1112.鍛錬篇:初心者はひとつに打ち込む、中級者はまとめて確認しながら

 今回は「訓練のコツ」についてです。

 ステージによって「訓練のコツ」は変わります。

 ステージに合わせたコツで訓練すれば、ぐんと伸びていきます。





初心者はひとつに打ち込む、中級者はまとめて確認しながら


 訓練のコツはステージによってさまざまです。

 初心者ならひとつのことに集中して打ち込んだほうが効果が見込めます。

 ある程度レベルが高くなれば、すべてをまとめて総合的に訓練したほうが高い効果をあげるのです。

 逆をやるとどちらも成績が伸びていきません。




初心者はひとつに集中する

 小学生の頃、漢字を身につけるために「漢字ドリル」がありましたよね。現在は小学生から始められる英語教育でも、英単語を憶えるために「単語帳」が活用されています。

 どちらも「ひとつのことを憶えるために、集中的に取り組ん」で記憶に馴染ませているのです。

 小説を書く訓練をするなら、まず「正しい日本語」を憶えましょう。

 それが身についたら、さまざまな表現方法をひとつずつマスターしていくのです。

 たとえば「比喩」が挙げられます。最初は直喩(明喩)を憶えてください。「(まるで)〜のようだ」「(まるで)〜みたいだ」の類いです。これを使いこなせなければ次へ進めません。次の隠喩(暗喩)と混ぜて憶えようとすると、初心者は必ず混乱してどちらも身につかないのです。だからまずは直喩(明喩)だけに集中してください。

 できれば脇目も振らないくらい時間を忘れて没頭するべきです。

「直喩」であれば「まるで太陽のような人だ。」という定番を憶えるだけでなく、「いかにも蔦の伸びる音が聞こえそうな静けさだ。」といった独自の比喩もたくさん考えてください。「直喩」の千本ノックを行なうのです。

 まずその日に「直喩」する対象をひとつ選びます。「赤い」という形容詞にはさまざまな色合いが存在するのです。たとえば「まるで血のように赤い」「まるで夕日のように赤い」「まるで郵便ポストのように赤い」「まるでダルマのように赤い」というものがよく用いられます。そこから「まるで広島カープのように赤い」「まるで祝日のように赤い」「まるで燃える石炭のように赤い」と独自のバリエーションを考えていくのです。

 その日は「赤い」の「直喩」を徹底的に考えてください。どんな「赤い」ものがあるのか。「まるで鯉のぼりのように赤い」なんていうものも思いつきますよね。

 あなたが記憶している「赤い」ものをなんでも表に出してください。この段階では商標権を意識しなくてかまいません。むしろ無制限でなければ「あなたらしい比喩」は生み出せないのです。「まるでシャチハタのように赤い」でもよい。


 さまざまな「直喩」を試して出し尽くしたら、次は「隠喩」に取り組みましょう。「直喩」の「(まるで)〜のようだ」の「(まるで)」と「のようだ」を省いた形です。これは意識しないと「比喩」とわからない可能性があります。

「赤い」なら「血の赤」「夕日の赤」「郵便ポストの赤」「ダルマの赤」「広島カープの赤」「祝日の赤」「鯉のぼりの赤」「シャチハタの赤」です。鯉のぼりはすべて赤いのか。それを考え出すとキリがありません。一部が「赤い」だけでも「比喩」としては機能します。

 このように、初心者はひとつのことに集中し、何度も繰り返して脳に刷り込む「反復法」が最も効果的です。

 般若心経の「写経」も繰り返し行なうほどご利益があるとされています。

 歌舞伎の演目である『外郎売ういろううり』は発音がとても混乱しやすい事例を集めてあるため、アナウンサーや俳優などの訓練によく用いられるのです。これなども何度も繰り返し行なえば、舌がもつれず淀みなく発音できるようになります。

 初心者はとにかく同じことを何度も繰り返して憶えるのです。




中級者は一連にまとめて

 ある程度テクニックが身についたら、それを実践できるようにする訓練に移ります。

 つまり実際に小説を書いてみましょう。

 長編小説一本で行きたい方もいらっしゃるとは思いますが、テクニック習得の確認が目的なので短編小説を何本も書いてください。

 一片の短編小説で、テクニックを実際に使ってみるのです。

 比喩をどう織り交ぜれば効果的か。体言止めを使って文を際立たせられるか。書き記す順番で主人公の目線や意識した順を表現できているか。文の長短を駆使してリズミカルに読めるか。

