1153.技術篇:十代特有の語り口

 今回は「地の文」における語り口についてです。

 もし「十代が主人公」の作品なら、今ふうの語り口でもかまいません。

 ですがキャラがブレやすいので、「地の文」で一貫した人物像になるよう注意してください。





十代特有の語り口


 現在人気のあるライトノベルは、おおかた「主人公の一人称視点」で書かれています。

 読み手である中高生が主人公に感情移入しやすくするためです。

 これは「文語体による一人称視点」と「口語体による一人称視点」のふたつに分かれます。

 そして大半のライトノベルは「文語体による一人称視点」を採用しているのです。

 なぜ「口語体による一人称視点」が少ないのでしょうか。




文語体による一人称視点

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 頭から血を流して倒れている人がいる。私が近づいて声をかけてもぴくりとも動かない。手で顔に触れてみるとすでに冷たくなっていた。死体だ。

――――――――

「文語体による一人称視点」の例文です。

 文の主体が、主人公である「私」になっていますよね。だから「主人公の一人称視点」です。

 しかし文章としては文語体で書かれているため、しっかりとした冷静な語り口になっています。死体を目の前にして恐るべく冷徹な主人公に映るのです。

「文語体による一人称視点」では、主人公の感情をそのまま書けません。陳腐に見えるからです。

 ですが太宰治氏は『走れメロス』で「メロスは激怒した。」と書いたじゃないか。確かにそう書いてあります。しかしメロスは自分のことを「メロス」と名前でしゃべるような人物ですか。

「文語体による一人称視点」では一人称をなんと書くかで、性格をある程度書き分けられます。「私」「わたし」「あたし」「わし」「それがし」「僕」と、一人称によってどんな人物かまでわかるのではないでしょうか。

 しかし変化が出せるのは一人称だけです。それ以外は三人称視点のような冷静な視点で書きます。これが「文語体」の前提なのです。

「文語体」で書き始めたら、基本的に物語は「文語体」で書きましょう。




口語体による一人称視点

 ですが「文語体」だとどうにも書きづらい。そう感じる書き手は存外多いものです。

 それは主人公の視点で書いているのに、主人公の感情を文章へ乗せられないから。

 先ほどの例文を口語体で書いてみます。


――――――――

 人が倒れてる。頭から血を流してる。近づいて声をかけてみた。でもぴくりとも動かない。右手で恐る恐る顔に触れてみる。冷たい。もしかして死んでる? 念のため首筋に指を当てて脈をとったけど、なにも感じなかった。間違いない。これは死体だ!

――――――――

 先ほどの「文語体による一人称視点」よりも感情移入しやすかったはず。これが「口語体による一人称視点」の特徴です。

 たいした違いはなかったと感じられた方は、「文語体による一人称視点」を無意識に「口語体」へ変換して読んでいます。そのような方は今回のコラムが理解しづらいかもしれません。

 違いが明確にわかった方は、その差を意識してください。


 目立つのは「い」抜きです。「人が倒れてる。」は「人が倒れている。」の「い」抜き、「頭から血を流してる。」は「頭から血を流している。」の「い」抜きです。

 中高生の口語体を意識すると、彼らがよく使う「い」抜きを意図的に書かなければなりません。

 同様によく使うのは「ら」抜きです。「食べられる」を「食べれる」と書くパターン。ですが「走られる」を「走れる」と書くのは「ら」抜きではありません。「居られる」を「居れる」と書くのはどうでしょうか。これも「ら」抜きです。「来られる」を「来れる」と書くのは?

 違いはなんだ、と思われた方も多いはず。

 動詞が「五段活用」か「上一段活用」「下一段活用」「カ行変格活用」かによります。

「食べる」は「下一段活用」なので「食べられる」が文法上正しい。「走る」は「五段活用」なので可能動詞として「走れる」は文法上許容されています。「居る」は「上一段活用」なので「居られる」が文法上正しい。「来る」は「カ行変格活用」なので「来られる」と書かなければなりません。と、このように分けます。

 本来なら文法上誤りの「い」抜きと「ら」抜きですが、「口語体による一人称視点」のときは地の文に用いてもあながち間違いとはされません。

 だって、それが主人公の語り口だから。


 一人称視点の小説で地の文に方言を使った作品はいくつか存在します。たいていは人口が多く馴染みのある大阪弁・関西弁なのですが、博多弁を使った作品もあるようです。ほとんどの方がよくわからないと思われる津軽弁を使った作品はこれまで読んだことがありません。

 私は津軽生まれですが、養護施設育ちのため津軽弁を知らないのです。だから津軽弁で小説が書かれていたら皆様と同様まず読めない。

 ですが、聞くところによると地の文が津軽弁の小説もあるらしいのです。作品名を知っておられる方はぜひコメントをお願い致します。太宰治氏の出身が津軽なので、太宰治氏の作品かもしれません。しかし今ひとつ決め手に欠けます。


