1172.技術篇:異世界にスマートフォンを──新聞と手紙と電話

 今回は「なぜ異世界にはスマートフォンがないのか」についてです。

 これをまとめて「トールキン氏の呪縛」と呼んでみました。

『指輪物語』が書かれた頃には携帯電話すらなかったのです。





異世界にスマートフォンを──新聞と手紙と電話


 小説を書くとき「新聞と手紙と電話」の扱いをどうするかによって、世界観がガラリと変わってきます。

 この三つは情報入手手段、情報伝達手段、意思疎通手段の象徴です。




新聞かテレビかネットニュースか

 近代から現代の日本を例にとれば、まず江戸時代に主流だった「かわら版」が、活版印刷の普及により「新聞」へと移行しました。そして東京オリンピックの開催に合わせて普及した「テレビ」が情報入手手段となったのです。

 では今はどうでしょうか。

 インターネットが普及してパソコンを持つ一部の方がポータルサイトのニュース記事を読むようになります。携帯電話が普及してNTTドコモが始めた「i−mode」サービスでニュースが読めるようになったのです。これに今のKDDIやSoftbankが追随して携帯電話にインターネット機能が付加されていきました。

 そしてやってきたのがスティーブ・ジョブズ氏率いるApple「iPhone」です。「iPhone」により人々は移動中にも最新の情報を入手できるようになりました。これにGoogleが追随して「Android OS」端末を低価格で発売したのです。これを「スマートフォン」と称します。

 つまり一部のものだったネットニュースが、「スマートフォン」の普及で世界中のユーザーに開放されたのです。日本では「i−mode」から始めていたものは「ガラパゴス」と揶揄されることとなりましたが、機能だけなら「iPhone」の数歩先を走っていました。

 ただやはり物理ボタンのある携帯電話と、タッチパネルの「iPhone」とでは、とっつきやすさがまったく異なります。アプリの求める機能を物理ボタンの形状に左右されず自由に設計できる。その点で「iPhone」に大きなアドバンテージがあったのです。

 現在では日本のモバイルフォン市場において「スマートフォン」が七割を占めています。もはや「スマートフォン」なしでは社会システムの恩恵に与れない世の中になっているのです。


 近未来を舞台にした「SF」ものなら「スマートフォン」よりも先のテクノロジーに注目しなければなりません。しかし情報入手手段としての「スマートフォン」をしのぐツールを考え出すのは難しい。「タブレット」はスマートフォンが大きくなった程度のものですが、元々スティーブ・ジョブズ氏が先に考えていたのは「iPhone」ではなく「iPad」だったとされています。しかし当時は大きなタッチパネル液晶が存在しなかったため、その小型版として「iPhone」を先に開発したのです。

 現在は次世代通信「5G」がなにかと物議を醸しています。「4G LTE」の百倍速い通信速度と低遅延性を持ち、同時接続デバイス数も数十倍となるのです。

 その特性から近未来のテクノロジーを考え出さなければなりません。しかしもし考え出せたとしたら、小説を書くよりもその新しいテクノロジーを開発する会社を立ち上げたほうがはるかに儲かります。たとえ思い浮かんだのが「概念」だけであっても、先に特許を取得しておけば、後日巨万の富をもたらしてくれるのです。小説に書くのは特許を押さえた後でかまいません。


 では「剣と魔法のファンタジー」ではどうでしょうか。「かわら版」しか使っていないかもしれませんし、すでに活版印刷が存在して「新聞」が発行されているかもしれません。まさか「テレビ」が存在したり「インターネット」が存在したり──ない話ではありません。そもそも電子科学がどこまで進歩しても「剣と魔法のファンタジー」は成立するのです。

「剣と魔法のファンタジー」の祖であるJ.R.R.トールキン氏の時代にはインターネットは存在していません。テレビも晩年になってから普及しました。彼はよくてラジオの信奉者だった可能性はありますが、情報入手手段としてはやはり「新聞」が幅を利かせた時代を生きていたのです。だから『ホビットの冒険』『指輪物語』の中に「テレビ」は出てきません。それが「剣と魔法のファンタジー」に「テレビ」以上の情報入手手段が存在しない理由ではないでしょうか。

 誰が決めたのではなく、トールキン氏のフォロワーが皆トールキン氏の考えた情報入手手段以上のものを使わない「配慮」今でいう「忖度」をしてしまったのです。

 だからあなたの「剣と魔法のファンタジー」に「スマートフォン」が登場しても問題となりません。だってあなたはトールキン氏の直接のフォロワーではないのですから。




手紙かEメールかメッセージアプリか

 江戸時代の日本では「書状」が飛脚によって運ばれて情報を伝達していました。

 明治時代となり、近代化すると海外から「電報」が伝来したのです。モールス信号によって電波で文字を伝達しました。しかし「電報」では長文を伝えられません。そこで「書状」に立ち返って「手紙」が登場します。それを簡素化した「はがき」も生み出されたのです。

