1315.物語篇:物語59.前世と現世

 よく「前世からの腐れ縁」などと言いますが、「前世」なんてあるんですかね。

 まぁ物語ではよく連綿とした「前世」からの因縁が鍵を握っているのですが。

 そこで、今回は「前世と現世」との関係性について考えてみました。





物語59.前世と現世


 前々回『君の名は。』ネタできたので、今回もネタにしました。

 こちらはRADWIMPSのテーマ曲名を拝借です。

 前世の因果律が現世にもつながってくる。

 死んだら神の国へ行かない日本人ならではの思想かもしれません。

 六道輪廻ろくどうりんねの概念がある仏教が下敷きでしょうが、意外と仏教国では受け入れられない物語なんですよね。

 なにせ人間界は天上界よりは下に位置しています。

 ちなみに六道は「地獄」「餓鬼」「畜生」「修羅」「人間」「天上」です。

 天上界へとたどり着けず、人間界を延々と繰り返す物語が模範的と言えるのかどうか。

 これが仏教国で「前世」もの「輪廻転生」ものが受け入れられない所以かもしれません。

「六道」は「りくどう」とも読みます。小説家の「六道慧」氏は「りくどうけい」と読むので憶えておきまょう。




今仲が悪いのは前世で敵だったから

「前世」をテーマとした物語では、よく「今仲が悪いのは前世で敵だったから」だとされています。つまり幾世にもわたる宿敵というわけです。

 ゲームのエニックス(現スクウェア・エニックス)『DRAGON QUEST』の勇者ロト三部作なんて世代での因縁ですよね。

 相手を許すことなく争いを続けているから天上界へ行けないのかもしれませんね。

 前世で敵同士だった相手と、現世でも戦い続けている。

 現世で争う相手が、実は前世でも敵だったのだから、今さら止めようもない。

 因果なものを考えさせられますが、宿命は絶対に変えられないものなのでしょうか。

 これってウイリアム・シェイクスピア氏『ロミオとジュリエット』も似たような状況ですよね。

 ロミオとジュリエット自身には争い合う理由がありません。しかし両家の確執は数世代にもわたって続いているのです。今ふたりの関係が認められないのは、過去から連綿と続くわだかまりがあるから。

 見事なまでに「前世と現世」の物語の形です。違うのは当事者自身が反目しているのか、それ以前の人たちが反目しているかだけ。

 前世からの対立が現世でも続いているとする考え方は、他者を受け入れたくない者の陰謀のようにも思えます。生まれる前から嫌いなやつだった。もう現世で仲良くするつもりはないと宣言しているようなものです。

 ですが本当に「前世でも敵だったから現世でも敵」でよいのでしょうか。

 単に現在の状況を改善するつもりなどさらさらなく、どうせ過去からの腐れ縁で引きつけられただけだ。

 そう考えると思考停止してもそれっぽい理由にはなる。その程度のものではないですか。




今心が惹かれるのは前世で恋仲だったから

 叶わぬ恋を扱う作品は数多くあり、その多くが「前世から続く縁がある」というものです。

 そして前世で叶わなかった恋が、今叶おうとしているのだとすり替えてしまう。

 そう、「すり替え」なのです。

 恋する乙女からすれば、前世から続く縁は「運命」を感じさせます。

 乙女は「運命」に弱い。占いが好きなのも「運命」による裏付けが欲しいからです。

 恋占いが乙女に人気があるのは、「運命」があるのかどうかを知りたいだけ。

 考えれば、占い師の多くは女性です。まぁ男性の占い師だとなかなか恋占いをお願いできませんよね。

 ロマンチシズムな女性は、ロマンスに運命を持ち込みたがるし、「運命」があればロマンスにも正当性があると思いたがります。

「運命」を端的に表したものが「前世でも恋仲だった」です。

 女性とくに女子中高生は「運命」に弱い。「運命」の人とのラブロマンス、というフレーズに弱いのです。

 女子中高生の流行り歌にも「運命」だったり「前世」だったり「絆」だったり。そんなフレーズが多用されています。

『君の名は。』の主題歌『前前前世』も、女子中高生に人気のある「前世」が含まれているからキャッチーなのです。




前世なんてあるんですか

 ここで今までの話をぶち壊します。

 前世なんてものが本当に存在するのでしょうか。

 人間には魂があり、死ぬとき体重は一グラムにも満ちていませんがわずかに軽くなるそうです。その研究結果により「魂はある」と結論づけられています。

 しかし魂と呼ばれているものは、人間の細胞間を走る電気信号の総体としてのみ存在しているのではないでしょうか。

 そうでなければ全身麻酔をしていても「魂」が痛覚を感じているはずなのですから。

 ですが実際には全身麻酔をされている間は痛覚を感じません。つまり「魂」とは電気信号の総体なのです。人が持つ記憶も電気信号で引き出されるものですから、やはり死んでしまうと記憶も残るはずがない。

 しかも記憶は脳に刻まれた映像や音声を電気信号で引き出す行為であり、脳から「魂」が離れてしまったら記憶が保てるはずがないのです。

 となれば「前世の記憶」なんて眉唾ものとしか言いようがありません。

 オカルト好きな女子中高生なら「前世」を信じてしまうでしょう。現世がツラいから来世で幸せに暮らしたい。そんな思いで自殺に走る女子中高生も多いのです。

 ですがここできっぱりと主張します。

「人間の営みの中で、前世なんてものはない。来世なんてものもない。今生きている現世が存在するだけ」だと。

 そう言われても「前世」や「来世」を信じる方もいらっしゃるでしょう。

 物語としても「前世」や「来世」があると想定すれば面白くなりますからね。

「異世界転生ファンタジー」なんて「来世」が存在する前提でなければ成立しません。

 私のようにドライな世界観を持っている人からすれば、「異世界転生とはなんとつまらない発想か」としか思いません。

 それでも「異世界転生ファンタジー」が人気だということは、それだけ「前世」「来世」の存在を肯定する方が多いという表れでしょうか。

 ハリウッド映画で、恋人が幽霊になった話はあります。しかし「来世で会おう」の類いは観た記憶がありません。死んだら神のもとへ昇天するキリスト教の思想が反映されているのです。

 そう考えれば「異世界転生ファンタジー」は少なくともキリスト教圏ではウケない。

 仏教の「輪廻転生」の思想がなければ、そもそも「来世へ転生する」概念すらないのです。

 特殊な条件が重なって生まれた、日本独自の物語形式。それが「異世界転生ファンタジー」なのです。





最後に

 今回は「物語59.前世と現世」について述べました。

「前世」があると仮定すれば、ひじょうにドラマチックな物語です。

 しかし宗教によってはまったく理解されない物語でもあります。

「前世」からの因縁によって宿命づけられた関係というのは、それだけで妄想が膨らむほど魅力的です。

 しかし、本当に「前世」や「来世」はあるのでしょうか。

 人類はそれすらも創造してきたのだと思います。

 まぁそもそも死んだことのない人間が話しているものを信じられるのか。という問題もあります。

 まぁ死んでしまうと死後の世界について語れるはずもないのですがね。

「異世界転生ファンタジー」についてはまた後日に掘り下げたいと思います。



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