1309.物語篇:物語53.誇りと逆鱗
今日は主人公が持っていた「誇り」を打ち砕かれて、それが逆鱗に振れる物語です。
ちょっと一文では説明しづらいので、早速コラムを読んでみましょう。
物語53.誇りと逆鱗
人は生きている以上、なにがしかの「誇り」を持っています。
「誇り」がなにもない人なんて存在するのでしょうか。
たとえ幼稚園での出来事だとしても、「他の人にはできなかったことができた」という優越感が「誇り」となっているはずです。
もちろん今現在、誰よりもすぐれていると思うものがあれば、「誇り」としてじゅうぶんでしょう。
しかし小説ですから、そんな「誇り」を打ち砕くような事態が起こります。
誇りを打ち砕く
たとえ「剣の腕前なら日本一」と自称していても、海外から有数の剣士が現れたら。負けてしまうかもしれませんよね。
もし負けたら「剣の腕前なら日本一」の「誇り」が打ち砕かれてしまいます。実際には「世界では通用しなかった」わけであり、「日本一」に偽りはないのかもしれません。それでも負けてしまった事実から「日本一」の「誇り」が潰えてしまうのです。
来年に延期されたオリンピック・パラリンピック東京大会でも似たような話が起こるはずです。
各地域で優秀な成績を収めてきた選手たちが一堂に会し、たったひとりの世界一を決めるために全力を出し合います。各地域の代表ですが、たとえ五十人が出場しても優勝するのはただひとり。ほかの四十九人は「誇り」を打ち砕かれるのです。中には「自己ベスト更新」で満足する方もいるとは思います。ですがオリンピック・パラリンピックに出場したからには金メダルを獲りたいのが本音でしょう。
出場する時期をズラせば金メダルが獲れる場合もあります。たとえば陸上男子百メートル走なら、前回のリオ大会まではジャマイカのウサイン・ボルト氏が圧倒的な速さを見せつけて優勝しました。しかし東京大会には出場しません。つまりボルトほど速くなくても金メダルが獲れるのです。グラウンド・コンディションや環境にもよりますが、十秒を切るかどうかでもじゅうぶん金メダルが狙えるほど、各国代表選手の持ちタイムは遅い。ウサイン・ボルト氏がいないだけで、攻略の難易度がかなり下がります。
これまで各国代表選手たちはウサイン・ボルト氏に「誇り」を打ち砕かれてきました。しかし東京大会では彼のタイムを気にすることなく自らの「誇り」を持って走れば、十秒前後で金メダルも夢ではないのです。
自信喪失からの復活
「誇り」を打ち砕かれた者は「自信喪失」に陥ります。
どんなに頑張っても敵わない。あれだけ特訓を重ねたのに、あの人物には敵わない。どうすればあの人物に敵するのだろうか。
負のループが渦巻いて、簡単に挫けてしまいます。
そして一度打ち砕かれた「誇り」はなかなか取り戻せないものです。
たとえウサイン・ボルト氏が走らずに金メダルが獲れたとして、リオ大会ではまったく相手にならなかった事実は変わりありません。
「東京大会金メダリスト」でも「ウサイン・ボルト氏に負けた人」というレッテルが貼られます。
レッテルを剥がすには「リオ大会でのウサイン・ボルト氏の記録よりも速く走るしかない」のです。そうしなければ「ウサイン・ボルト氏に勝てなかった男」という不名誉だけがついてまわります。
先に結果を述べてしまいましたが、一度「誇り」を打ち砕かれると、たとえ次の試合で勝っても「あのとき負けた人」という扱いは変わりません。つまり「誇り」を取り戻すまでに至らないのです。
「誇り」を取り戻したければ、前回負けた相手よりも一秒でも速く、一センチでも高く遠くへ到達しなければなりません。記録を破るから前回の敗者が名誉を回復できるのです。
記録を破れずに勝っても、前回打ち砕かれた「誇り」は取り戻せない。一生「負けた」というレッテルが貼られ続けます。
その点マラソンはコースレイアウト次第でタイムが変わる競技です。リオ大会の敗者でも、東京大会で金メダルを獲れば「誇り」は取り戻せます。
一度失った「誇り」を取り戻すためには、前回破れたときよりも強くなっていなければならない。前回と同程度の実力しかなければ、たとえ勝ったとしても「相手に恵まれただけ」です。前回覇者と敗者の関係は崩れません。
「剣と魔法のファンタジー」であれば、一度負けた四天王と再戦して勝てばよいのです。再び負けたら「勇者って意外と弱いんだな」としか見られません。
