1015.面白篇:動かなくても動いても面白い
今回は「ほのぼの」としても「アクション」が派手でも「面白い」ことに変わりはないことについてです。
多種ある「面白さ」の中でも対極に位置する「ほのぼの」と「アクション」がなぜともに「面白い」のでしょうか。
動かなくても動いても面白い
多種ある「面白さ」の中でも、バトルシーンのように胸躍る「面白さ」もあれば、日常系でほのぼのとした「面白さ」もあります。
なぜ動きがあるものもないものも、ともに「面白い」のでしょうか。
けいおん!の面白さ
近年の日常系アニメを代表するのがマンガのかきふらい氏『けいおん!』です。
「ガールズバンドの走り」とも呼べる作品で、かつ日常シーンはとてもほのぼのとしています。
それがウケて番外編や劇場版まで制作されました。
では日常系アニメのどこが「面白い」のでしょうか。
それは「いつもと変わらない」ところです。
前回「予定調和」の話をしましたが、『けいおん!』は基本的に平沢唯がボケて田井中律がツッコミを入れています。つまりボケとツッコミがある程度決まっているのです。
だから「予定調和」で「あ、唯がボケた」「やっぱり律にツッコまれた」と定番の展開が毎回観られます。
『けいおん!』は「予定調和」だけではありません。とにかく動かないのです。
アニメ作品の中では、唯たちがガールズバンド「放課後ティータイム」を結成して、ライブシーンを見せる以外、ほとんど状況は変化しません。
唯一変化したとすれば、進級して後輩の中野梓が入ってきたことくらいでしょうか。唯たちが卒業するところでアニメは終わります。
これら以外でなにかが変わるエピソードはほとんどありません。とにかくまったりとした、まさに「日常」を切り取ったような「動かない」安定した笑いをとってくれます。
もしアニメ『けいおん!』が不発だったら、現在のアイドルアニメは存在しなかったでしょう。バンダイナムコゲームスの『THE IDOL M@STER』やG’zマガジンの『ラブライブ!』は成功しなかったはずです。
「日常系アニメ」も『けいおん!』がなければ評価されなかったジャンルだと思います。
『けいおん!』以前にも谷川流氏『涼宮ハルヒの憂鬱』がある程度は社会に認知されました。しかし歌が爆発的にヒットして作品全体が盛り上がり社会現象とまでなったか、と言われると疑問符が付きます。
アニメの『けいおん!』は歴史を変えた作品なのです。
これは制作した京都アニメーションの演出がよかった、楽曲の質が高かった、すべてのキャラクターが立っていたという理由が考えられます。
日常系アニメは「キャラ立ち」が大ヒットの要因になりえます。
ひとりひとりが特別です。特別が集まって「どんなことが起こるのか」というものを視聴者に観せます。キャラが立っているから、定番のコントを観るように番組を観られたのです。「ザ・ドリフターズ」を彷彿とさせます。
『8時だよ全員集合』ではザ・ドリフターズの面々が、それぞれ強い個性を発揮していました。その個性の中でも際立っていたのが加藤茶氏と志村けん氏です。ともに強烈なボケを得意とします。ザ・ドリフターズは基本的にリーダーのいかりや長介氏以外は全員ボケです。とくに加藤茶氏と志村けん氏はつねにボケ倒してくれます。視聴者は毎回繰り広げられる加藤茶氏と志村けん氏のボケを期待して番組を観るのです。そして「予定調和」のようにふたりはつねにボケまくります。だから視聴者は「今日もボケてくれた!」「こんなボケ方もあるのか!」と腹を抱えて笑うのです。
『8時だよ全員集合』の後、強力なボケ役である加藤茶氏と志村けん氏を起用して『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』が始まります。ツッコミ不在のボケまくり番組となって、お茶の間はふたりに釘付けとなるのです。
ザ・ドリフターズとしても加トちゃんケンちゃんとしても、つねに大道具・小道具を駆使した「日常風景」でのコントを観せてくれました。
いつもと変わらない「日常風景」のはずなのに、ふたりが出てくるだけでワクワクしてくるのです。それほど視聴者は笑いに飢えていました。
『けいおん!』はまさに「ザ・ドリフターズ」だったのです。
ソードアート・オンラインの面白さ
日本でゲーム的なライトノベルは、ベニー松山氏『ウィザードリィ 隣り合わせの灰と青春』が端緒かもしれません。
ゲームのリプレイなら水野良氏&グループSNE『ロードス島戦記』が初だと思います。
