1404.構文篇:推敲は推すか敲くか

 今回は「推敲」についてです。

 本来「推敲」はふたりで行なうものでした。

 しかし「小説賞・新人賞」へ応募する原稿では、書き手ひとりで「推敲」しなければなりません。

 ふたりぶんの働きをしなければならないため、推敲にはじゅうぶんな時間をとってください。





推敲は推すか敲くか


 なにはともあれ、作品を最後まで書き終えたら、そこがゴールではありません。ここからが「推敲すいこう」の始まりです。

 実は「執筆」は誰にでもできます。しかし現実に「推敲」ができる方はあまりいらっしゃいません。書きあげただけで満足してしまう方が圧倒的に多いからです。

 一度も「推敲」していない作品が「小説賞・新人賞」を獲るなんてまずありえません。

 もちろん例外はどこにでもあります。しかし「推敲」もしないで完璧な応募原稿を書くなど「文豪」でも不可能でした。




推すか敲くか

 そもそも「推敲」って難しい字ですよね。中国の故事に依ります。

 唐代、科挙(中国の国家公務員試験)を受けに都の長安へロバで向かっていた賈島かとうは「僧はす月下の門」と書いて、「ここはたたく」のほうがよいかもしれない、と迷いました。彼は迷ったまま韓愈かんゆの車列に突っ込んでしまいます。賈島の前に現れた韓愈は唐詩四大家のひとりでもありました。そこで韓愈は「敲くにしたほうがよい」と指摘したのです。

 このように本来「推敲」とはふたり一組で行なうものでした。しかし、今は書いた本人がすべて判断しなければなりません。

 しかし「紙の書籍」化が決まっていれば、担当編集さんと組んで「推敲」しますから、楽なんですよね。アマチュアはすべてひとりでやるしかなく厳しいのに、小説で食べている人のほうが楽をするのですから、世の中わからないものです。




頭を冷ます

 ひとりで行なう「推敲」では、まず「頭を冷まし」てください。

 意識が物語世界に留まっていると、「推敲」してもイメージが残っているため正しく行なえません。

 たとえば「ここで主人公が無双して読み手をスカッとさせたい」と思惑が先行しても、書かれた文を読んで本当に読み手をスカッとさせられるかは判断できないのです。

 一度意識を物語世界から引き抜いてまっさらな状態にしてください。

 意識や心をリセットして、まっさらな状態で本文を読み返しましょう。

 これでようやく正しい「推敲」ができるようになります。




推敲の目で名著を読んで培う

「推敲」には見識が問われます。どれだけの見識を有しているかで「推敲」の質が変わってくるのです。韓愈は詩の大家でしたよね。

 ではどのようにして見識を深めるべきか。

 皆が名著と称する作品をあえて批判的に読みましょう。

 たとえば渡航氏『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』や川原礫氏『ソードアート・オンライン』、佐島勤氏『魔法科高校の劣等生』、鎌池和馬氏『とある魔術の禁書目録』などですね。いずれ劣らぬ現代ライトノベルの名著とされています。

 これらに対して「ツッコミを入れていく」わけです。かなり無謀な気がしますよね。

 無謀でもよいのです。たとえ間違えた「ツッコミ」でも、後日「ここをツッコんだのは間違いだった」と気づくだけで見識は深まります。

 ちなみに名著を批判的に読むとき、ツッコんだポイントをメモしておきましょう。そのとき「ここが悪い」だけでなく、どう改善できるかを考えてメモに追記しておくのです。

 ツッコミは違和感を覚えないかぎり湧いてきません。

 つまり「違和感を覚える」のが「推敲」の始まりなのです。

 自分が書いた文章は、なかなか違和感を覚えません。自分の語り口を批判的に見られる方は限られますからね。

 冒頭の詩人・賈島も彼の語り口なら当然「推す」だったのです。しかしひょんなことなら「敲く」もあるんじゃないか、とひらめいて悩みだします。「敲く」をひらめいたのは「推す」に若干の違和感を覚えたからです。

 すぐれた人物は自分の考えたものにも違和感を覚えて批判的でいられます。

 あなたは自分の書いた文章に違和感を覚えるでしょうか。

 自分の書いた文章を批判的に見られますか。その目を鍛えるのが「名著を批判的に読む」行為なのです。




推敲で確認したいもの

「推敲」では第一に「用字用例」「誤字脱字」を確かめてください。「追及」「追求」「追究」はすべて「ついきゅう」ですが、どのときに用いるかはそれぞれ異なります。

 また「愛想を振りまく」と書きそうなものですが、正しくは「愛想を尽かす」「愛嬌を振りまく」です。

 このあたりは「用字用例」事典で必ずチェックするようにしてください。今なら怪しい言い回しはPCやスマートフォンのブラウザで検索してもよいですね。「小説賞・新人賞」ではひとつの「用字」ミスが命取りです。どんなに面白い作品でも、正しくない漢字を用いたら大減点になります。