「勇者」としての「誇り」を取り戻すには、一度負けた四天王には是が非でも勝たなければならない。勝てば評価がひっくり返ります。「四天王のひとりに負けた勇者」から「四天王のひとりに勝った勇者」へと。周りがそう見てくれるようになれば、失った「誇り」も「自信」も取り戻せます。
精神的なタフさと逆鱗
「誇り」を取り戻した主人公は「自信」にみなぎっています。
これまで勝てなかったものに勝てたのですから、天狗になってもおかしくはありません。
物事を勝つか負けるかで論ずるべきではないのですが、こと物語では勝つか負けるかで展開が大きく変わってきます。
勝てば名誉を受け、負ければ汚名を着せられるのです。
「誇り」とはいわば「勲章」のようなもの。
これまで誰と戦って勝ってきたのか。それを端的に表したのが「誇り」なのです。
たとえば「誇り」と「自信」にみなぎっている主人公は怖いものを知りません。なにがやってこようと跳ね返すだけの精神的なタフさが身についています。
正直、こうなっている人を挫折させるのはかなり難しい。なにせ積極的でやる気に満ちているため、否定や弱気が見えないからです。
ですが、それは見えないだけで存在しないわけではありません。
誰もが「精神的にタフ」だと認めていても、ある点を突けばたちどころに狼狽してしまう。よくある話です。
小説では、いかにして主人公を狼狽させるかが問われます。
どんなに完璧に見えた人物であろうと、狼狽させればヘタを打ちます。
触れられたくないところに触れられて、逆上してしまうのです。
中国古典・韓非氏『韓非子』に「逆鱗」という言葉があります。どんな偉い人にも触れられると怒り狂う、逆さに生えた鱗「逆鱗」がある。そこに触れないように注意しながら、説客は君主を説得しなければならないのです。「逆鱗」に触れたら投獄・処刑は免れない。
いくら「誇り」に満ちている人にも「逆鱗」は存在します。
せっかく築いた「誇り」や「自信」も、「逆鱗」に触れられると消し飛んでしまうのです。
小説投稿サイトでは人気のある「主人公最強」「俺TUEEE」「チート」などは、どんな敵にも勝てる主人公が持て囃されています。
しかしどんなに強かろうと「逆鱗」は存在するのです。そこに触れられたら、今までの「主人公最強」なんて消し飛んでしまいます。
たとえばどんなに「主人公最強」であろうと、友人が戦死してしまうとうろたえてしまう。いつもの冷静さを失ってスキが生じるのです。
「主人公最強」が崩れるのは、主に外部要因によります。
家族を害される、友人を害される、仲間を害される。利害関係者を害される。
だからこそ冷静さを失って我を忘れるのです。
結果として精神的な脆さが表面化し、「主人公最強」の前提が崩れてしまいます。
「主人公最強」を崩してバッドエンドで終わらせたいなら、「逆鱗」を使わない手はありません。というより「逆鱗」に触れて怒り狂っていないと、「主人公最強」には勝てないのです。いかにして「主人公最強」を破るのか。冷静でいられず感情に走らせる以外にないのです。
『アーサー王伝説』において、エクスカリバーという傷を癒やす宝剣を持っていたアーサー王がなぜ死んだのか。庶子のモルドレッド卿にブリテン島の支配権と妻グィネヴィアを奪われそうになって冷静さを失っていたからです。
中国後漢時代で最強の武将だった呂布はなぜ敗れたのか。
どんなに強くても、外部要因でたやすく敗れ去っています。
もし皆様が「主人公最強」でバッドエンドを書きたい場合は、このような弱点を主人公に作るべきです。
最後に
今回は「誇りと逆鱗」について述べました。
最強伝説の多くは、歴戦の「誇り」を極めて君臨し、「逆鱗」に触れられて逆上し身を滅ぼしています。
地域の運動会でもオリンピック・パラリンピックでも、代表選手にはそれなりの「誇り」があります。「地域を代表する」という「誇り」です。
しかしそんな「誇り」を大半の人は失います。大会を通じて勝ち残るのはただひとり。他の出場選手はすべて敗れ去ります。
たとえ最強になろうとも、逆鱗に触れられて冷静さを失えば敗れ去るのです。
「強さ」は「精神面」に左右されます。
要はどれだけ「勝ちたい」と思い続けられるか。
他者に「勝ちたい」だけでなく今の自分に「勝ちたい」と思い続けられた者だけが最後の勝者となるのです。
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