第59話 故人

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 僕の記憶が間違っていなければ、元カレの名前は「ケイスケ」だったはずだ。

 麻友さんから聞いた話では、ケイスケさんは電車にねられて亡くなっている。

 麻友さん自身は直接見ていないものの、事故の現場に居合わせた彼の友人から詳しい状況を聞いたと言っていた。

 ケイスケさんは中年の男性に因縁をつけられていたそうだ。

一方的に何かをまくし立てていた男性が、突然、ケイスケさんを突き飛ばした。

 そのとき、ちょうどホームに電車が入ってきて―――

 まだ結構なスピードが出ていた車体の側面に激突したケイスケさんは、凄まじい勢いではじき飛ばされた。

 少しでもタイミングが早ければ、ホームに落ちて電車に轢かれ、即死だっただろうとのことだ。

 駅構内は一瞬で騒然となった。

 友人は「死」という最悪の事態を想像しつつも、彼の元へと駆け寄った。

 おびただしい量の出血により真っ赤に染まったケイスケさんは、それでも、わずかに息をしていた。

 呼びかけると、ケイスケさんは苦しそうにうめいた後、少しの間だけ意識を取り戻したそうだ。

 彼は恋人である麻友さんへの伝言を友人に託し、再び意識を失ったのだという。


 そして彼が目を覚ますことは二度となかった。

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