現在まで続く「異世界ファンタジー」の人気は、その多くが川原礫氏『ソードアート・オンライン』によって確立しました。
「VRMMO」という世界観で描かれた「異世界」風景を舞台にしています。
ここからゲーム的なライトノベルが始まりましたし、「異世界転生」「異世界転移」「悪役令嬢」という発想も生まれたのです。
「異世界転移」は昔から作品がありました。田中芳樹氏『西風の戦記』も「異世界転移」ものです。
それでも『ソードアート・オンライン』が人気を博し、「ネットワークゲーム世界への転移」という形で世に知られて「異世界転移」ジャンルが一気に芽吹きました。
現在の「異世界ファンタジー」では「レベル」「スキル」「ステータス」といったゲーム用語が当たり前のように用いられています。
これも『ソードアート・オンライン』で使われていたものが一般化していったと見るべきでしょう。
『ソードアート・オンライン』が現在のライトノベル界に残したのは、「緊迫したアクションシーンが面白い」という事実です。
つねに死と隣り合わせで戦い続けます。主人公のキリト自身は効率のよいレベルアップ方法を確立していて、さほど「死と隣り合わせ」ではないのです。ですが最終決戦においては「死と隣り合わせ」の緊迫感が存分に味わえました。
世の「ファンタジー小説」は、すべからく「死と隣り合わせ」です。
現在の日本では、「生死を懸けたバトル」なんてありませんからね。
よくてスポーツの勝ち負けくらいです。
福岡ソフトバンクホークスと東京読売ジャイアンツとの日本シリーズで、ホークスが四連勝して日本一になったのは記憶に新しいと思います。
日本一を懸けて戦う選手たちを観て、野球ファンはおおいに盛り上がったのです。
スポーツも「動きのある面白さ」に当てはまるでしょう。
しかし「スポーツ小説」が天下を獲ったことはありません。
「スポーツ」の醍醐味は文字だけでは伝わらないからです。
文字には躍動感がありません。写真も感動が薄いはずです。しかしテレビ中継やインターネット動画なら、時間の経過とともにさまざまな動きが繰り広げられ、選手たちの躍動感が私たちに伝わってきます。だからスポーツ観戦は「面白い」のです。
小説で「スポーツ」のような戦闘シーンを描いたのが『ソードアート・オンライン』だったのです。だから人気が出ました。
「スポーツ」は実戦に出る前に、可能なかぎり技量を磨き上げるのです。これは「レベル上げ」に相当します。さまざまな技を憶えることもあるのです。これは「スキル習得」に相当します。自分の相対的な能力は「ステータス」の形で表現されたのです。
このように『ソードアート・オンライン』はライトノベルが変わる契機となりました。
この作品以前の「ファンタジー小説」と、以後の「ファンタジー小説」はまるで別物です。
私は水野良氏のファンですが、『ソードアート・オンライン』以前の『ロードス島戦記』と、以後の『グランクレスト戦記』ではやはり構造がまるで異なります。同じ書き手でありながらも、まったく作風が違うのです。より「アクションシーン」が強化されました。
『ロードス島戦記』の示した「ヒロイック」と、『グランクレスト戦記』の示した「ヒロイック」は、同じ書き手であってもまったく異なるものです。
田中芳樹氏『西風の戦記』を初期の「異世界転移ファンタジー」として読んでみてください。今なら電子書籍サイトで手に入るはずです。単巻なので買いやすいし読みやすい。
その後『ソードアート・オンライン 001 アインクラッド』を読んでから、今小説投稿サイトで流行っている「異世界転移」「異世界転生」ものを読みましょう。
いかに『ソードアート・オンライン』前後で「ファンタジー小説」に求められるものが異なっているのかわかるはずです。
最後に
今回は「動かなくても動いても面白い」について述べました。
『けいおん!』と『ソードアート・オンライン』は、それまでの日常系アニメ、バトル小説を大きく変えたのです。
もしそれ以前の作品があったら、比べてみるとよいでしょう。たとえば日常系アニメなら長谷川町子氏『サザエさん』と比較してみるのです。
『サザエさん』と『けいおん!』の違いがわかれば、今求められている「日常系」がどんなものかに気づけます。
あなたが書きたいジャンルのターニング・ポイントとなった作品を見つけ出し、それ以前と以後との違いを知るのです。そうすれば新たなターニング・ポイントを作れるかもしれません。
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