1344.物語篇:物語88.お金と命と名誉
人間にとって価値観はそれぞれで異なります。
物語に登場するすべての人が同じ価値観であるほうが不自然です。
ここで示した三つは、基本的な価値観を表しています。
物語88.お金と命と名誉
価値観は人それぞれ異なります。その代表が「お金」と「命」と「名誉」です。
物語でよく提示されるのが「お金より命が大事なのか、命よりお金が大事なのか」「名誉を守るために死ぬ覚悟はあるのか」の問いです。
それぞれの主張もあるでしょうから、一概にどれが正しいとは言えません。
確かなのは、たいていの人はどちらが大事なのか明確な「基準を持っ」ています。
命に代わるものはない
多くの方の価値観は「命よりたいせつなものはない」です。
「命あっての物種」とも言います。
生き延びなければ、いくらお金があっても使えませんからね。「名誉」は死んでも残りますが、死後の「名誉」にどれだけの価値があるのでしょうか。遺された家族が胸を張って生きられるかくらいしか影響はありません。
ゲームのエニックス(現スクウェア・エニックス)『DRAGON QUEST』の最終決戦でりゅうおうが「もし、わたしのみかたになればせかいのはんぶんをゆうしゃにやろう。」と言ってきます。もちろん応じるとろくでもない結末が待っているのです。
これも「名誉と財産(世界の半分)のどちらをとるか」になっていますよね。
この問いにも原作者の堀井雄二氏の思想が反映されているのです。
これまでリセットを重ねてたどり着いた場所で、戦わずに終わらせて本当に悔いはないのか。名誉よりもたいせつなものとはなにか。
そういう問いが含まれています。これが堀井雄二氏の哲学なのです。
堀井雄二氏といえばマイコンゲーム時代の名作アドベンチャーゲーム三部作が有名だと思います。
『ポートピア連続殺人事件』『オホーツクに消ゆ』『軽井沢誘拐案内』の三作です(すべてエニックス発売作)。
私は中でも『オホーツクに消ゆ』の大ファンでした。当時のアドベンチャーゲームは「動詞 名詞」の形でキーボード入力する「コマンド入力式」だったのです。しかし『オホーツクに消ゆ』では史上初めて「コマンド選択式」でプレイできました。つまり「動詞」と「名詞」を、表示されているものから「選択」すれば進めるため、誰もがプレイできるゲームとなったのです。『オホーツクに消ゆ』の発売後に移植されたファミリーコンピュータ版『ポートピア連続殺人事件』もマイコン版の「コマンド入力式」から「コマンド選択式」へと変更されています。
アドベンチャーゲーム三部作は「堀井文学」として当時は大きな人気を集めたのです。
しかも『オホーツクに消ゆ』は『キャプテンシステム』と呼ばれる、現在の『インターネット』が普及する前にコンピュータ通信の世界で戦いを挑んでいたコンピュータ・ネットワークでもプレイできました。そのデモンストレーションが新宿駅のイベントブースで行なわれたほどで、通信各社はそれだけ『キャプテンシステム』に期待をかけていました。しかし普及するより早くアメリカから『インターネット』が上陸し、それまでローカルで組織されていたコンピュータ通信は次々と淘汰されていったのです。
そんな『キャプテンシステム』にも採用されたアドベンチャーゲーム『オホーツクに消ゆ』は、1980年代当時の刑事ものでした。東京の晴海埠頭で死体が発見され、彼を調査するとどうやら北海道に鍵があるらしいと突き止めます。そして北海道へ飛んで本格的な捜査を開始するのです。この殺人は戦後の食糧難などが絡む「お金と命のどちらが大事なのか」に「名誉」も絡んだ奥の深い物語への入り口となっています。
現在ではバーチャルコンソールなどで配信されているため、まだプレイできる環境ですので、プレイしていなければ一度プレイするのもよいですね。
とくに「コマンド選択式」システムはのちにRPG『DRAGON QUEST』をファミリーコンピュータで開発する際に採用されていますので、そのシステムだけは知っている方が多いと思います。
お金にまさるものはない
「金の亡者」という言葉があります。
命を危険にさらしてもお金を儲けるためならなんでもする。名誉なんてお金の前では紙くずにすぎない。そんな人を指します。そういう人を「ギャンブラー」と呼ぶのです。
物語では基本的に「金の亡者」は悪役として出てきます。
時代劇で悪だくみする越後屋とお代官様は間違いなく「金の亡者」です。
現代日本では普通に暮らしていたら命の危険はないし、名誉さえ気にしなければお金はいくらでも作れます。まぁたいていは詐欺なんですけどね。昔から「うまい話には裏がある」と言いますよね。