 他に気になった箇所としては記号を使っていますよね。「!」「?」は「文語体」では通常用いません。記号を使えば「口語体」を強調できます。なお「!」「?」の組み合わせは「!?」の「感嘆疑問符」が通例です。反対の「?!」はあまり用いません。三十年以上前のアニメのサブタイトルなどでは「?!」の用例もありました。しかし最近のアニメのサブタイトルはすべて「!?」の順です。試しに「Google日本語入力」で変換してみたところ、Macの機種依存文字として全角一字で「!?」がありました。「?!」という文字はありません。このことからも「!?」が標準であるとわかるのではないでしょうか。

 ちなみに「!!」も機種依存文字として全角一字で表せます。しかし「??」はありませんでした。ですので用いるなら「!」「?」「!!」「!?」の四種類です。


 もうひとつ気になるのは「一文が短い」。若い方はあまり長文をしゃべりません。昔は長文をしゃべる方も多かったのです。地の文でも重文を続けて一文が異常に長くなる書き手もいました。

 たとえば野坂昭如氏。彼の作品は二百字くらいを読点だけでつなげて書くなど当たり前だったのです。

 一文が短いことでサクサク読めて内容も一度に理解できる。つまり「わかりやすい」文が最善なのです。


 ただし注意したい言葉もあります。「ヤバい」「なくない?」です。

 まず「ヤバい」ですが、これはよい意味でも悪い意味でも使えてしまう便利な言葉。

 たとえば書き出しを「ヤバいよこれ!」としたらどう感じますか。

 私がもし「小説賞・新人賞」の選考をしていたら、この書き出しだけでボツにしたいところです。確かに注意は惹けますよ。ですがそれだけです。よい意味なのか悪い意味なのかは続く文章から汲み取らなければなりません。読み手の手間を考えたら「ヤバいよこれ!」の書き出しは控えるべきです。

 次に「なくない?」について考えましょう。若者言葉の代表格です。ただしこれもなにを言いたいのかわかりづらい。私が若者ではないため、この言葉遣いを受け付けません。というより、なにを言いたいのかわからないのです。

「ねぇ、これなくない?」という文章が書かれていたら。意味がわかりません。

 おそらく「良くなくはないですか?」の略語だと思います。親しい間柄だと「ですか」は要らないですから「良くなくはない?」、「は」が邪魔だから「良くなくない?」となり、最終的に「良く」も削って「なくない?」に落ち着いた。そんな言葉ではないでしょうか。

 若者だけが読む小説であれば「ヤバい」「なくない?」を使ってもかまいません。

 年かさの方にも読んでいただきたいのなら、「ヤバい」「なくない?」は使わないようにしてください。意味がまったく通じませんよ。

 そして「小説賞・新人賞」の選考をしているのは、たいていが中年以上です。若くして「小説賞・新人賞」を授かった書き手が選考に参加しているのなら、適切に評価されるかもしれません。しかし最終選考から大賞を選ぶのは、名のある書き手たち、つまり中年以上です。そういう方に評価されないかぎり大賞には選ばれません。

 だから「小説賞・新人賞」へ応募したいなら、地の文に「ヤバい」「なくない?」は使わないようにしましょう。


 ここでは書きませんでしたが、若い方は心の中で敬語はほとんど使いません。

 だから地の文でも敬語をあまり書かない。というより「書けない」のです。

 敬語はルールを守れば簡単に使いこなせます。それでも中高生が読むライトノベルの地の文では敬語をほとんど使わないのです。

「文語体による一人称視点」であれば、地の文で敬語を使えば敬意を表せます。

 敬語が苦手な方ほど「口語体による一人称視点」を用いるものです。

 誤った敬語をツッコまれるより、敬語を書く必要があまりない「口語体による一人称視点」を用いたほうが安全。「小説賞・新人賞」を狙うときも、敬語が怪しいのなら「口語体による一人称視点」で書きましょう。




口語体は書きやすいのか

 以上の点を考慮すれば、「口語体による一人称視点」のほうが書きやすそうですよね。

 しかし主人公のキャラが変わらないように語り口を整えるのは意外と難儀します。

 楽観的な主人公に、悲観的な立ち位置は似合わない。だけど小説なので楽観的な主人公にも悲観してもらいたい場面があるでしょう。これをキャラが変わらないように整えるのが難しいのです。

 それさえクリアできれば、「口語体による一人称視点」は書きやすいと言えます。

 小説をあまり書き慣れない方は、「口語体による一人称視点」で小説を書いてみてはいかがでしょうか。





最後に

 今回は「十代特有の語り口」について述べました。

「い」抜き、「ら」抜き、「!」「?」の使用、「ヤバい」「なくない?」、敬語抜きなどを表現したいのであれば、「口語体による一人称視点」で地の文を書いてください。

「文語体による一人称視点」で書くなら、文法はきちんと守りましょう。

 文法が守れないようなら「口語体による一人称視点」を選択するべきですが、場面によってキャラがブレないように注意してください。



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