96.実践篇:修辞を使いこなす
今回は「どう表現したら伝えられるか」について述べてみました。
修辞を使いこなす
日本語には細かな技術がいくつもあります。
その中で代表的なものをピックアップしてみました。
対比
あるものと他のものを比べて、同意点や差異点を際立たせる手法です。
「野球では守る側は誰でもボールを手で持つことができる。サッカーでは守る側はキーパーしかボールを手で持てない。」のように使います。
同じところがあるもの同士をつき比べて「ここは同じだけど、ここが違う」というときに用いるのです。
それによって同意点や差異点が明確にわかります。
「帯に短し襷に長し」は「細長い布」である点は共通していますが「帯」にしようとすると短くて、「たすき」にしようとすると長い、という「対比」です。
「試合に勝って勝負に負けた」は「勝ち負け」という点では共通していますが「試合としては勝った」のに「勝負としては負けてしまった」という「対比」になります。
「直喩」のような使い方もあります。
誰もが知っている有名人や名産・名物などを引き合いに出して、それとどこが同じでどこが異なるのか。それを書くのです。
「直子は長澤まさみのような活発な美女だ」と書けば「直喩」として「長澤まさみのような美人」となります。
「対比」では「直子」と「長澤まさみ」はどこが同じでどこが違うのかを書く必要があるのです。
だから「直喩」の文章の後に「長澤まさみはしっかり者だが、直子はあわてんぼうだ」と書いておけば「対比」として機能します。
「どこが同じでどこが違うのか」を書けば、読み手に明確なイメージが浮かんでくるのです。
「直喩」のバリエーションとして憶えておいて損のない手法といえます。
謎出し
書き出しに困ったら、突拍子もない一文を文頭に持ってきます。
太宰治氏『走れメロス』は「メロスは激怒した。」で始まることが有名です。
なんの情報もないところへ出し抜けに「激怒した」と書く。
読み手は「なぜメロスは激怒したのか」が気になります。
「謎」の提示ですね。
そうなると「答え」を求めて次の一文を読んでみよう。
そう思ってくれるのです。
だから早いうちに「なぜメロスは激怒したのか」の「答え」を書く必要があります。
もし「答え」を出さずに書き進めていくとどうなるか。
書き手の
それほど
「謎」だけを出して「答え」を書かないのではこれ以上読んでも無駄だからです。
問いかけ
読み手に対して問いかけを行ないます。
「あなたはどう思いますか」「皆さんはどうお感じになりましたか」「人は何のために恋をするのか」のような問いかけです。
こちらは小説の地の文ではまず使いません。
エッセイや随筆の類いで用いられます。
小説で使おうとすれば会話文です。
誰かの口調が「問いかけ」で呼びかければ「このキャラは自分の話に相手を惹き込みたいんだな」と読み手は理解できます。
「諸君の健闘を祈る」もじゅうぶん「問いかけ」です。
文体を一時的に変える
地の文を書き言葉で書いてきて、ある場面になったら突然話し言葉で書きます。
あまり話し言葉が長いと効果がなくなるので、ワンポイントとして用いましょう。
――――――――
飲み屋に入って品書きを眺めている。今日はビールの気分だから、それに合うつまみが欲しいところだ。
枝豆に、鶏の唐揚げに、それと……ってカルビー・ポテトチップスって飲み屋が出すメニューじゃないだろ!
そう思ったのだが、誘惑には勝てずポテトチップスも注文してしまった。
――――――――
逆に会話文を話し言葉で書いてきて、一時的に書き言葉になるとその言葉に凄みが加わります。
「だ・である体」の中に「です・ます体」を入れたり、逆に「です・ます体」の中に「だ・である体」を入れたりするのもこの類いです。
婉曲
取り立てて人前では言いづらいことを、遠回しに表現する手法です。
「便所」を「お手洗い」「洗面所」「化粧室」「憚り」「ご不浄」と呼ぶ類いになります。
「トイレ」のように別の言語を使うのも「婉曲」の一種だと思ってかまいません。飲食店では「何番」と番号で呼ぶこともあります。
「死ぬ」を「お隠れになる」「帰らぬ人になる」「永遠の別れ」「永遠の眠りにつく」「体が冷たくなっていく」とように表現するのも「婉曲」です。
他にも「後進国」は「発展途上国」、「少女売春」は「援助交際」という具合に、そのものずばりな言い方をせず遠回しに表現します。
また差別用語を他の言葉に置き換えるのも「婉曲」といえるでしょう。「精神分裂症」も今では「統合失調症」と呼ばれていますよね。
「婉曲」しようとして失敗した最近の例は「オレオレ詐欺」「振り込め詐欺」を総称した「母さん助けて詐欺」が挙げられるでしょう。結局「振り込め詐欺」に落ち着いてしまいました。
(2019年5月時点では、すでに「母さん助けて詐欺」なんてほとんどの方は忘れてしまっています。警察が考え出した言葉なんて、庶民の生活実態にそぐわないことを表してしまいました。通称は民間の誰かが言い出したことが広まるのを待って、それを採用したほうが認知されやすい恒例とも言えます)。