 こういったテクニックを、一片の短編小説ではひとつだけ注力して書いてみてください。

 どう書けばより「読み手に正しく伝わるか」を意識して書くのです。


 身につけたテクニックがひととおり試し終わったら、今度はテクニックを総動員して書きましょう。

 ここからは長編小説へ移行してもかまいません。短編小説のままで訓練しても問題ないのですが、より「実戦的」でなければ身についたテクニックを正しく用いる要領は手に入らないのです。

 だから長編小説を中心に書きたければ、長編小説を何本も書くことになります。

 連載小説へ挑戦したくても、とりあえずは長編小説までにしておきましょう。

 これはあくまでも訓練であって、上限なしの連載小説ではテクニックに磨きがかからないからです。

 物語の構成もテクニックのひとつなので、回数をこなして鍛えます。この点も連載小説だけではなかなか身につきません。

 短編小説または長編小説として、身についたテクニックをどう組み合わせれば「読み手に正しく伝わるか」を意識しながら、数をこなすのです。


 サッカー選手はボールをトラップして、ドリブルして、パスを出す、またはシュートを打つ。これらのテクニックをひとつひとつ練習はしますが、それだけを重視しません。実戦形式の練習試合で一連の流れをこなして初めて使いものになるのです。

 練習試合ではひとつひとつのテクニックを試しているのではありません。テクニックのつながりと流れを体に馴染ませているのです。

 制限時間内に技を披露して点数を競う器械体操やフィギュアスケートなどでも、個々のテクニックの練習は確認程度しかしません。主体はあくまでも実戦を想定して滞りなく演技を行ない、テクニックのつながりと流れを体に馴染ませているのです。これを徹底していたからこそ、内村航平選手も羽生結弦選手もともにオリンピックを連覇できました。

 体操選手もスケート選手も、繰り返し実戦を想定した練習でプログラムを体に馴染ませてそれを再生しているのです。

 スポーツでは実際に体を動かすだけでなく、イメージ・トレーニングも重視します。

 以前お話しましたが、人間は動作のひとつひとつを筋肉に命令しているわけではありません。動作をワンセットで「プログラム」としてストックしているのです。ストックしている「プログラム」が多いほど、「アフォーダンス」で多彩な動作ができます。

 スポーツのテクニックを体に馴染ませていく過程で、イメージ・トレーニングは重要です。考えもなしにテクニックを馴染ませようとしても、なかなかうまくいきません。しかしイメージ・トレーニングによって、脳内で何度もテクニックをイメージすれば、実際に動かなくても「プログラム」がまとまってきます。実戦形式の訓練とイメージ・トレーニングの両面で「プログラム」のムダを省いていくのです。


 小説でイメージ・トレーニングがどれほど有効かは私にもわかりません。

 それは書き手の中では仕上がっても、「読み手に正しく伝わるか」とは別だからです。

 昔は出版社レーベルに原稿を送り、編集さんがそれを読んで「見込みがある」と判断されたら少しずつ指摘を受けていました。「見込みがない」書き手は一瞥もされなかったのです。これでは最初から才能のある人しか小説は書けません。

 しかし現在は小説投稿サイトがあります。多くの読み手が気に入ってくれたか、評価が高いか視覚化されるのです。

 小説投稿サイトを活用すれば「読み手に正しく伝わる」文章が書けるようになります。

 少なくとも物語が「読み手に正しく伝われ」ば、なんらかのフィードバックがあるはずです。「伝わっていなけ」れば閲覧数(PV)ゼロ、ブックマーク・ゼロ、評価ゼロのトリプル・ゼロとなって表れます。

 どんな作品も初回は必ず閲覧数(PV)が高いものです。しかし二話目以降も高い閲覧数(PV)を獲得するには、物語が「読み手に正しく伝わっ」ていなければなりません。

 長編小説で全体トレーニングをしているのであれば、閲覧数(PV)の減り具合に注目してください。

 二話目で閲覧数(PV)が大きく落ちている方は、初回がまったく「伝わっていない」のです。二話目以降で巻き返すのは至難の業。

 だから初回は「読み手に正しく伝わるか」に重点を置いて徹底的に推敲しましょう。

 二話目で泣きを見ないよう、しつこいくらいに推敲してください。

 もし二話目で閲覧数(PV)が大きく落ちてしまったら、適当な結末を考えて中編小説くらいの分量で物語を終わらせたほうがよいかもしれません。

 そのためにも連載小説を書くより長編小説にするべきだと申し上げています。





最後に

 今回は「初心者はひとつに打ち込む、中級者はまとめて確認しながら」について述べました。

 最初はひとつずつテクニックを身につけていきましょう。

 次にそれを活用して小説を書くのです。

 そして「読み手に正しく伝わる」ように、適切なテクニックが使えるようにしていきます。

 この順序を取り違えると、思わぬ部分でつまずくおそれがあるのです。



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