278.表現篇:感情は直接書かない(1/2)

 今回は「感情は直接書かない」ことの第一弾です。

 感情についてはとくにコラムNo.37「感情の書き方」、No.62「中級篇:感情は書かないほうが伝わる」、No.150「応用篇:感情は割り増しで書く」で言及していますが、表現篇で改めて取り上げてみます。





感情は直接書かない(1/2)


 初心者のほとんどは「説明」過多で「描写」が足りません。

 そもそも「描写」というものがなにかを知らないからです。

 たとえば主人公が驚いたシーンを書くときに、「私は驚いた。」と書いてしまう初心者が殊のほか多い。

 少し書き慣れてきても、修飾語を付けて「私は雷鳴にとても驚いた。」と書いてしまうのです。

「驚いた」という表現は主人公の身に起きたことを直接「説明」しているに過ぎません。

「私は驚いた。」という文では、なにか感情移入しづらいですよね。

 それもそのはず。

「驚いた」という「説明」だけなので、具体的に主人公の体の中に起こった感覚や思考や心境などが書かれていません。

 読み手は「驚いた」が読みたいわけではありません。

「主人公の体の中に起こった感覚や思考や心境など」を通して、主人公の身になにが起こっているのか。

 それを丁寧に書くことで、読み手は主人公の感覚や思考などを共有して感情移入できるのです。




直接書くのは小学生の作文レベル

 小学校の作文は基本的に自分が主人公、つまり一人称視点ですよね。

 そこには「僕はとっても驚きました。」と書いてあると思います。

 もしご自身の小学校時代の卒業アルバムが残っているのなら、それを読み返してみましょう。

 たいていの方のメッセージ欄は「驚いた」「楽しかった」「うれしかった」「怖かった」という類いの単語が書いてあります。

 前回の「形容詞文は必要か」にもかかってきますが、こういう動作や状態を単語ひとつで書いてしまうのはただの「説明」です。「描写」ではありません。

 主人公の感情や思考や心境などを単語ひとつで書かないようにしましょう。

 たったそれだけの工夫で、読み手にぐっと近づく表現ができるようになります。




感情が発露してどうなったかを書く

 感情をそのまま書いてはいけません。

「驚いた」のなら「僕はとっても驚きました。」と書くべきではないのです。

 では主人公が驚いたシーンは、どう書けばよいのでしょうか。


 身体的反応を文章にして書き連ねて読み手に読ませてください。

 「僕はとっても驚きました。」ではなく、

――――――――

 僕はその光景を目の当たりにして、つい口にくわえていた食パンを床に落としてしまった。

――――――――

 と書きます。

 単に「驚いた」と書くのではなく、「食パンを床に落としてしまった」と身体的反応を書くべきなのです。


 驚きが覚めて「気持ちが落ち着いた」ときも「気持ちが幾分落ち着いた」ではなく、

――――――――

 僕はパニックに陥った心をなんとか鎮めようと、目をつむって大きく深呼吸をした。心拍が遅くなりゆっくりと目を開けるとそれまで感じていた慌ただしさがそれほど感じられなくなっていた。

――――――――

 とでも書きましょうか。

 感情が動いたら「身体的反応」を書くのです。

 決して「驚いた」から「私は驚いた。」、「落ち着いた」から「私は落ち着いた。」と書いてはなりません。


 イラッとしたら「私はイラッとした。」、少し変化をつけて「私は気を悪くした。」と書くのもあまり褒められた表現ではないですね。

――――――――

 給食を食べながら雑談していると、渡が私の触れられたくない部分をおおっぴらに話しているのを耳にした。しかもすぐに切り上げず長々と話しているのだ。

 私はつい左手に持ったいた牛乳パックを力強く握ってしまい、白い液体が周囲に飛び散ってしまった。

――――――――

 こう書けば「イラッとした」「気を悪くした」のようにストレートに書かなくても感情は伝わるのではないでしょうか。




他人の感情は「見た目」+「推測」で

 そうなると他人の感情も「身体的反応」で書きたくなりますよね。

 半分正解です。残りの半分は「人物の体内で湧き起こる感情や思考や心境を直接書けない」という点です。

 つまり外から見てわかること以外は書けません。

 「驚いた」なら、

――――――――

 彼はその光景を目の当たりにして、口にくわえていた食パンを床に落とした。

――――――――

 「落ち着いた」なら、

――――――――

 彼は静かに目をつむって大きく深呼吸をしている。少ししてゆっくりと目を開くと幾分穏やかな顔をしていた。

――――――――

 「イラッとした」なら、

――――――――

 給食を食べながら雑談していると、渡が彼女の触れられたくないであろう部分をおおっぴらに話しているのを耳にした。しかも長々と話している。

 彼女はつい左手に持っていた牛乳パックを力強く握ってしまったのか、白い液体が周囲に飛び散った。

――――――――

 のように「見た目」だけしか書けません。

 心の中を書いてしまうと「神の視点」になってしまいます。

 以前お話したように現在の小説界隈では「神の視点」はタブー視されているのです。

 だから他人の感情は「見た目」+「視点を持つ者の推測」でしか書けません。




群衆モブは感情語で割愛

 他人においても「感情語」を使わないことが大原則なのですが、モブに関しては「感情語」をそのまま使ってください。

 なにせ群衆モブは主人公でも「対になる存在」でも主要な登場人物でもありません。

 そのような人たちのことまで「見た目」+「視点を持つ者の推測」で書いたのでは、あまりにもくどくて文字数を浪費しているにすぎないのです。

 仮に群衆モブの感情を「見た目」+「視点を持つ者の推測」で書いてしまうとどうなってしまうのか。

 読み手はその単なる群衆モブを主要な登場人物、キーパーソンだと勘違いして読み進めることになります。

 結果としてそのキャラがその後いっさい物語に絡まなかったとしたら。

 読み手は「ムダなものを読んで記憶してしまった」と後悔します。

 小説にムダを書く余裕なんてありません。

 十万字なんてあっという間に埋まります。

 そのときたまたまそこにいた人物であれば、さらっと、

――――――――

 ある男は声をあげて驚いていた。

――――――――

 とだけ書けばいいのです。


 描写の粗密で登場人物の重要度を書き分けるのも、読み手にムダを読ませないための工夫だと言えます。





最後に

 今回は「感情は直接書かない」ことについて改めて述べてみました。

 小説を書き慣れていないと、どうしても文章は「説明」に偏ってしまいます。

 ある程度書けるようになっても「感情語」をそのまま用いてしまうのです。

 小学校・中学校・高等学校と、いずれも「小説の書き方」なんて教えてくれません。

 だから夏休みの宿題で絵日記を書くような、読書感想文を書くような書き方をせざるをえないのです。

 でも小説で感情を書くには「感情語」をそのまま書いてはいけません。

 学校で習わなかったとしても、今憶えましたよね。

 小説では基本的に「感情語」は不要です。

 書きたければ群衆モブキャラだけにします。

 主人公や「対になる存在」や主要な登場人物であれば「感情語」ではなく「身体的反応」を書くようにしましょう。

 それだけで格段に読んでいて感情移入しやすい小説にすることができます。



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