1249.学習篇:人生設計を見直す

 誰にでも、望むべき「人生の終え方」があります。

 とくに意識していなかった方は、この機会に想像してみてください。

「どんな死に方をしたいのか」「どんな人物として見られたいのか」

「死生観」を明確にしておくと、登場人物の「死生観」にも目が行くようになります。





人生設計を見直す


 あなたはどんな人生設計を描いているのでしょうか。

「小説賞・新人賞」を獲るのが最終目標なんてことはありませんよね。

 確かに受賞できれば賞金がもらえます。しかし多くの方はそこから「プロデビュー」を夢見ていますし、「プロ」になったらヒット作を連発して大金持ちになりたいと思っているはずです。

 あなたが最終目標に据えているのはなんでしょうか。

 この機会にそれを見直してみませんか。




小説賞・新人賞を獲ってどうなりたいのか

 私たち小説の書き手は「小説賞・新人賞」を勝ち取って「プロデビュー」を夢見ています。しかし誰もが叶えられる夢ではないのです。

 だから、つい「小説賞・新人賞」を獲るが最終目標にすり替わってしまいます。

 本来なら「プロデビュー」がスタートラインでなければならないのです。

「小説賞・新人賞」はスターティングブロックになります。ここを踏み台にしてスタートラインを越えていくのです。

 であれば皆様には「死ぬまでにどうなっていたい」のか考えていただきたい。

「文豪」と呼ばれるような偉大な存在になりたいのか。「ノーベル文学賞」を獲って世界中から尊敬されたいのか。「売れっ子作家」になって豪遊したいのか。

 すべて「プロデビュー」しなければ到達できない境地です。

 どんなにすぐれた作品を書いても「アマチュア」ではノーベル文学賞は獲れません。

「アマチュア」の研究者のほとんどがノーベル賞を獲れないのと同じ理屈です。

 だから「プロデビュー」はあくまで通過点であり、その先にもっと大きな夢を持っていましょう。

「死ぬまで同じ小説の連載を続けていきたい」という方は少なくないと思います。

 しかし「ただひとつの連載小説を死ぬまで書き続けられる」書き手なんて存在しません。どんなに長命な連載を抱えていても、他の作品も求められます。

「一発屋」が生き残れるほど小説界はやさしくないのです。

「プロ」を目指しているなら、弾数は多いに越したことはありません。

 私は連載向きの長編を四部作用意してあります。

 皆様も「小説賞・新人賞」を獲るための原稿用紙三百枚・十万字の長編小説を複数本持っていただきたい。

 複数あるから、毎年別の作品で「小説賞・新人賞」に挑めるのです。

 作品によっては「小説賞・新人賞」を獲るのには向いていないけど、連載小説としては「アリ」なものもあります。

 私のように「連載向き」の長編小説を複数本用意しておくと、いざ「プロデビュー」してからも「連載小説」のアイデアに詰まらなくなるのです。

 私は「小説賞・新人賞」を獲って「プロデビュー」したら、構想している四部作はすべて連載したいと思っています。そのすべてが評価されて、他にも思いついた短編小説や長編小説でも高い評価を得たい。できるだけ多くの方に読んでもらいたい。そういった作品たちが次々とアニメ化されたらいいな。なんて考えています。

 つまり「死ぬまでにアニメ化作品を複数書きたい」のです。

 アニメ化されればメディアミックス効果で原作小説も売れますから、シリーズ累計十万部とか三十万部とか百万部とか、そういった大きな数字も狙いたい。

 皆様は「死ぬまでにどうなっていたいか」を考えたことがありますか。




「死ぬまでに」を考えると死生観が生まれる

 ただやみくもに「死ぬまでにどうなっていたいか」を考えてほしいわけではありません。

「死ぬまでにどうなっていたいか」は、あなたに「死生観」をもたらします。

「どんな死に方をしたいのか」「死ぬまでにどうなっていたいのか」「どのように生きていたいのか」「どうすればそんな生き方ができるのか」「そのために今するべきことはなにか」

