第33話 町へ
翌日、ユズルたちはホムラの“町”へと向かうべく、広場で身支度を整えていた。
持っていくものがほぼないので、身支度というよりも心支度のようなものだけれど。
「よいか、危うくなったら即退避するのじゃぞ?」
ノラが準備をしているユズルたちに向けてテキパキと声をかけていく
豊富な経験を持っているだけあり、こうした心配りもお手の物だ。
「わかってるって」
「はーい!」
「承知しました」
そのノラの呼び掛けに、それぞれ三者三様の返事で応じる。
ユズルはピリピリと気を張っている。どうにも落ち着けず、心の中にむかむかとした鬱陶しいわだかまりが居座っているのだ。
ヒオリは……おそらく何も考えていないのだろう。まるで遠足に行く子供のようだ。
ミツキは緊張した様子だが、最も落ち着いている。経験は皆無なので、これは生来の力なのだろう。
ノラはそんな三人のまとまりのない反応に嘆息しながらも、気を引き締めるように注意を促す。
「わかっておるとは思うが、“主”はそこらにいる虚霊とは格が違う。能力にもよるが、いくらでも想定外の事態は起こりうるじゃろう。それに加えて、今回は他にも強力な虚霊が潜んでいる可能性がある。気を抜けば命を落とすことになるのじゃぞ?」
もはや説教のように矢継ぎ早に飛んでくるノラの言葉に、ユズルは少しうんざりしながらも“主”を倒すという意思は変わらなかった。
死ぬかもしれない、なんてことは当の昔にわかっていたことだったからだ。
「全部わかってる。それでも戦わなきゃならないんだ。俺の為にも、ホムラの為にも、ここに暮らす人々の為にも」
自分の力で、この呪われた地と呼ばれたホムラを解放する。
ユズルの答えからは、そんな強い決意がにじみ出ていた。
だが、そんなユズルの返事にノラは呆れ果てたようにため息をつく。
「はぁ…お主は何もわかってはおらぬな。戦う意義が大事なのではない。自分自身が生きておることが大事なのじゃ」
ノラはユズルが持つ危うさの核心を突いていた。
この若き神はあまりにも前のめりになり過ぎている。
周りの命や目的を優先するあまり、命が本来持つ重さを感じることができていないのだ。
しかし、それは同時にユズルの持つ強みでもある。
時に重要なのは、現実を事実として把握することよりも無秩序な強い意志なのだから。
「どっちにしても同じだ。戦って勝って戻ってくる、それだけだろ?」
ユズルは無鉄砲な意志で自分を鼓舞するように問いかける。
自分の中にある感情にケリはついていない。だが、今は前に進まなくてはならない。
「………まあ良いじゃろう。」
ノラは諦め半分納得半分でユズルの意志を認めた。
だが、彼は綺麗なまま前に進むことしか考えていない。それがノラにとって少し気がかりだった。
しかし、ユズルを信頼してあえて言わずに放置していた。
自分がいれば問題ないだろうという小さな慢心と、ユズルが乗り越えてくれると期待してのものだった。
そして、それは完璧に近いノラが見過ごした、ユズルの中にある火種の一つとなるのだった。
ノラはひとまずユズルたち確認を終えると、すぐそばに待機していたミヤの方を向く。
「あとは娘っ子、お主はここで待っておれ」
「はい……わかっています」
ミヤは悔しげに目を伏せる。
いくら神威が使えるとはいえ、ミヤは人間であることに変わりはない。
生身の人間では虚霊との戦闘に対応できないため、今回は神那で待機しておいてもらうしかない。
それはミヤ自身もよくわかっていることだが、やはりやるせない気持ちがあるのだろう。
しかし、それを理由に駄々をこねるほど子供ではなかった。
そして、顔を上げた時には、すでにその目に迷いはなかった。
「ホムラのことを、お願いします」
その言葉には健気な村娘の願いがこもっていた。
☆☆☆
「ノラ、“町”まではどうやって行くつもりなんだ?今回は空からか?」
ユズルは準備運動をしながら声をかける。
神の身体ではこういった運動は全く意味がないのだが、つい人間だった時の癖が抜けないのだ。
「あたしは空からがいいな~」
「それは姉さんが飛びたいだけでしょ…」
ヒオリが待ちきれないとばかりに大剣をブンブン振り回しながら、相変わらず適当に答える。
それに対し、弟であるミツキが呆れるように諫める。
「空からでは目立って奇襲を受けやすいので、僕は地上から向かう方がいいと思います」
「ミツキの言う通り闇雲に空から向かうのは得策ではないのじゃが、そもそも目指す場所がどこにあるかわかっておるのか?」
ノラの当たり前の疑問に「うっ…」とユズルは答えに困る。
とにかく“町”に向かうことしか考えていなかったのだ。“町”に着けば自ずと虚霊と戦うことになり、そのまま“主”も出てくるだろうと勝手に思っていた。
ユズルが言葉に詰まっていると、不意に声がかかる。
「町長の城は“町”の中心にあるぜ。見ればすぐにわかるはずだ」
ミヤの家で休んでいたギンジが、扉から顔を出して答える。
怪我は神威で治したので痕も残らないはずだが、念のため腹部に包帯を巻いて休んでもらっていたのだ。
そして、そのまま傷の影響を感じさせない足取りで家から出てくる。
「奴はオレがここに逃げ込むことも想定済みだろう。それなら、門の前で使者が待ち構えてるってのが一番可能性があるな。次点で城の中で直接来るのを待ち構えてるパターンだ」
この中では町長であるレーゲンスのことを一番よく知っているのがギンジだ。
他に道標もないので、ひとまずはギンジの言葉通りに行くのが筋だろう。
「なら門に向かってから直接乗り込めばいい話だな」
「そうするしかなさそうじゃな…」
今回の“町”への遠征は、“主”の討伐と町長に会うことが目的だ。
ギンジの話によると、町長と“主”は無関係ではなさそうだが、それも直接会えばわかることだ。
話がまとまると、“町”へ向けて各々が動き出す。
「よ~っし、バンバン倒してユズル様に良いとこ見せちゃうぞ~」
「わかったから剣を振り回すのやめてくれないかな…」
ヒオリが一番乗りで階段を駆け下りていき、その後ろを静かにミツキが追いかけていく。
その様子は仲が悪いように見えて、とても仲が良い姉弟そのものだった。
この二人を見ていると本当に心が落ち着くな、とユズルは笑いをこらえながらも穏やかな気持ちになる。
「ほれ、ユズルもゆくぞ」
「ああ、わかってる。俺も頑張らないとな」
「お主まで子供のようにはしゃぐでないぞ…」
ノラはじとっとした目でユズルにそう声をかけると、一足先に二人を追いかけていく
ユズルは仲間たちを追いかける前に、ふと後ろを振り返る。
広場から見上げた先には、神の在る場所である神那があった。
今となっては懐かしさすら覚えるその姿を、“町”へ向かう前に目に焼き付けておきたかったのだ。
この世界に転生してまだ二ヶ月も経っていないが、本当に色々な出来事を経験した気がする。
すると、ギンジがそんな感慨に耽るホムラの神に声をかける。
「………なあ神様」
「なんだ?」
見送りの言葉でも言うのかと、ユズルはギンジの方を向く。
ギンジはユズルと並び立つようにそばに行くと、気合を込めるようにその肩を叩く。
「死ぬんじゃねえぞ」
「そう簡単には死なないさ」
そう返事をするとユズルは不敵な笑みを浮かべ、飛ぶように階段を下りていった。
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