二重否定
そのまま言い切ればいいものを、あえて反対から述べて「そうではない」という婉曲な手法です。
「参加者は少ない」というところを「参加者も多くない」という方法が二重否定の第一になります。
「少ない」の対語である「多い」を用いてそれを否定するのです。
でもこの場合「多くはない」が「少ない」と明言していないので、中くらいの数が存在することになります。
そうなると単純に婉曲な言い回しとも言えなくなるのです。
そこで「参加者も少なくないことはない」という方法が二重否定の第二になります。
こちらは「少ない」というわけでは「ない」がそればかりでも「ない」わけです。
「参加者も多くはない」と比べて「中くらいの数」が存在しないため、明確な言い回しといえます。
同様の語り方に「走らざるをえない」という表現があります。「走る」を否定して「走らざる」に変化させ、それを「をえない」と否定する。これで「走らなければいけない」ということを強調することができるのです。
誇張
なにごとも過剰に表現する手法です。
ハムエッグサンドイッチを買おうと思ったけど陳列棚に無いときに「あぁ今頃鶏が卵を産むのを待っているのか」というような類いです。
また「些細な出来事なのに、まるで世界の命運がかかっているかのように語る」類いも「誇張」と言えます。
これに近いようで異なる「誇張」の仕方があります。
少し足の速い選手を見て「あんたの走り、最高だな」と言ったり、少し評価を下げるようなことをしでかすと「あんた、最低ね」と言ったりする類いです。
同じようなものに「マジ」「ヤバイ」「超」「激」「全然」などがあります。
「これマジかっこよくね?」「これヤバくね?」「超最悪」「激おこぷんぷん丸」「全然イケてない」などです。
それほどまでの状態や程度でもないのに、そこまで大げさに表現してしまいます。
とくに最近の若者に多く見られる表現です。
では昔の人は誤った「誇張」をしなかったのかというとそうでもありません。
「さもさも苦しげにうなる」の「さもさも」は本来「さも」で通じていました。それが繰り返されて「さもさも」となったのです。
昔の人は過剰にしたいときは同じ言葉を繰り返していました。
それが最近では「最高」「最悪」「マジ」「ヤバイ」「超」「激」などに取って代わられただけなのです。
省略
本来書くべきことを「あえて」書かない手法です。
日本語は主語を省いて書ける言語です。だから主語を省略してもなんの効果もありません。ただ平凡な日本語の文章になります。
主語は書いたけど述語を書かなかった。これは大問題です。
なにがどうなのかどうなったのかをどうしても知りたくなります。でも書かれていない。
もう読み手の想像で補うほかないですよね。文脈がしっかりしていれば、想像しなくても理解できることがあります。
すべてを読み手の想像に任せてしまうか、文脈で読み手に気づかせるか。これが作品になるかどうかの分かれ道といえるでしょう。
漸層法
調子よく語句を重ね、ハシゴを一段ずつ昇っていくような次第に文意を強めていく手法です。
調子よく語句を重ねる部分は落語の『寿限無』や歌舞伎の『外郎売』のように、息もつかせず畳みかけていくさまが参考になるでしょう。
次第に文意を強めていく部分は、かなり短いですが「まずは高尾山に登りたい。あとは八ヶ岳、富士山、キリマンジャロ、マッキンリーにエベレスト。登るところがなくなったら宇宙にでも行こうかな」のように書きます。
これは順々に標高が上がっていきますよね。
文が進むに連れてどんどんハードルが高くなる。そんな手法です。
小説は、まさに「漸層法」によって書かれます。
静かに始まり(起)、徐々に盛り上がっていって(承)クライマックスに到達する(転)。そしてそのあとどうなったか(結)。
それを書くのが小説です。
徐々に盛り上がっていく過程は「漸層法」そのもの。
盛り上げるだけ盛り上げておいてまったく関係ないところに行きつく、コントのオチのような構成も「漸層法」が効いていなければうまく機能しません。
漸降法
「漸層法」とは逆に、文勢が次第に弱まるように配列する文章展開の手法です。
こちらも短い文ですが「ねぇ
最初に高望みして、徐々にラインを引き下げていくのです。そのさまはまるで値切り交渉。
子どもにしてこうなのです。
大人なら自動車を奮発したいんだけど、財布の紐を握っている妻の顔色を窺いながらグレードを少しずつ下げていきます。
で結局買ってもらえたのは軽トラックという顛末かもしれません。
最後に
今回は「修辞をつかいこなす」と題して、小手先のテクニックをいくつか紹介してみました。
知っていなくても小説は書けます。
でも知っていると文章の質は確実に上がるのです。
ですが「文章の質」イコール「小説の質」というわけではないので、いろいろ試してみて気に入った手法だけを「ここぞ」というときに使ってみてください。
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