「手紙」が登場してのちは独壇場となります。それを追いやったのがインターネットの「Eメール」です。実はその前に「パソコン通信」というものが存在していました。インターネットは世界のどこにでもつなげられますが、「パソコン通信」は地域にのみつながるものです。そのため特定の「パソコン通信」を利用したい人は電話料金に追加で県外料金を支払ってまで利用していました。「Eメール」の登場により、不動の地位に君臨していた「手紙」の立場が危うくなっていきます。なにしろ「Eメール」は送信したら一瞬で相手に伝わるからです。「手紙」はどんなに早くても当日配達までしかできません。人力で移動している以上仕方のないことです。

「手紙」に引導を渡したのが前述した携帯電話のNTTドコモ「i−mode」サービスです。「電波で文字を伝達する」という「電報」の機能に、短い「手紙」並みの文字数を備えることで、いつでもどこでも自由に情報を伝達できる時代となりました。その即時性を考えれば配達時間のかかる「手紙」に勝ち目はありません。現在では行政文書や利用料明細、ダイレクトメールくらいにしか「手紙」は利用されなくなっています。

 しかしそんな「Eメール」を揺るがしたのが「チャット」です。インターネット・チャットシステムの登場により、リアルタイムで会話できるようになり「Eメール」や「i−mode」を脅かしていきました。

 しかしそんな「チャット」をも駆逐してしまったのが「スマートフォン」の「メッセージアプリ」です。世界的に見れば「WhatsApp」ですが、日本では圧倒的に「LINE」が普及しました。日本政府が「LINE」アカウントを持つ時代です。一回に扱える文字数は「Eメール」よりも短いですが、「チャット」のように手軽に書き込め、相手が読んだかどうかが「未読」「既読」でメッセージを出したほうが確認できるため「Eメール」「チャット」よりも時と場所を選ばずつながりやすいのが利点でしょう。


 では近未来「SF」でその先を考えてみましょう。「メッセージアプリ」を超えるためにはどんなサービスが必要か。まず次世代通信「5G」は最低限の前提になります。通信速度と低遅延性の利点を活かすには、ビデオメッセージをやりとりするにはちょうどよい技術だと思いませんか。「Eメール」や「メッセージアプリ」では多くが写真までしか添付できず、動画がつけられたとしてもサイズ制限がありました。「動画共有サービス・アプリ」として「YouTube」「ニコニコ動画」「TikTok」などが挙げられますが、やはり通信速度の壁は越えられないのです。しかし「5G」なら二時間の映画も三秒でダウンロードできます。つまりこれからの情報伝達手段はビデオメッセージになる可能性が高くなるのです。これにより病院へ行くことなく治療薬を処方してもらえるような世界になると考えられます。「VR」こと「ヴァーチャル・リアリティー」も「5G」と組み合わせることで真価を発揮するでしょう。


 では「剣と魔法のファンタジー」ではどうでしょうか。トールキン氏は「手紙」までしか手段を知りません。だから数多くのフォロワーも「手紙」を送るのが当たり前のように思っています。しかしそれは「トールキン氏がそうしたから」という理由でしかありません。

「剣と魔法のファンタジー」に「LINE」のような「メッセージアプリ」が存在してもよいのです。市民階級が「スマートフォン」を持っていたってかまいません。電子科学のレベルが魔法より劣っている必要はないのです。もちろん魔法具によってビデオメッセージをやりとりできたってよい。

「ファンタジー」とはなにも「トールキン氏の考案した世界観」でなければならない絶対的なルールはありません。トールキン氏の時代には真空管と半導体はあっても、一般的ではありませんでした。だからアナログに頼った世界観が生まれただけ。もしトールキン氏が現代を生きていたのなら、「剣と魔法のファンタジー」はもっと電子的であった可能性のほうが高いのです。

 新世代のトールキンはあなたかもしれません。




電話か掲示板かSNSか

 意思疎通手段として「電話」が考案されるより前は、対面で会話するよりほかありませんでした。しかし電話は各家庭に電話線を敷設しなければ使用できなかったため、贅沢品扱いです。よほどの名家でなければ「電話」を所有していなかったのです。

 日本では昭和時代に公衆電話と黒電話が登場して「電話」が一気に普及しました。各家庭に一台存在するのが当たり前だったのです。

 しかし黒電話を脅かす存在が登場します。「ポケットベル」略して「ポケベル」です。最初は「無線呼び出し」機器として、電話してほしい相手に持たせて電話を寄越させるときにベルを鳴らす商品でした。これに数字を表示できる機能が搭載されたことで個別の「電報」のように使えました。「14106」で「アイシテル」と読ませるような使い方をされたのです。晩期にはカナを表示できるようになりました。しかしその頃にはすでにPHSや携帯電話が普及していたため、「ポケベル」は急速にシェアを落としていきます。