 順々に考えていけば、あなたは死ぬまでにどのような人生を歩むべきかが見えてきます。

 いかに死すべきか。そのためには、いかに生きるべきか。

 この観念つまり「死生観」は小説の登場人物全員にも必ず持たせたいところです。

 そのためには書き手であるあなた自身が自らの「死生観」を持っておきましょう。

 住むところもなく、食べるものもなく、誰もいない山中で餓死する。

 そんな最期を迎えたい方はまずいません。

「剣と魔法のファンタジー」でパーティーメンバーとなる盗賊が「牢屋で死にたい」「死刑になりたい」と思うものでしょうか。思いませんよね。

 盗賊には盗賊なりに叶えたい夢や生き方、理想的な死に方があるはずです。

 それをいかに表現できるかが書き手の腕の見せどころ。

 小説の登場人物に魂を吹き込んで生き生きと動かすには、それぞれに「死生観」を持たせましょう。

 いかに死すべきか。そのためには、いかに生きるべきか。

 そういう願望が書かれていれば、キャラクターは自然と躍動感にあふれてきます。

 マンガなら尾田栄一郎氏『ONE PIECE』の主人公ルフィーは「海賊王になりたい」わけですよね。それは人生の最終目標かもしれませんし、単なる通過点かもしれません。ですが私たちは第一巻でルフィーが語った「海賊王になりたい」という夢を託してマンガを読んでいます。それが物語の大前提なのです。

 同じくマンガから。大場つぐみ氏&小畑健氏『DEATH NOTE』の主人公夜神月は死神のノート「デスノート」を手に入れて「新世界の神になる」という夢を抱きます。それは通過点であり、彼の「死生観」では「やさしい人だけが生きられる世界を作りたい」という最終目標を持っていたのです。その最終目標を達成するために、犯罪者を次々とデスノートで殺していきます。夜神月には彼なりの「死生観」が明確にあったのです。だから読み手は大量殺人犯である主人公がどうなるのか気になって仕方なくなります。

 ライトノベルの多くでは開幕当初、主人公に明確な「死生観」や最終目標がありません。

 物語が進んでいくと主人公に使命が与えられ、最終目標が定められるパターンが多いのです。これは読み手を主人公と同一化させる仕掛けのひとつ。

 その世界をなにも知らない読み手が、物語の中で主人公へ感情移入させる。それには物語が始まってから主人公に「死生観」を持たせるのが最善の方法なのです。

 ルフィーも夜神月も、第一話の冒頭では「こうなって死にたい」という「死生観」を持っていませんでした。しかし第一話の最期には「こうなって死にたい」という「死生観」を表明しています。これが読み手を物語へ惹き込む魔力となるのです。

 J・R・R・トールキン氏『指輪物語』の主人公フロドも、物語が始まったときには「こうなって死にたい」という「死生観」がありませんでした。そこに運命を左右する「ひとつの指輪」を破壊する使命が与えられます。これで彼に「死生観」が宿るのです。

 水野良氏『ロードス島戦記』の主人公パーンは「立派な騎士になりたい」という「理想」を持ったただの村人として登場します。そして仲間たちと冒険の旅に出かけ、ロードス島を影で操る「灰色の魔女」カーラとの対決へと導かれるのです。そして「灰色の魔女」を倒したのち、パーンはカーラを追う旅に赴いて「ロードスの騎士」とあだ名される存在へと到達するのです。これで「騎士になりたい」という「死生観」の通過点のひとつが達成されました。





最後に

 今回は「人生設計を見直す」について述べました。

 あなたはいかに死にたいですか。いかに生きたいですか。

 その考え方をぜひ主人公やキャラクターたちにも持たせてください。

 ただ倒すべき敵というだけでは魅力を感じないのです。

「世界を闇で覆い尽くしたい」という魔王だからこそ、魅力を感じます。

 魔王には魔王なりの「死生観」があるはずです。

 そのことを思い出すために、あなたも自らの「死生観」を明確にしておきましょう。

「文豪」になりたいのか。「ノーベル文学賞」を獲りたいのか。出す本すべて百万部を売るベストセラー作家になりたいのか。

「死生観」を意識すれば、きっと魅力的な物語になりますよ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る