179.再考篇:主人公に目標を持たせれば自然に動きだす

 前回は「小説は成長を記した物語」であることについて述べました。

 今回は「主人公には目標を持たせよう」というお話です。





主人公に目標を持たせれば自然に動きだす


 物語全体として主人公に目標を持たせることは不可欠です。

 だからこそ小説は「主人公がどうなりたい」から始まって「主人公がどうなった」で終わります。たとえば「主人公が海賊王になりたい」と思い立てば「海賊王になる」ことが目標になるのです。

 だからといって必ずしも「主人公がどうなった」で「主人公を海賊王」にしなければならないということではありません。

 目標と到達点は異なっていてもいいのです。あなたの人生を振り返ってみてください。

 あなたが「こうなりたい」と思っていたことがすべて達成された経験を持っている人は数少ないのではないでしょうか。




誓いと到達の差異

 このように当初「主人公がどうなりたい」という誓いを立て、その達成へ向けて主人公が物語で行動するのです。

 行動における判断基準は「主人公がどうなりたい」という誓いに進む意志に置くとよいと思います。

 そのほうが主人公の一途な心情を描写できるからです。

 もちろんときとして場の雰囲気に流され誓いを忘れてしまうことがあってもよいでしょう。

 でもそれは「たまに」だからいいのです。毎回そうなってしまうと「この物語は『主人公がどうなりたい』という目標を達成したくないのか」と思われてしまいます。

 物語からそういうにおいを感じとってしまうと、読み手は読むのをあきらめるでしょう。

 一途に「主人公がどうなりたい」を追い求めていたのに、最終的に到達点が異なることは現実にもよくあります。


 昔はプロ野球選手を夢見る少年が多かったのですが、実際に日本でプロ野球選手になれるのは一年間で百人程度です。

 つまり誓いを叶えられなかった人のほうが多いことになります。


 これは最近のプロサッカー選手を夢見た少年にも言えます。プロサッカー選手はチーム数が多いため一年間に千人規模でプロ選手が誕生しています。

 それでも「プロサッカー選手」を目指す少年の数に比べれば間口が狭いのも事実です。


 最近では「YouTuber」が子どもの「なりたい職業ランキング」で上位にくるようになりました。

「YouTuber」であれば「なりたい」と思えばいつでも誰でもなれるため、夢としては分のいい到達点と言えるでしょう。

 それで一生食いっぱぐれないかはまた別の話となりますが。




リスクをとらない主人公はウケるのか

 このように最近の子どもは「こうなりたい」と思うときにリスクをとらなくなりました。

 競争率が高い職業でなく、誰にでもなれて「面白い」「楽しい」と感じられる職業が人気を集めるようになったのです。

(昔から女子のなりたい職業の上位はケーキ屋・お菓子屋・花屋などでしたからね)。


 しかし小説では、誰にでもなれるような目標を掲げた主人公を読み手が応援できるものでしょうか。

 そんな平凡を求める主人公は読んだ記憶がありません。

「平穏な生活を送れているから今のままでいい」と考えていた主人公が、突如として修羅場に叩き込まれる。

 だから「主人公は平穏な生活を取り戻したい」と誓いを立ててそこを目指して修羅場に挑むことになります。

『小説家になろう』において人気のある「異世界転生ファンタジー」「異世界転移ファンタジー」などはまさに「突如として修羅場に叩き込まれる」典例といえるでしょう。

 現代劇である渡航氏『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』の主人公比企谷八幡も、突如として奉仕部へ強制入部させられてドタバタコメディを繰り広げます。


 主人公がリスクを背負わされているからこそ、読み手はハラハラ・ドキドキするのです。

 もし何事も起きずに日常生活だけが描かれ続ける小説があるとして、それを読みたいと思いますか。

 毎日朝起きて歯を磨いて服を着替えて食事をして登校する。授業を受けてお昼を食べて部活動して帰宅する。塾へ通ったり学校の宿題を終わらせたりして床に就く。こういったことが延々と書かれているのです。

 とても退屈な気がしませんか。これほど退屈な小説はまずないと思います。

 そもそも「主人公がどうなった」までにいっさい波乱がなければ読んでいて「面白く」も「楽しく」もないでしょう。


 たとえば主人公の少年が「YouTuber」を目指す設定にしたとします。ではどうやって彼は「YouYuber」になればいいのでしょうか。

 PCやスマートフォンを手に入れて『YouTube』のアカウントを開設する。やることはこれだけです。それだけで「YouTuber」になれます。何の波乱もありません。この話のどこに面白さがあるのでしょうか。


 初心者にはこの手の「まったく波乱のない小説」を書く人が数多くいます。書いている本人としては楽しんで書いているのでしょう。

 でも他人が読めば「これのどこが面白いの」という作品だと判断されます。評価やいいねやブックマークが伸びない小説というものはたいてい「主人公がリスクをとらない」ところに原因があるのです。