「携帯電話」が普及したことで、各家庭に一台は必ずあった固定電話が姿を消していくのです。

 そしてNTTドコモ「i−mode」サービスによって「掲示板」サービスが誕生します。好きなときに好きなことを書き、インターネットを利用できる誰もが意思疎通できる場が提供されたのです。

 インターネットが普及し「iPhone」が登場したことで、さまざまなSNSが誕生します。中でも「Twitter」「Facebook」は現在の標準インフラと呼んで差し支えないでしょう。

 誰もが自らの意思を発して、誰もがそれを読める時代。そこからさらに見知らぬ人々とつながる機会がもたらされました。

 これが現在では最高の意思疎通手段です。


 では近未来「SF」としてはどのような意思疎通手段が考えられるでしょうか。サイバーパンク寄りなら人々の意志は「電脳」に収められており、サイバー空間で直接意思疎通しているかもしれません。「5G」技術とも相性がよい。通信速度と低遅延性を利用して、メインサーバーに全人類の「電脳」が組み込まれている社会も考えられます。そうなると「電脳」犯罪が発生するのも時間の問題でしょう。


 では「剣と魔法のファンタジー」ではどうでしょうか。

 これまた「トールキン氏の呪縛」に縛られてしまいます。つまり「電話」までが精いっぱいで「ポケットベル」「携帯電話」「SNS」なんて存在すらしないのです。

 しかしここまでお読みの方ならおわかりのはず。トールキン氏のフォロワーでないかぎり、どれだけ電子科学が発達していても「剣と魔法のファンタジー」は成立します。

 つまり「携帯電話」が存在していてもよいし、「SNS」が存在していてもよいのです。

 そんなつまらない真似はできない。というのであれば「トールキン氏のフォロワー」に徹するべきです。そのほうが「今までの剣と魔法のファンタジー」から外れない、定番の作品に仕上がります。ですが、そんな手垢まみれの「剣と魔法のファンタジー」に魅力はあるのでしょうか。そんなものはすでに時代後れだと感じませんか。




異世界にスマートフォンを

 結局のところ気になるのは「剣と魔法のファンタジー」に「スマートフォン」を登場させてもよいのかどうか、ですよね。

 上記したように「登場させても不思議はない」。

 トールキン氏のフォロワーでないかぎり、「剣と魔法のファンタジー」が「電話」すら存在しない世界である理由はありません。

 現代を生きる私たちには「剣と魔法のファンタジー」に「スマートフォン」を持ち込むだけの知識があります。これだけ便利なアイテムが「剣と魔法のファンタジー」に存在しないというのも、なにか変だと思いませんか。「魔法」ってなんでもできるんですよね。それなら「スマートフォン」のようなものが「魔法具」として存在していてもかまわないと思いませんか。

 これからの「剣と魔法のファンタジー」は「スマートフォン」と正面から向き合うべきです。

 冬原パトラ氏『異世界はスマートフォンとともに』はなぜ『小説家になろう』の人々の支持を集めて紙の書籍化され、アニメ化までされたのでしょうか。

「時代の転機」を感じ取ったからではないですか。「剣と魔法のファンタジー」にも「スマートフォン」があってもよいのではないか。なぜ「剣と魔法のファンタジー」ではいまだに「電話」すら存在しないのか。不思議に思わない方の感性は、すでに時代後れです。

 これからの「剣と魔法のファンタジー」には「電話」も「携帯電話」も「スマートフォン」もあってよい。というより「存在するべき」なのです。

 あなたが自身の「剣と魔法のファンタジー」に「スマートフォン」を出さない理由はなんでしょうか。「トールキン氏の呪縛」だからではありませんか。

 トールキン氏が亡くなってもうすぐ半世紀が経ちます。今でも「トールキン氏の呪縛」が解けない書き手は、これから先の書き手人生を棒に振る可能性が高いのです。

 今こそ「トールキン氏の呪縛」を解き、「剣と魔法のファンタジー」に「スマートフォン」を出す時機。すでに何名かの書き手は呪縛を解いて、「剣と魔法のファンタジー」に「スマートフォン」を持ち込んでいます。我々もそれに続くべきです。





最後に

 今回は「異世界にスマートフォンを──新聞と手紙と電話」について述べました。

 なぜ「異世界」の「剣と魔法のファンタジー」には「スマートフォン」が登場しないのでしょうか。

 それは「トールキン氏の呪縛」が書き手を捕らえて放さないからです。

 今こそ呪縛を解き、異世界にスマートフォンを持ち込みましょう。

 新時代の「剣と魔法のファンタジー」は、そこから生み出されると確信しています。



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