにアインとユズルの力の差が生まれたのは、ある意味では必然的なことだった。

以前ホムラの“村”でアインと戦った時は、まだ神威の使い方も不安定で感覚も鋭くはなかった。

アインが手を抜いていたとしても、その時のユズルと同程度となれば大した強さではない。

あれから神威の扱い方を熟知しただけでなく、今のユズルは心の強さが以前とは比較にならないほど収斂されている。イメージを力にする神威において、それは決定的な出力の上昇を意味しているのだ。

つまり、今のユズルと以前のユズルとでは歴然たる力の差があり、はっきり言ってしまえばアイン程度の虚霊など相手にならないほど強くなったのである。


「舐めやがってェ――!!!」


アインはユズルの挑発によって怒りの頂点に達したようで、口から炎を吐き、全身の力を漲らせて飛び掛かってくる。

それをユズルは余裕の笑みを浮かべながら、刀を構えて待ち受ける。

いくら強くなったとはいえ、ユズルは決してアインを侮っているわけではない。むしろ以前よりも警戒している。

だからこそ、意図的に煽ることでアインの精神的な弱点を突き、有利な盤面を維持しようとしているのだ。


「―――――ッラァ!」


手数では攻め切れずに手痛い反撃を食らったアインは力で押し切ろうと考えたのか、両腕に力を集中させる。そして、ユズルを押し潰すように両手の爪を同時に振り下ろす。

空中からの勢いと虚霊としての膂力が加わり、凄まじい威力となって

けれど、ユズルにとってはただ突っ込んできただけの斬撃に過ぎない。威力はあっても、これほど軌道が分かりやすい攻撃を食らうほど間抜けではなかった。

ユズルは振り下ろされた爪を刀で往なすように弾き、サッと横に躱す。

向かう先を見失ったアインは動きを止めきることができず、前につんのめったまま


「―――――――ハッ!!」


そして、ユズルはアインの両手にある鋭い爪に向かって思い切り刀を振り下ろした。

ガギィィンと甲高い不協和音が鳴り響き、白銀の刃が漆黒の爪を叩き割る。

尻尾に引き続いて爪を破壊したことで、アインが持つ攻撃手段はほぼ消えたことになる。


「これで――――」

「グ…ガァァァァアアア―――――!!」


ユズルがその勢いのままアインを一刀に斬り捨てようとした瞬間、アインがその両翼をはためかせて空中に舞い上がった。

振り下ろした刃はアインの右足を切り落とすことができたものの、消滅させるような傷を与えることができなかった。


(逃げるのか…?いや、違う、これは―――――)


ユズルは逃げるかのように背を向けるアインを眺めた後、とっさに刀に神威を集中させる。白銀の刃が闇を照らすように、より強く、白く輝きはじめる。

そして、それと同時にアインがユズルの方を振り返る。口から燃え滾る灼熱の炎を撒き散らしながら。


「消し飛びやがれェェェエエ――――!!!!!」


アインの口から特大の炎弾が放たれる。

その炎は周囲の塵を燃やし、空気までも焼き尽くさんと炎熱の雄叫びを上げていた。そして、凄まじい速度で地に立つユズルに迫りくる。

大きさ、威力ともに先ほどのモノを大きく上回っている。まともに食らえば神威での治癒をする前に即死するだけでなく、この洞窟そのものを破壊しかねないだろう。

けれど、ユズルの刀は既に爛々と神の輝きを放っていた。


「悪を断ち切れ、神威斬」


ユズルは祈るように静かに刀を振るう。

その剣先から放たれた白く輝く斬撃の波は、灼熱の炎をかき消すように吹き飛ばした。

そして、アインが息を呑む間もなく、無慈悲にもその身体を切り裂いた。


「ア……ガァァ……」


アインは小さく呻き声を上げると、黒い灰となって消えていった。

ユズルはそれを静かに見届ける、命を失った虚霊の最後を。


「――――俺は先に行く。こんなとこで止まっていられないからな」


ユズルは誰に言うわけでもなく、ただ独り言のようにつぶやくと、再び通路の奥へと走り出した。この先に待つ仇敵と戦うために。

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