1178.技術篇:体験は最強の取材
今回は「体験する」ことの重要性です。
書き手が体験していることはリアリティーをもって表現できます。
実際に経験できないことは、疑似体験でもかまいません。
体験は最強の取材
たとえばロシアの宇宙船ソユーズで大気圏に突入するシーンを書きたいとします。
もちろん実際に体験したほうが正確になりますし、情報量も多くなるのです。
しかし近しい体験をすれば、疑似体験となって書けるシーンが増えます。
パラシュート降下を体験すれば、引力による自由落下の感覚がつかめますから、大気圏突入の疑似体験になるでしょう。
スポーツを題材にしたいなら
スポーツを題材にした小説を書きたい、スポーツ選手を小説に登場させたい。
そんなとき、そのスポーツを実際に体験してみましょう。
体験するとそのスポーツで求められる能力や体の使い方、戦術などを知れます。
たとえば野球。打者は投手の投げるストライクゾーンから外れたボールを四つ見送れば進塁できます。ストライクゾーンに入ったボールを三つのうちで打ち返せなければアウトになる。また打ち返せても守備する人に捕られたらアウトになる。アウトが三つになればその回の攻撃が終わり、攻守が交代する。
以上が野球の基本的なルールです。スポーツをしない方にはチンプンカンプンでも、一度でもプレイしたことのある方ならどういうものか理解できますよね。
ではサッカーはどうでしょうか。ゴールキーパー以外は手を使えない。ただボールがタッチラインを割ったときはボールを手で持ってフィールドに投げ入れる(スローイン)。相手の守備陣より深い位置にいる味方にパスするとファールになる(オフサイド)。ただしスローインのときはファールにならない。最後に味方が触ってボールがエンドラインを割ったらゴールキーパーのキックで再開する。最後に敵が触ってボールがエンドラインを割ったらコーナーキックになる。ボールがゴールラインを越えてゴールポスト内に入ればゴールで一点入る。相手のラフプレーがあったらその位置でのフリーキックとなる。フリーキックには直接フリーキック(そのままゴールを決めてもよい)と間接フリーキック(一度誰かにボールが当たらなければゴールにならない)がある。
以上がサッカーの基本的なルールです。
このようにスポーツには細かなルールが決められています。
プレーしたことのない方は、ルールブックを購入してどんなルールがあるのかを頭に叩き込まなければなりません。
しかしプレー経験があれば、ルールブックを読まなくても基本的なルールは知らず識らずのうちに憶えてしまうものです。
まさに体験したほうが正確になりますし、情報量も多くなります。
小説に剣道を出したいと思ったら、実際に剣術を体験してみる。これでリアルな剣道小説が書けます。剣術家の出てくる小説を書きたいなら、まず剣術道場が近くにあるか探してみてください。剣術道場が近くにあるのなら体験入学しましょう。もし剣術道場が近くになければ、剣道場で妥協してください。
剣術道場ならより実戦に近い体験ができます。最初は木刀や竹光などで訓練しますが、習熟してくると真剣を用いる訓練へと進めるのです。そこで初めて真剣の重さや扱い方を教わります。剣道場にいくら通っても真剣で訓練なんてしません。だから真剣の重さや扱い方をリアルに書きたいのなら、たとえ遠方であっても実際に剣術道場へ通うべきです。剣道場は打ち込む間合いやタイミングなどを憶えるにはよいと思います。ですが、命のやりとりをするわけではないので、剣道が即実戦的な剣術の代わりにはなりません。剣道は防具をまとい、たとえ相手の攻撃がこちらに当たっても、こちらの攻撃のほうが先に相手に当たっていれば一本とって勝てます。つまり剣道で勝負を決したとしても実戦では相討ちになるのです。
格闘技も同様です。実戦はいくらでも一本とったところで、相手が何度でも起き上がって立ち向かってくるのであれば勝敗を決せません。
このよい例が柔道です。柔道の投げ技がいくらうまくても、実戦では相手が何度でも立ち上がってきます。これは体験ですが、私は柔道の一本背負い投げと巴投げを得意としています。中学生のとき、上級生ふたりに目をつけられて暴力を振るわれそうになったのです。そこで得意の一本背負い投げをして上級生をアスファルトに叩きつけました。しかしその上級生たちは何度も立ち上がっては向かってきたのです。このとき「あぁ柔道は実戦には役立たないわ」と納得しました。たとえ綺麗に一本がとれたとしても、相手が反撃できるのであれば格闘技としては意味がないのです。そこで方針を変えて、一本背負い投げで相手を脳天から叩きつけることにしました。それまでは綺麗な一本背負い投げで背中から落としていたのです。脳天からアスファルトに落としたので、上級生たちにも相当なダメージを与えられたはずですが、それでも上級生たちは立ち上がってきます。ここで「柔道は実戦にはまったく役立たない」と理解したのです。
相手をKOできなければ実戦には役立たない。
格闘技には「相手の反撃を絶つ」ことが求められます。
そこでボクシングや中国拳法などを独学するようになりました。しかし格闘技の独学はなかなかに難しい。柔道なら独学しても相手を掴んでからの攻撃になるため「距離感」がなくても技を決められました。しかしボクシングや中国拳法の打撃では「距離感」がつかめなければ、いくらパンチのスピードが速くてもまったく当たらないのです。そこで同級生と「寸止め」の訓練をして「距離感」を養いました。でも「寸止め」は「当たらない距離」を身につけるためのもので、「当たる距離感」はなかなか身につきません。