 私が『pixiv小説』に上げている『暁の神話』も戦記ものの群像劇ですから主人公たちは生死を賭けた戦いをしています。

 ですが「それほど波乱のない展開」になっているのです。だから読み手が増えません。

 そもそも戦術というものは万人ウケするものではないので「これのどこが面白いの」と読み手に思われているだろうことは疑いありません。

 戦記ものだとしても主人公を主軸に据えて「主人公がどうなりたい」と「主人公がどうなった」をつなぐだけでは不じゅうぶんだったのです。

 もっと根源的な読み手と共感できる「リスク」をとる必要がありました。連載に仕立て直すときはそのへんも考慮したいと思います。

 話の流れも変えてしまう予定なので『暁の神話』『希望の灯』を読んでいても楽しめるものに仕上げたいところです。




どうなりたいを受け継ぐ

 マンガのあだち充氏『TOUCH』では主人公の双子の弟である上杉和也が、隣家に住む幼馴染みの朝倉南を「甲子園に連れていく」誓いに立てていました。「主人公がヒロインを念願の甲子園に連れていく」物語としてスタートしたのです。

 高校一年生にして和也はその誓いを叶える寸前まで行きましたが途中退場を余儀なくされます。

 そこで本編の主人公である上杉達也がほぼ成り行きで野球部へ入ることになり、和也が果たせなかった「ヒロインを念願の甲子園に連れていく」という誓いをバトンタッチされることになったのです。

 和也の「どうなりたい」は果たされず、それをバトンタッチされて受け継いだ達也が「主人公がどうなった」に落ち着きます。

 しかし実際に誓いを果たした後、達也は「これは自分が立てた誓いではない」ということに気づくのです。

 そんな中途半端な気持ちに陥って甲子園大会を目前として戦う意欲がなくなってしまいました。

 そこで悩みに悩んだ挙句、達也は南を呼びつけます。

「南を甲子園に連れていく」という和也の誓いではなく、達也自身の誓いを立てなければ自分は一歩も前に踏み出せない。

 そういう心境にたどり着いたのです。


 このように主人公が途中で入れ替わったり、誓いが受け継がれたりする作品は少年マンガでは定番の展開になります。


 最近のマンガでは堀越耕平氏『僕のヒーローアカデミア』が挙げられるでしょう。完全無欠のNo.1ヒーローであるオールマイトから個性を受け継ぐことになる「無個性」の主人公・緑谷出久デクという図式も、誓いが受け継がれるタイプの物語と言えますよね。




場面シーンごとにも目標を持たせるべき

 ここまで物語全体を通して「主人公がどうなりたい」から「主人公がどうなった」までを見てきました。しかし「場面シーン」ごとにもなにがしかの「主人公がどうなりたい」と「主人公がどうなった」を当て込む必要があるのです。

 人が動くには「動機」が必要だと以前申し上げました。この「動機」が「主人公がどうなりたい」と合致するのです。そして行動した結果「主人公がどうなった」のか。

 これを書くことで、その「場面シーン」における小さいけれどもひとつの「結末ゴール」が生じるのです。

 だから読み手は満足を覚えてその「場面シーン」を読み終え、メインストーリーを追うことができます。

 マンガの青山剛昌氏『名探偵コナン』は連載を重ねること20年以上ですがメインストーリーはなかなか終わりません。

 ですがメインストーリーと関係のない事件をひとつずつ解決していくことで読み手に小さな満足を与えていきます。

 だからメインストーリーが進まなくても読み手が離れづらいのです。

 もし「黒の組織」というメインストーリーがなかったら20年余も連載できなかったと思います。

 でも同氏『まじっく快斗』も「パンドラ」を有するビッグジュエルを追う組織との対決というメインストーリーがあるのに、連載は短かったんですよね。

 差があるとすれば探偵が謎の組織を追い詰めるのと、泥棒が悪の組織を倒すのとでは、惹きの必然性や強さが異なるからかもしれません。


 学園もので主人公が朝起きる前に長々と世界観の説明を始めたり、主人公が朝目覚めたのに長々と世界観の説明を始めたり、という小説をよく見ます。

 でも読み手が読みたいのは「どんな主人公なのか」をはっきりさせることです。

「書き出し」で「どんな主人公なのか」がはっきりとわかれば、読み手は「この主人公なら面白そうだ」「感情移入できそうだ」と感じてその後も読み進めてくれます。

 もし「書き出し」で「どんな主人公なのか」がわからないままずっと説明が続いていたら、説明を読むのに疲れて先を読む意欲が萎えてしまうのです。

「どんな主人公なのか」を手早く紹介しようとすれば出来事を起こすか巻き込まれるかするのが手っ取り早い。出来事への対処の仕方を書けば「どんな主人公なのか」を読み手は瞬時に察知します。


 賀東招二氏『フルメタル・パニック!』ではプロローグで「職員室からコピー用紙を盗み取る作戦」を主人公の相良宗介とヒロインの千鳥かなめが企てます。

 しかし“戦争ボケ”している宗介が発煙弾を使用してしまいスプリンクラーが作動するのです。これによってコピー用紙がずぶ濡れとなり作戦は失敗に終わります。

 ですがこの一連の流れで宗介が「どんな主人公なのか」が一読するだけでわかるのです。

「この主人公なら面白そうだ」と思わせる見事な「書き出し」といえるでしょう。





最後に

 今回は「主人公に目標を持たせれば自然に動きだす」ということについて述べてみました。

「主人公がどうなりたい」と思うから自然と動きだすのです。もし主人公にそんな意志がなければ物語は動き出しません。

 主人公は登場するのだけど目的もなくただぼうっと突っ立っていて、情景説明だけを長々と書いてしまうというのも「主人公がどうなりたい」がないのと同様です。

 まずは「主人公に目標を持たせ」ましょう。そこから物語は動き始めます。



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