名誉を守った範囲内で「お金」を追い求めるのは悪ではありません。
これを否定されたら、仕事をする意味がないのです。社会主義・全体主義で日々の最低限の生活が保証され、仕事に意義を見出だせなくなります。
「金の亡者」は困りものですが、「禁欲者」もまた困りものです。
達観されてしまうと「働こう」とする意欲が湧かず、作業効率は著しく落ちます。社会主義体制は経済発展せず、国力が飛躍しません。よくも悪くも自由主義経済は破産のおそれもありますが、国力を飛躍的に向上させる最善の経済システムなのです。
古代中国・斉の桓公の宰相であった管仲は、塩を専売し他国の特産品を独占して、見事なまでに自由主義経済圏を作り上げました。そうして桓公を中原の「覇者」へと押し上げたのです。この自由主義経済は管仲の死後に崩壊し、桓公も惨めな最期を遂げました。
管仲は国民が満足に生活でなきいのにモラルを守らせるのは「できない話」だと言っています。
お金ばかり考えている「金の亡者」も、お金を意に介さない「禁欲者」も人生の勝ち組にはなれません。
つねにバランスを考えて、お金を近づけすぎず遠ざけすぎず、一般人と同様の付き合いをするべきです。
名誉を汚れさせない
「名誉」こそ至上という方もいらっしゃいます。
中世ヨーロッパなら貴族や騎士は「お金」や「命」よりも「名誉」を重んじていました。俗にいう「騎士道」も「名誉」を至上とする生き方です。
異世界ファンタジーは「中世ヨーロッパ」を土台としているので「騎士道」の存在する世界となります。
「騎士道」の多くは「売られたケンカは必ず買う」というものです。けっして退いてはなりません。そして正々堂々と雌雄を決するのです。相手が手負いなら回復するまで戦わないのも「騎士道」です。弱っている相手を倒しても「騎士道にもとる」とされています。
ヨーロッパ各国は「騎士道」精神がもとで、柔軟な発想を持つナポレオン・ボナパルト氏率いるフランス軍に大敗したのです。
日本の「武士道」も「名誉」を守るのが当たり前でした。東条英機が昭和十六年に作ったとされる『戦陣訓』に「生きて虜囚の辱めを受けず、死して罪過の汚名を残すこと勿れ」の一節があります。要は「捕虜になるくらいなら死ね、命令違反を犯さずに潔く死ね」ということです。この「名誉」に偏重した考え方が「神風特攻隊」や「総動員令による総力戦」を生み出してしまいました。
「名誉」を重んじると早死にします。劣っていて負けるくらいなら自決しろと言っているようなものだからです。
そんな生き方とは真逆を行って後年「剣聖」と称された剣豪・宮本武蔵氏。吉岡一門との戦いでは木の上で待ち伏せて奇襲攻撃に出て全員斬り殺しました。巌流島の戦いでもわざと後れてやってきて、佐々木小次郎氏の得物「物干し竿」よりも長い船の櫂を削った木刀ひと振りで打ち倒しています。
つまり「剣聖」は「卑怯」だったのです。生涯「六十余戦無敗」の秘訣は「勝てる状態になってから戦っていた」に尽きます。
「最強の剣士」は「最強に卑怯」だったわけです。
でもそのくらいでなければ生き残れないのも乱世の戦国時代だった、ともとれます。
「異世界ファンタジー」の舞台も基本的には生き残りをかけた乱世の時代です。「名誉」を至上とすれば死んでしまいます。「最強の戦士」は「最強に卑怯」であるべきです。
「騎士道」を重んじず、勝てる相手を徹底的に叩きのめすくらい「卑怯」だからこそ生き残れます。
小説の主人公を「騎士」にすると、どうしても「騎士道」の考え方に縛られるのです。つまり「売られたケンカは必ず買う」「辱められたら必ず汚名を晴らす」という思考回路になってしまいます。それが破滅をもたらすのです。
だから「騎士」が主人公なら、いずれは「騎士道」から外れさせましょう。
そこから物語は大きく動き出します。
水野良氏『ロードス島戦記』の主人公パーンや、『新ロードス島戦記』の主人公スパークは「騎士」を目指していましたが、途中で考え方を改めているのです。そうしなければ生き残れないのが「剣と魔法のファンタジー」なのです。
最後に
今回は「物語88.お金と命と名誉」について述べました。
人によって価値観は異なります。異なるからこそ「個性的」なのです。
パーティー・メンバーは「仲良しグループ」になりやすい。「仲良し」は価値観が画一化してしまいます。そこにアクセントとして価値観の異なる「個性的」なメンバーを加えるのです。
「異世界ファンタジー」を面白くするのは、間違いなく「個性的」なチームです。
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