286.表現篇:わかりやすい文にする

 今回は「わかりやすい文」にすること。

 ちょっとした小技集となっています。





わかりやすい文にする


 小説を書くとき、できるだけ読み手が迷わずにすらすらと読めるように気を配ることが必要です。

 本コラムのように皆様に考えてもらいたいときは、あえてすらすらと読めない箇所を作っておきます。

 基本的にすらすらと読めますが、考えてもらいたいところではあえて一見ではわからないような書き方をするのです。

 ですが小説であれば、書き出しの一文から「了」の字までを迷わず一気に読んでもらったほうが満足度が格段に高くなります。

 だから「わかりやすい文にする」ことを念頭に置いて執筆しましょう。




できるかぎり単文で表現する

 できるだけ一文を「主語と述語がひとつずつ」にまで簡潔化しましょう。

 重文は連なりすぎて主語と述語の組み合わせが増えてしまいます。

 読者に誤りなく伝わるには重文や複文を極力避けましょう。


 たとえば「私は彼女が好きだと思った。」という複文なら「彼女が好きだと」の一文が「私は思った」の入れ子になっているのです。

 入れ子を外すと「私は思った。彼女が好きだ。」になります。

 「私は彼女が好きだと思った。」の場合、「私は」が「好きだ」と「思った」のどちらにかかるのかわかりにくくなるのです。

 だから入れ子を外して単文にすることでどちらにかかるのかが明確になります。

 これでじゅうぶん伝わるのですが、書き手の感性によっては単文で分けるのが嫌な方もいらっしゃるでしょう。

 その場合は主語と述語を近づけます。




主語と述語を近づける

 主語(主体)と述語を近づけてみます。

 まず「私は思った。」「彼女が好きだと。」という二文をわかりやすい複文にします。

 「私は思った、彼女が好きだと。」と書いてしまうとレトリックの一種「倒置法」になります。

 この形は英語でよく見られますよね。「I think, I love her.」の直訳です。

 そこで「彼女が好きだと私は思った。」という具合に主語(主体)と述語を近づけてやりましょう。

 述語にかかる要素は、基本的に長いものから順に書きます。

 「私は」「彼女が好きだと」が「思った」にかかりますので、長いのは「彼女が好きだと」のほうです。

 なのでこちらを先にして「彼女が好きだと私は思った。」と書いたほうがわかりやすくなります。


 対して「私は青い花が好きだ。」は述語「好きだ」には「私は」「青い花が」がかかっているのです。

 主体の「私は」と主語の「青い花が」が出てきます。

 もしこれを「長いものから順に」という基本に従って書くと「青い花が私は好きだ。」となります。

 でもこう書いてしまうと先に書いた主語「青い花が」のほうが主体である「私は」よりも強くなるのです。

 それにより「青い花が私を好きだ。」と誤読する可能性がきわめて高くなります。

 ミステリー小説のミスリードはこうやってあえてそう読めるように作ってあるものです。


 主語と述語を近づける理由は「文をわかりやすくする」ためです。

 入れ替えたらかえって「文がわかりにくくなる」のであれば、ミステリーでもないかぎり入れ替えないほうがよいでしょう。

 だから「私は青い花が好きだ。」のままでいいことになります。

 主体と主語は優先順位をつけづらい要素なのですが、一文に両方出てくるのであれば、主体を前に出したほうが誤読を防ぐ意味でも有効です。




主体と主語は省ける

 主語が同じ文が続くときは、主語が変わった最初の文だけに主語を書きます。

 文を語る存在(主体)が同じときは、主体が変わった最初の文だけに主体を明示しましょう。

 小説投稿サイトのようにページ数や文字数に制限のない文章の場合は、主体が変わったら改行して段落を改めます。

「私は彼女が好きだと思った。」であれば、もし前文が「私はそのなにげない仕草に釘付けになる。」だった場合、「私は」が二連続になってしまうのです。

――――――――

 私はそのなにげない仕草に釘付けになる。私は彼女が好きだと思った。

――――――――

 後ろの「私は」が要らなくなります。

――――――――

 私はそのなにげない仕草に釘付けになる。彼女が好きだと思った。

――――――――

 これで読み手にじゅうぶん伝わるのです。

「書いたほうがわかりやすくなるかな」と思って書いた結果、かえって子どもじみた文章になってしまいます。

 また、もしこの文章が「主人公の一人称視点」で書かれているのであれば、前文の「私は」も要りません。

――――――――

 そのなにげない仕草に釘付けになる。彼女が好きだと思った。

