第64話 いいこと

【ゆうか】

         1

 最初にお兄ちゃんの様子がおかしいと思ったのは一週間くらい前のことだった。

 ここ最近はずっと上機嫌だったはずなのに、その日は明らかに沈んでいた。

 機嫌が良かったのは麻友さんと仲良くなれたからだろう。

 それが急に、この世の終わりみたいな顔をしていたのだから、その原因も麻友さんが関係していると考えるのが普通だ。

 私は麻友さんに何かあったのかメールで聞いてみることにした。

 何通かの送受信を繰り返すと、お兄ちゃんが不幸のどん底になっている理由が分かった。

 ずばり、最近、麻友さんに会えていないから。

 詳しい事情は分からないけど、麻友さんが裏山に行けなくなって三日になるらしい。


 ―――って少なッ! お兄ちゃん、さみしがり屋かッ!


 どんだけ麻友さんのこと好きなんだ…。

 そのくせ、本人の前ではそういうのを見せずにクールぶってるに決まってる。

 いや、ただヘタレなだけか。

 告白どころか連絡先すら聞いてない始末だしなぁ…。


         ※

 更に二日後、洗顔クリームで歯を磨こうとしているお兄ちゃんを見て、念のためにもう一度、麻友さんにメールを送った。

 麻友さんは明日からまた裏山に行くと言ってくれた。

 お兄ちゃんのことを嫌いになったわけじゃなくてほんと良かった…。

 麻友さんの事情というのが気になったので聞いてみると、なるほど、分かる気がした。

 確かにちょっと恥ずかしいと言うか、なるべく人に知られないで済めば、それに越したことはないと思う。

 相手が異性ならば尚更だろう。

 それでも麻友さんは

『心配かけちゃってるみたいだし、一刻も早くゆうかさんから伝えてあげて』と言ってくれた。

 明日の午後には退院と言っていたから、伝えるなら少しでも早い方がいい。

 ん? …待てよ?

 我ながら超いいこと思いついちゃった!


『えっ? いいこと? なになに?』

『ぬっふっふ~♪ ヒ・ミ・ツで~す♡』


 私の考えたいいこととは、お兄ちゃんと麻友さんの距離を縮めるための作戦だ。

 具体的な内容はこう。

 まだ何も知らないお兄ちゃんには麻友さんが入院しているということを伝える。

 お兄ちゃんは麻友さんのことが心配で不安になる。

 でもそれこそが、自分の気持ちと正直に向き合うきっかけになる。…はず。

 お兄ちゃんはきっと言うだろう。

 好きです。付き合って下さい。

 そして結婚へ。

 本当に大切なものは失って初めて気づく、の一歩手前みたいなものだね。

 効果はあると思う。

 もちろん、お兄ちゃんが麻友さんのことを本当に好きであればの話だけど。

 例えそうでなかったとしても、これを機に自分の気持ちに気づいて、もっと真剣に麻友さんとのことを考えてくれるといいなぁ…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます