1366.物語篇:物語110.ディストピア

「ユートピア」って本当に理想郷なのでしょうか。

「ユートピア」の概念が生まれてから、この問いはつねについてまわりました。

 その問いにひとつの結論を出したのが、ジョージ・オーウェル氏です。

 彼は「ユートピア」の概念で生み出された社会は、超管理社会となって人々を抑圧してしまうと導き出しました。

 そうして生み出された「ユートピアの真実の姿」を「ディストピア」と呼びます。





物語110.ディストピア


「ユートピア」は十六世紀のヨーロッパにおいて、理性が人々を支配する「やさしい世界」を具現化した理想郷を指します。しかしそんな理想郷は「どこにも存在しない場所」なのです。

 そして、もし理性が人々を支配する世界が実現したら。それは本当に「やさしい世界」になるのでしょうか。

 この批判として誕生した概念が「ディストピア」です。




理想郷は理想的ではない

 そもそも当時のヨーロッパは専制君主たちの感情による統治下であり、とても理不尽な理由で民衆は戦争に駆り出されたり搾取されたりしたのです。

 だから人々は君主たちの感情に振りまわされたくないと思いました。

 そのためには感情ではなく理性で統治されればよいのではないか。そうすれば民衆は平和に暮らしていける。そう考えたのです。

 しかし本当に理性で統治された世界は理想郷たりえるのでしょうか。

 ジョージ・オーウェル氏『1984』は巨大コンピュータが人々を支配する世界となっています。コンピュータには感情はなく理性の象徴でもあるのです。理性に支配されれば、人々は感情や欲望を奪い取られます。コンピュータの指令のままに、感情も欲望も抱かず淡々と暮らすだけの世界。これは人間が目指すべき社会でしょうか。

 理想郷は、理性が人々を支配する「やさしい世界」のはずでしたよね。しかし理性の塊であるコンピュータに支配された人々が生きているのは「やさしい世界」とはかけ離れた社会です。

 ジョージ・オーウェル氏は「ユートピア」思想に一石を投じるべく、その裏面である「ディストピア」の物語『1984』を著しました。

 思想・信仰・行動の自由は奪われ、コンピュータが定めた価値観によってのみ行動が許される。権力や法律が絶対であり、そのためにスパイや密告が横行する。違反すれば「教育」という名の「洗脳」や「粛清」をされてしまう。

 これらすべて「理性による支配」を求めた人類が招いた結末なのです。

 このような世界を「ディストピア」と呼び、「どこにも存在しない場所」である「ユートピア」を皮肉っています。

 ジョージ・オーウェル氏がどこまで意図的だったかはわかりませんが、現代の「超管理社会」を見事に予測しているのです。

 中国を見てください。中国全土に一億台以上の監視カメラを取り付け、データはすべてメインコンピュータのAIサーバーに収納してビッグデータを取り続けています。誰がいつどこにいてなにをやったのか。メインコンピュータでピックアップすればすべて取り出せるのです。とくに少数民族への弾圧のために用いられています。




中国やアメリカは理想郷か

 コンピュータを背景にした習近平国家主席の独裁国家は理想郷「ユートピア」でしょうか。

 少なくとも少数民族からすれば「恐怖政治」以外のなにものでもなく、理想郷だなんてとても言えません。

 現在中国は「習近平」氏に権力を集中させて、彼の意向が法律になる国家となっています。それでいて、法律に不備があれば末端の運用者が「習近平」氏によって裁かれる。その法律が「習近平」氏の意向であるにもかかわらすです。

 これを「独裁」と呼ばずしてなにが「独裁」なのでしょうか。

 尖閣諸島へ派遣する中国海警局の艦船に発砲許可が出た、と数日前ニュースとなりました。これにより日本漁船が中国艦船から発砲され、犠牲者が出るかもしれません。おそらく中国側は「ここは中国領であり、国内法により対処した」と言うでしょう。それほどまでに恐ろしい国家体制となったのです。

 現在大統領選挙の結果を巡り係争を始めたアメリカのドナルド・トランプ氏とジョー・バイデン氏。言いがかりをつけたのはトランプ氏のほうです。

 そもそもトランプ大統領はなにを成したのでしょうか。

「メキシコとの国境に壁を建設し、その費用はメキシコ政府に出させる」と公約したものの、造られたのは壁ではなくポールのようなものです。しかも費用は州の持ち出しに拠ります。この公約は守られていません。

 また「MAKE AMERICA GREAT AGAIN」の謳い文句で白人男性の熱狂的な支持を取り付けましたが、アメリカは偉大な国に返り咲いたのでしょうか。こちらも微妙ですよね。やったことといえば、TPPからの離脱、パリ協定からの離脱、ロシアとの間で締結していた中距離核戦力全廃条約の破棄、WHOの脱退、中国との貿易に関税を積み増す。これのどこが「偉大なアメリカを再び」なのでしょうか。