――――――――

 省けるものは省くのが日本語です。

 主体も主語も前文で述べているのなら省けます。

 もしこの前に「読子が長髪の襟足をかき上げた。」と書いてある場合は「彼女が」も省けます。

――――――――

 読子が長髪の襟足をかき上げた。そのなにげない仕草に釘付けになる。好きだと思った。

――――――――

 最初のうちは省くことで心許ないと思います。

 ですが小説では省けるものは徹底して省きましょう。

 そのほうが物語を綴る文字数を稼げて、より「描写」が入れられるようになります。




連用修飾の連鎖を断ってさらに主語を省く

「光はほのかに青く冴えわたって輝いている。」は連用修飾の塊です。

「ほのかに」が「青く」を、「青く」が「冴えわたって」を、「冴えわたって」が「輝いている」をそれぞれ修飾しています。

 ここまで連用修飾が続く文というのは普通に考えるとなかなかお目にかかりません。

 でも小説の場合は「どれだけカッコいい文章を書けるか」を意識するものです。

 だからこんなに連用修飾が続くことが生じます。

 これを適度に連用修飾の連鎖を断ち切っていきましょう。


――――――――

 光はほのかに青く輝いている。光は冴えわたっている。

――――――――

 とすると「光は」が二回出てくるのです。

 主体が二回現れたので、後ろの「光は」は省けます。

――――――――

 光はほのかに青く輝いている。冴えわたっている。

――――――――

 これでじゅうぶん読み手に伝わるのです。

「述語にかかる連用修飾」をさらに連用修飾しないように、文を分けます。


「彼女が好きだと私は思った。」の良い点は「述語にかかる連用修飾」が一対になることです。

「彼女が好きだ」「私は思った」とそれぞれ一対になっていますよね。

「私は彼女が好きだと思った。」の形にすると一見では「私は」「彼女が」が「好きだ」を修飾している形になります。

 でもすぐに「と思った。」と続くので、読み手は「あれ? 『私は』は『と思った。』のほうにかかるのか」と思うのです。

 こうなると一文の情報を整理するため、小説を読む手が止まります。

 つまり「すらすらと読めなくなる」のです。

 最後の一文まで一気に読ませるくらいの勢いが小説には求められます。

 本コラムのように、皆様に考える時間を作りたいという理由があれば、あえて読む手を止めさせる必要があるのです。

 でも小説は読む手を止めさせてはなりません。

 だから「彼女が好きだと私は思った。」の形がベストなのです。




連体修飾の連鎖を断つ

 用言にかかる連用修飾と同じで、体言にかかる連体修飾も連鎖を断って入れ子を外しましょう。

 とくに「〜の〜の〜」を避けるためです。

――――――――

 私のクラスの担任の飯塚先生は大のカラオケ好きとして知られている。

――――――――

 いきなり「の」の三連続になっています。

 なにがどうなっているのか一見ではわからないはずです。

 「の」の数を減らすために二文に分けます。

――――――――

 私のクラス担任は飯塚先生だ。大のカラオケ好きとして知られている。

――――――――

 「私のクラス担任」イコール「飯塚先生」なので、続く「大のカラオケ好きとして知られている。」の主体は「私のクラス担任」ですがイコールなので「飯塚先生」でも代用可能です。

 ですが前文ですでに「私のクラス担任」も「飯塚先生」も書いてあるので、主体を省くことができます。

――――――――

 飯塚先生は私のクラス担任だ。大のカラオケ好きとして知られている。

――――――――

 前の文の主体を「飯塚先生」に変えてみました。

 こうすることで、続く文の主体を省いたときに「飯塚先生」が主体として綴られることになるのです。

 「私のクラス担任は〜」の場合は基本的に「私のクラス担任」が主体として語られます。

 どちらを主体にして以下の文章を綴っていくかを決めて、主体に立てるとよいでしょう。





最後に

 今回は「わかりやすい文にする」ことについて述べてみました。

「一文を短くする」こと「省く」ことについてはすでにお伝えしています。

 今回は「主体と主語を意識する」「連用修飾・連体修飾が続かないように意識する」ことを中心にまとめました。

 これだけでも憶えておくと、かなり読みやすい小説に仕上がります。

 小ネタと思われそうですが、意外と重要です。

 すらすらと読んでもらうための一工夫。

 取り入れてみるかどうかは書き手である皆様が判断してくださいませ。



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