第66話 たった一つの奇跡

【麻友】


 プロポーズされてしまった!


 まさかまさかの展開にわたしの頭はパンク寸前―――ううん、完全にパンクして、わたしはベッドに倒れ込んだ。

 ゆうかさんが昨日メールで言っていたことを思い出す。

『まだ秘密ですけど、麻友さんには明日、何かいいことがあるかも知れませんよ♡』

 …きっと、このことだ。

 コウくんがわたしの病状について何か勘違いしているっぽいのは、ゆうかさんの仕業だろう…。

 サプライズのプロポーズというのには確かに憧れる…

 でも、サプライズにもほどがあるよ!

 わたしたち、まだお付き合いすらしていないのに。

 あっ! 分かった! ドッキリだ!

 これ、ドッキリだよ!

 たぶん! きっと!

 発案者がゆうかさんで仕掛け人がコウくんってことだね!


 ……コウくんってそういうことするタイプじゃない気がする…。


 うーん。

 そもそもプロポーズじゃないとか?

 わたしが自意識過剰なだけ?

 少なくとも愛の告白だったとは思うんだけどなぁ…。

 どっちにしても、

 嬉しくて。恥ずかしいな。

 今すぐうつぶせになって、枕に顔を埋めて、手足をバタバタさせてい気分だよっ!

 とりあえず「嫌ではない」という意思だけは示しておこう。

 ズブ濡れのコウくんにハンドタオルを貸して、少し近くに座り直した。

 彼の言葉を待った。

 …

 ……

 ………

 まさかの沈黙っ!


 でもなんでだろう…。


 恥ずかしい気持ちはいっぱいある。

 なのに不思議と気まずさはなくて。


 なんだかとっても幸せだなぁ。


 しばらくするとゆうかさんがやって来て、事情を説明してくれた。

 なんとなく予想がついていたわたしとは違って、コウくんからは「まんまと騙されて、やっちまった…」というオーラがびんびん出ていた。

 どんまいだよ! コウくん!

 わたしはコウくんの本心が聞けて嬉しかったよ!


         *

 折りを見てきちんとお互いの気持ちを確かめ合ったわたしたちは、晴れて正式にお付き合いすることになりました。

「わたしの志望大学にコウくんも受かってね☆」

 高校に関しては今更どうしようもない。だからせめて同じ大学に通いたい。

 そんなわがままから冗談交じりに大学名を伝えてみる。

 コウくんは「うげっ」と一瞬だけ引きつってから、

「今の僕の学力じゃ厳しい……けど約束する。僕だって君と同じキャンパスで学びたいから」と宣言してくれた。

 そう言ってもらえただけで、わたしは十分満足だった。

 でもコウくん自身がやる気に満ちているのを見て、本気で二人で同じ大学を目指してみるのもいいと思った。

 好きな人と同じ目標に向かって切磋琢磨せっさたくまできるなんて、なんて素晴らしいことだろう。

「その代わり、勉強教えてくれる?」

 照れくさそうに笑う彼が、なんだか可愛らしくて、わたしは(たぶん)耳まで真っ赤にしながら頷く。

「もちろんだよっ! えへん☆」


         ※

 わたしたちにとってのデートとは、すなわち、図書館やファミレスでの勉強会だった。

 コウくんはもともと“出来る子”のようで、見る見るうちに学力を伸ばしていった。

 さすがは伊達に読書好きじゃない。

 それは関係ないか。

 閑話休題。

 コウくんの部屋にお邪魔して勉強をすることもあった。でもコウくんがわたしの家に来ることは一度もなかった。

 理由を聞いてみると、コウくんは、わたしの部屋だと自分を抑えられなくなってしまうかもしれないから、と言った。

 そういうものなのかなぁ。

 わたしとしては、恋人同士なんだし、責任と節度を持ってさえいれば“そういうこと”をしたって何も問題はないと思う。

 それでも無事に大学に受かるまではわたしに手を出さないというのが、コウくんなりの誠意のようなものらしい。

 ちょっと気を遣い過ぎだよね。

 ただ、そういうところもコウくんらしくて“いい”と、わたしは思う。


         *

 報われない努力はない。

 そんな無責任なことは言えないけど、少なくとも、わたしたちの努力は報われた。

「本当に同じ大学に通えるんだねっ!」と心躍らせた日から既に数ヶ月。

 今では構内の図書館で一緒に勉強をしたり、ファミレスなどでレポートを書いたりしている。

 コウくんの家にお邪魔することもあるし、今は、コウくんがわたしの家に来ることだってある。

 もちろん勉強会ばかりじゃなくて、普通のデートもしている。

 買い物とか映画にはよく行くし、水族館にだって行ったんだから!

 今度は動物園か遊園地に行きたいねって話してるんだ。

 まだまだ二人でやってみたいこと、行ってみたい場所は山のようにある。

 一緒に勉学に励んで、適当に休憩して、遊びに出かけて、駄弁って、ときには愛を確かめ合う。

 なんて幸せな日々なのだろう。

 わたしはこれまで、たくさんの辛い思いをしてきた。

 でもそんな経験をしてきたからこそ、今のわたしがいるのだと思う。

 だからあの辛かった日々はきっと、無駄なんかじゃなかった。

 例え、辛くても、苦しくても、人生に無駄なことなんて、ないんだ。

 今この瞬間にも、わたしなんかより辛い思いをしている人は大勢いると思う。

 たくさんの犠牲が出てしまう大災害や、不治の病で奪われてしまう尊い命―――理不尽だけど受け入れるしかない「運命」というものは確かに存在する。

 でも逆に言えば「運命それ」以外のことであれば、大抵「なんとかなる」ってことなんだ。

 だから人生を途中で諦めたりしちゃいけない。

 そんなの絶対、勿体ない。

 この先どんな素晴らしいことが待っているのか分からないのだから。

 一見なんでもないようなことが、実は幸せに繋がってることだってあるかも知れないのだから。

 あの日、一匹の黒猫が巡り会わせてくれた、たった一つの小さな奇跡のように。

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