1267.物語篇:物語12.逃避と帰着

 今回は「逃避と帰着」の物語です。

 なにかから逃げ出して、あることを経験して、帰ってくる。

 映画『スタンド・バイ・ミー』のような物語を想定してください。





逃避と帰着


 主人公がなにかから逃げ出して、のちに帰り着く物語です。

 あまりない物語ですが、身近な作品に潜んでいます。




あることから逃げ出す

 主人公はなにかを迫られます。それを避けるために逃げ出すのです。

 たとえば「この人と結婚しなさい」と言われて引き合わされた相手がまったく好みに合わなかった。それでも結婚をしなければならない年齢なら逃げ出す以外にありません。

 たとえば「お前は勇者になる運命だ」と言われて突然ヒノキの棒を持たされて冒険の旅に追い出される。「俺は勇者にはならない」と反抗して任務を放り出す。これも逃避ですよね。

 私たちが最もよく知っている「逃避と帰着」の物語はアニメの庵野秀明氏『新世紀エヴァンゲリオン』だと思います。

 ライトノベルを書く人にとってはまさにバイブルのような作品です。

 物語開始で第3新東京市へ呼び出された碇シンジは、汎用人型決戦兵器エヴァンゲリオン初号機のパイロットとして「使徒」と呼ばれる敵と戦わなければならないと知ります。

 当然逃げ出したいのですが、怪我に苦しむ綾波レイを見て搭乗を決意し初陣を飾るのです。しかし初号機は暴走し、シンジは心に深い傷を受けます。とりあえず訓練は受けますが、完全にうわの空。自身に課せられた「任務」を放り出して逃げ出すのです。そうしてさまざまな経験を経て、シンジは再び初号機の前に戻ってきます。つまり「逃げ出し」て「帰り着く」物語です。

 怠惰な主人公が「任務」から逃げ出す。臆病な主人公が「任務」に怖じけづく。潔白な主人公が「依頼」を遠ざける。

 さまざまな「逃げ出し」方があります。

「逃げ出し」てから心が変遷し、やがて「逃げ出し」ていたものへ帰ってきてそれを達成しようと思いを新たにする。

 とくに屁理屈がうまい主人公である場合が多いのです。

「こんなことしたって意味がない」「なにも変わらない」「俺じゃなくてもできるヤツはいる」

 ひたすら「逃げ」を打ちます。そもそも「運命」なんて信じない主人公なら、たとえ絶対権力者である国王から命令されようとも自分が納得できない「役割」を務めません。

「逃げ出す」のは主人公としては安易な理由でしょうが、書き手としてはとても難しいのです。なにが理由で「逃げ出す」のか。その理由が妥当なものでなければ、読み手は白々しさを感じてしまいます。

「設定として「逃げ出す」ための方便だな」と見透かされたら、読み手は面白くなくなるのです。

 いかにして自然で妥当な「逃げ出す理由」を提示できるのか。それが難しい。

『新世紀エヴァンゲリオン』は「逃げ出す理由」が明確なので、「逃避と帰着」の物語として手本となりえます。

 ぜひ「逃避と帰着」の物語として『新世紀エヴァンゲリオン』を観返してください。




なにかを乗り越える

「逃避」と「帰着」の間に、主人公は「乗り越え」なければなりません。

 まったく乗り越えていないのに「帰着」する主人公はいないのです。

『新世紀エヴァンゲリオン』と同時代のアニメに佐藤竜雄氏『機動戦艦ナデシコ』があります。

 主人公のテンカワ・アキトは中華料理屋でコックとして働いていましたが、ある理由から辞めさせられるのです。その帰り道に偶然幼馴染みと鉢合わせします。ミスマル・ユリカです。彼女を追ってアキトは「機動戦艦ナデシコ」へたどり着きます。そこに敵である木星蜥蜴が現われるのです。アキトは人型ロボット「エステバリス」に搭乗できる能力を有していますが、そこから逃げ出します。「逃避」ですね。

 しかし「エステバリス」のメインパイロットであるダイゴウジ・ガイこと山田二郎が怪我をして乗れません。アキトは悩み惑いますが、最終的に決意してエステバリスに乗ることにしました。

 このときの心の揺れ動きこそが「逃避」と「帰着」を結びつける「乗り越える」なのです。

『新世紀エヴァンゲリオン』の碇シンジも当初エヴァンゲリオン初号機への搭乗を拒否しますが、さまざまに悩み苦しんで、最終的に初号機に乗ります。

「乗り越える」のは精神的なものです。「乗り越える」のはある種の「成長」を意味しています。

 アキトもシンジもですが、人型ロボットに乗って戦うことに怯まない少年はまずいません。たいていの少年は怯みます。それが当たり前の反応なのです。嬉々として戦う少年なんていやしません。