「用字用例」の正しさは、それだけ日本語力がある書き手を意味しているのです。もし僅差の作品に入っていたら「用字用例」「誤字脱字」で差が出ます。

 だからこそ、真っ先に確認しておきましょう。


 次に確認したいのが「漢字かな」表記の統一です。

「行く」「行う」と書いたら「いった」も「おこなった」も、ともに「行った」と表記します。読み間違えないように「行なった」と表記したいなら「行なう」と表記して統一するのです。これは送り字の問題ですね。

 送り字は基本的に活用しない文字までを漢字で表します。この「表す」も「表れる」がありますから「あらわ」までは同じです。だから送り字は「表す」「表れる」が正しい。

 同じ「あらわ」でも「現す」「現れる」の場合、「現われる」と送る人がいます。でも活用しない文字を漢字で表しますから「現れる」が正しいのです。

 先の「行なう」は「行う」と送り字すると「行く」と「行」の活用が同じだと混同しやすい。だからあえて送り字の例外で「行なう」と表記して「いう」ではない、と示しているのです。

 また「走っていく」を「走って行く」と表記したら、「走ってくる」も「走って来る」と書かなければなりません。しかし現在では一般ではないのです。

 現在の日本語では、補助動詞は「ひらがな」で表記します。いくら「文豪」が「漢字」表記でも、そこは真似しないでください。

 補助動詞で「漢字」表記するのは「始める」「続ける」「終わる」くらいです。

「選び出す」は「選んでひとつ出す」意なら「漢字」表記で「選び出す」ですが、「選び始める」意なら「ひらがな」表記で「選びだす」と書いたほうが伝わります。「出す」が持つインパクトの強さを薄めるために「ひらがな」書きをするのです。


 最後に「類語」の使い分けを考えます。

 まさに「推すか敲くか」を選ぶ作業です。

「言う」は万能な動詞です。なんでも「言う」にしたくなるほどに。

 しかし「話す」「語る」「物語る」「伝える」「告げる」「述べる」「しゃべる」「申す」「おっしゃる」「怒鳴る」「おだてる」「噂する」「言いふらす」「ほざく」「ぬかす」「うそぶく」「あげつらう」「ののしる」「チクる」など類語はかなりの数あります。漢語にしても「意見する」「説教する」「陳述する」「論述する」「主張する」「声明する」「証言する」「明言する」「忠告する」「密告する」「罵倒する」「悪口雑言する」「言上する」「奏上する」「具申する」、また「告げ口する」「耳打ちする」のように大和言葉に「する」を付けるパターンもあります。「トークする」「スピークする」と英語を用いる場合もあるのです。日本語は他言語すら取り入れられます。

 そのどれが最適か。選び出すのが「類語」を操る書き手のセンスです。

 たとえ小学生向けの小説であろうと、すべて「言う」で済ませないでください。「謹言する」はなんのことだかわかりませんが、「つつしんで述べる」のように大和言葉の動詞を選ぶとかなりわかりやすくなります。それでも「謹んで」がわからない小学生が多いでしょう。そこで「うやうやしく述べる」と書いてもさらに難しくなってしまいます。

 どの言葉なら想定する読み手層に正しく伝わるか。

 だから「推すか敲くか」はとても重要な問題なのです。

 最終的には書き手のセンスの問題になります。どの「類語」を選ぶのか。「類語」を数多く知り、それを操れるだけの知識も要求されます。

 自然に憶えるには多くの小説を読むしかありません。集中して憶えたければ「類語辞典」を読んで「用例」から正しい使い方を学んでください。

 最低でも賈島のように「推すか敲くか、どちらがふさわしいだろう」とふたつに絞れるくらいまでにはなりましょう。絞り込める語彙力があれば、あとは適切だと思うほうを選ぶだけです。





最後に

 今回は「推敲は推すか敲くか」について述べました。

 たった「推すか敲くか」の問題と思われがちですが、それは「推敲」の一部にすぎません。

 現在の小説は多様な「類語」から最適な言葉を選ぶ力が試されています。

 正直に申せば、語彙力のなさはどれだけ「類語」が貧困かで読み手でも見抜けるものです。
「小説賞・新人賞」で一次選考をなかなか通過しないときは、語彙力にも注意を払いましょう。



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