このあたりのもどかしさは、実際に経験しないとわからないでしょう。体験が多い私だからこそ格闘技についてはかなり詳しく書けます。
たとえ格闘技や剣術の知識を仕入れても、実際に体験した人には勝てません。実際に対戦したときも、小説で書くときも。
だから「剣と魔法のファンタジー」をリアルに書きたいのであれば、剣術道場へ通うべきなのです。たとえ一回や二回しか体験しなかったとしても、得られるものはとても多い。文字の知識だけでなく、体で憶えたものには「リアル」があります。リアリティーのあるバトルが書きたいのなら、実際にリアルなバトルを体験するべきです。もちろん想像だけですぐれたバトル描写ができる方もいらっしゃいます。しかしどうしてもリアリティーに欠けるのです。
命のやりとりを体験した元兵士の話が拙くても真に迫るのも、そこに「リアル」があるからです。
「剣と魔法のファンタジー」のうち魔法は体験できません。もし魔法が使えるのであれば、小説を書くよりも魔法を使ったほうがお金になります。魔法が使えないから、我々は小説を書くのです。
魔法は完全に創作の世界。呪文の詠唱によって発動するのか、多大な集中力を要するのか、神々への祈りの強さに左右されるのか、気軽にささっと使えるのか。魔法の位置づけをしっかりとしてください。
剣の部分は前述したとおり、剣術道場である程度体験できますので、一度は体験しておくべきです。
兵法は実践できるか
私は孫武氏『孫子』や呉起氏『呉子』などの「武経七書」、ニッコロ・マキャヴェッリ氏『君主論』『戦術論』、カール・フォン・クラウゼヴィッツ氏『戦争論』、ベイジル・リデル=ハート氏『戦略論』、田岡信夫氏『ランチェスター戦略』などを読んで「兵法」について研究しています。
それまで個の武に関しては柔道やボクシング、中国拳法で理解していても、集団の武には疎かったからです。
「兵法」に興味を持ったのは中学で上級生に目をつけられた頃に遡ります。
以前にもお話ししましたが、私はひとりでゲームソフトを開発する「ゲームクリエイター」が夢でした。そのとき『アーサー王伝説』を元にしたものにしようと決めていたのですが、なにしろ個の武には詳しくても集団戦である「兵法」には詳しくありません。
最初に読んだ「兵法書」は檀道済氏『三十六計』でした。短かったですからね。この書は「三十六計逃げるに如かず」という言葉で有名だと思います。ここには「兵法」の基本的な考え方が三十六の項目で箇条書きされているのです。しかし箇条書きですから、実践できるかといえばまず不可能。警句としては役立ちますが、実戦では引き出しがいくつか増える程度です。
次に読んだのが『孫子』です。これで「兵法」に目覚めました。「兵法」に求めていたものが凝縮されていたのです。その後古今東西あらゆる「兵法書」を読みましたが、『孫子』を超えるものはありませんでした。
『孫子』のすごいところは、座学でも実戦に役立つ情報が手に入ることです。つまり実戦でなくても、あらゆる駆け引きに応用できるのです。
私は『孫子』の知識で書店アルバイトから一か月で主任に、三か月で店長へと昇進しました。「兵法」は武力の衝突だけにしか役立たないものではないのです。むしろ真価は平時に現れます。私がアルバイトから店長へ昇進したのも、「兵法」を駆使して店舗売上をアップさせられたからです。
私はそのときに『小売店論』という名のガイドをまとめています。これは需要があれば小説投稿サイトへ掲載したいですね。「兵法」を土台にした店舗経営の妙をコンパクトにしています。
たくさんの兵法書を読んできたからいいますが、これから「兵法」を憶えようと思ったら『孫子』だけを徹底的に研究してください。たいていの事柄は『孫子』に言及されています。他の兵法書はその補完しかしていないといっても過言ではありません。
ちなみに「兵法」を簡略的にまとめた『兵法の要点』を各小説投稿サイトに掲載していますので、これから「兵法」を学びたい方は、まずこちらをお読みいただければと存じます。これを読んでから『孫子』を研究すれば、気づきは何倍にもなるでしょう。
元書店店長が語る「実践で役立つ兵法」をぜひご覧いただければと存じます。
最後に
今回は「体験は最強の取材」について述べました。
いくら書籍を読もうとも、ゴルフのスイングはうまくなりません。実際に素振りをして、打ちっぱなしに行って、実践するからこそスイングが矯正されるのです。
もし書籍を読むだけでうまくなるのなら、今頃プロゴルファーが山のように生まれています。しかし現実にはアマチュアの域を出ない方がほとんどです。
つまり「体験」しなければ見えてこないものは確かにあります。
皆様もリアリティーを求めるのなら、ぜひ体験してみてください。冒頭の大気圏突入のように体験が難しいものでしたら、パラシュート降下などの疑似体験でもよい。それも難しいならバンジー・ジャンプでかまいません。引力による自由落下がどのようなものかを体験せずして大気圏突入シーンは書けないのです。書けてもうわべだけになります。
「剣と魔法のファンタジー」を書きたいのなら、魔法は無理でも剣は体験できるのです。であれば剣術道場へ体験入学して実際に「剣術」とはどのようなものなのか。真剣を扱うときの心構えは。「真剣」の持つ独特の威圧感は体験しなければわからない。だからこそ「剣と魔法のファンタジー」を書きたいなら、一度は剣術道場へ行ってみてください。きっとこれまでの価値観がガラリと変わりますよ。
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