 中国との貿易に関税を積み増して、アメリカの国内に工場を移転させて雇用を創出した。これは確かに実績ですが、中国内にサプライチェーンを作って、安価な製品をアメリカに流通させるシステムを破壊しています。iPhoneやMacを中国で組み立てている「Apple」は足枷をハメられているようなものです。また中国メーカーへ「Android OS」を提供していたGoogleを運営する「ALPHABET」も、OSを提供できなくなりました。中国は「独自OSを作る」と言っていますが、基礎技術や特許の提供で技術を盗んできたので、おそらくAppleやALPHABETなどから訴えられる代物になるはずです。

「習近平」国家主席による独裁国家と、「ドナルド・トランプ」大統領によるわがまま大国。どちらが理想的な国家なのでしょうか。

 そもそもアメリカの大統領選挙システムがいびつです。

 なぜ全有権者による多数決をしないのか。いくら連邦国家で各州に主権があるとしても、各州ごとに選挙人を奪い合う選挙制度だから混乱が起こるのです。

 前回はヒラリー・クリントン氏とドナルド・トランプ氏の対決で、選挙人数ではトランプ氏が上回りましたが、総得票数はクリントン氏が上回りました。

 今回はドナルド・トランプ氏とジョー・バイデン氏の対決で、総得票数ではバイデン氏が歴代最高得票で勝ちます。選挙人数ではギリギリの攻防が繰り広げられていますが、今日の情勢では選挙人の数も圧倒しそうです。トランプ氏に有利なのは「獲得した州の数」と「上院議員獲得数」くらい。

 これを「不正が行なわれた」と言っているのですが、四年前の自分も「不正を行なった」と自覚しているのでしょうか。

「郵便投票は不正の温床だ」と主張していますが、そもそも「郵便投票」の不正は過去十億票のうち死者が投票した一例だけだったとされています。

 不正を行なう余地はありますが、とても結果を左右するほどのレベルにはないのです。

 トランプ氏への「郵便投票」は「捨てられた」とか「燃やされた」とか言っています。

 しかし偽の「郵便投票投函ボックス」を作って街角に設置したのもトランプ支持派ですし、「郵便投票投函ボックス」を燃やしたのもトランプ支持派です。

 トランプ陣営とバイデン陣営のどちらが不正をしているのでしょうか。

 かなり怪しいですよね。

 それでいて、負けそうになると「不正が行なわれた」「これ以上の票を数えるのは違法だ」と連邦最高裁判所へ提訴しました。

 おそらく連邦最高裁判所は退けるでしょう。アメリカは曲がりなりにも「民主主義」の国です。有権者の権利を行使する投票がすべて数えられないのでは、有権者の権利を無視するに等しい。それを連邦最高裁判所が許すのかどうか。連邦最高裁判事に保守派のエイミー・バレット氏をねじ込んだのは、このような事態が想定されたからでしょう。しかしここで「民主主義」の根幹を揺るがすような判決を出せば、連邦最高裁判所は民衆の支持を失います。そのとき、現在の連邦最高裁判事全員を解任する権利がアメリカ国民にはあるのです。それも「民主主義」に依拠します。

 基本的に連邦最高裁判事は頭がよいだけではなく、バランス感覚も重要視されているのです。新任のバレット氏はトランプ氏に寄った判断をするでしょうが、残りの八名が許すはずもありません。連邦最高裁判所は全員一致で判断を示すのが通例ですが、今回は多数決で決まり、バレット氏の主張はかき消されるはずです。

 果たして、今回の投稿前に大統領は決まっているのでしょうか。決まらずにこの文言のまま投稿する事態になるのでしょうか。

 トランプ大統領はまだ敗北宣言を出していません。法廷闘争をする気満々。そのための着手金として共和党を通じて六十三億円が集められようとしています。

 これのどこが民主的なのでしょうか。

「民主主義の模範」とされたアメリカ合衆国はどこへ向かうのか。私たちは見届けなければなりません。





最後に

 今回は「物語110.ディストピア」について述べました。

 現在世界には「アメリカ」式の民主主義と、「中国」式の国家資本主義が台頭しています。どちらが理想郷「ユートピア」と呼べるのでしょうか。

 少なくとも中国の体制はジョージ・オーウェル氏『1984』そのものであり「ディストピア」です。

 アメリカの体制は、大統領選挙の行方にかかっています。もしドナルド・トランプ氏が「郵便投票は違法だ」の主張を続けて裁判を起こし万一勝訴してしまったら。アメリカの民主主義はその時点で死んでしまいます。ひとりの独裁者によって民主主義が捻じ曲げられたら。それは「ディストピア」でも「ユートピア」でもなく、16世紀のヨーロッパで見られた専制君主の感情で政治が行なわれていた頃まで遡行してしまうのです。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る