 いてもスーパーロボットアニメの主人公くらいでしょう。

 アニメの富野由悠季氏『機動戦士ガンダム』の主人公であるアムロ・レイは、迫りくるジオン軍のモビルスーツ「ザク」に怖じけづきます。しかし目の前に操縦マニュアルが落ちていて、動かせそうなモビルスーツも見つけるのです。機械に強いアムロは、トレーラーに横たわっているモビルスーツに乗り込んで起動させた途端「ザクの五倍のエネルギーゲインがある」と嬉々とします。アムロはなんにも「乗り越え」ないでモビルスーツ「ガンダム」を動かしてザクを撃破してしまったのです。これでは「逃避と帰着」の物語にはなりません。

 しかし物語が中盤に入る頃、アムロはガンダムを操縦して母艦ホワイトベースから「逃避」します。ここからがランバ・ラルとの死闘を描いた「哀・戦士篇」です。アムロは「逃避」し、砂漠の町でランバ・ラルたちに出会います。戦いから逃げようとしますが、幼馴染みのフラウ・ボゥがやってきてしまい、地球連邦軍の所属だとバレるのです。アムロはその場を取り繕って逃げ出します。しかしフラウ・ボゥはツケられていて、ホワイトベースの所在地を見つけ出されてしまうのです。それを知ったアムロは、ガンダムを操縦してランバ・ラル隊と死闘を繰り広げます。このとき、アムロはまだなにひとつ「乗り越え」てはいませんでした。それでも知人が戦闘に巻き込まれるのは心の収まりが悪いので、ホワイトベースを守る戦いへと出撃していきます。ホワイトベースを無事守りきったアムロでしたが、艦長のブライト・ノアによって独房入りとなるのです。ここからアムロが「乗り越える」べきものと向き合うこととなります。「自分がいちばんうまくガンダムを扱えるんだ」という自惚れではなく、「あの人に勝ちたい」という挑戦者の意気込みです。「乗り越える」べきは自分を高く評価してくれたライバルのランバ・ラル。彼に勝つためガンダムに乗りたいと考えたところでアムロは「乗り越えた」のです。




本来いるべきところへ帰り着く

「乗り越えた」主人公は、本来いるべきところへ帰り着きます。

 シンジもアキトもアムロも逃げ出しますが、全員パイロットとしての決意を固め、本来いるべきところへと帰り着くのです。

『新世紀エヴァンゲリオン』『機動戦艦ナデシコ』『機動戦士ガンダム』はいずれも「逃避」「乗り越える」「帰着」の物語を一度ならず採用して視聴者に共感されました。

 先ほども述べましたが、本来少年が嬉々として世界の脅威と戦うはずはないのです。必ず怖じけづきます。

 恐怖をどう「乗り越える」のか。肉体を鍛えあげて張り合うのではなく、精神的に強くならなければならないのです。いくら肉体を鍛えあげても、恐怖は乗り越えられません。肉体を鍛えなくても、少しでも精神的に強くなれれば、当面の恐怖は乗り越えられます。一度乗り越えてしまえば、その後はすんなりと物語を進められるのです。

 精神的に「乗り越えて」しまえば、「本来いるべきところへ帰り着き」ます。

 逆に言えば「乗り越えられな」ければ「本来いるべきところへは帰りつけない」のです。

 物語を作る際「逃避と帰着」をうまく用いれば、読み手をすんなりと物語世界へ誘えます。

 それが主人公にふさわしい「逃避」の理由かどうか。その釣り合いが求められます。

「乗りたくない」理由とはなにか。「降ろされたくない」理由とはなにか。「戦いたくない」理由とはなにか。

 それが主人公にふさわしい理由なのか。

 もし主人公の器よりもはるかに小さな理由で「逃避」したら「小さいヤツ」にしか見えません。強い主人公となって「帰着」させたいのなら、大きな理由で「逃避」しなければなりません。大きな理由を「乗り越える」とひと回りもふた回りも大きくなって帰り着きます。

 以上はバトルもの戦争ものを例にしましたが、日常ものでも主人公が「逃避」して「乗り越え」て「帰着」するものです。

 渡航氏『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』の主人公・比企谷八幡は「逃避」を続ける日々を送っていましたが、強制的に奉仕部へ入れられ、「逃避」していた理由と向き合わなければならなくなります。そして最終的に「乗り越え」て、本来いるべきところへ「帰り着いた」のです。

 日常ものでも青春ものでもラブコメでも。

「逃避と帰着」は人の成長を最も端的に表せる物語なのです。





最後に

 今回は「逃避と帰着」について述べました。

 すべての主人公が勇敢なわけではありません。

 臆病であっても主人公は務まります。臆病だからこそ紡げる物語もあるのです。

 有史以来、物語の主人公はつねに勇敢でした。勇者だからこそ語り継がれてきたのです。

 しかしいつの頃からか臆病な主人公の物語が生み出されました。

 少年マンガ誌の代名詞ともなった『週刊少年ジャンプ』において、臆病な主人公というものは見た憶えがありません。私の知るかぎりではすべての主人公は勇敢です。「努力・友情・勝利」を掲げる『ジャンプ』に臆病は似合いません。

 危機に陥ってただ「ワーキャー」騒ぐだけの主人公なんて見当もつかないのです。

「臆病な主人公知っているよ」という方はコメントや感想などでお教えいただければと思います。



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