第55話 映画館

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 コウくんと映画を見に行った。

 実はあの映画が特に見たかったというわけではなく、男の人と二人だけで見に行くということが重要だった。

 この頃のわたしには一つの悩みがあった。

 別れた恋人の友人から交際を迫られていたのだ。

 何度断っても諦めてくれず、ほとほと困り果てていた。

 ある日、映画に誘われた。

「うちの高校で流行ってる映画があるんですけど一緒に見に行きませんか?」

 いつものように丁重にお断りをしても、なかなか引き下がってくれなくて…

「実はもう先約があるんです」

 つい、言ってしまった。

 そしてこの機会にキッパリ諦めてもらおうと思ったわたしは、相手は最近できた新しい彼氏なのだと嘘を重ねてしまう。

「そうですか…分かりました」

 嘘をついてしまったことへの後ろめたさよりも、やっと解放されたという安堵の気持ちの方が大きかった。

 ところがまだ話は終わらない。

「でも俺、その新しい彼氏さんというのをこの目で見ない限り完全には諦めがつきません」

 そんなことを言われるなんて夢にも思わなかった。相手は思った以上に粘着質だったらしい。

 引き下がれなくなったわたしは脳をフル回転させた。

 そしてコウくんに協力してもらうことを思いついたのだ。

 映画に誘ってもお互いに変に意識しないで済むのはコウくんくらいだった。

 そもそも男の子の知り合いなんて他にいないのだけど…。

 とにかく、

 コウくんと二人で映画を見に行けば、彼氏とデートしているように見えるはず。

 利用するようで申し訳ないという気持ちも、もちろん、ある。

 ただ、あくまで普通の友達として映画に誘うのであれば何も問題はないだろうと割り切った。

 先約があると言ってしまった以上、日程がまだ決まっていないとは言えなかった。

 デートの邪魔は絶対にしない。

 遠目に見るだけ。

 そう約束してもらってから相手にデートの日時と場所を伝えた。

 コウくんには事後報告のような形で約束を取りつけたので、断られたらどうしようと気が気じゃなかった。

 裏ではそのような事情があった「映画デート」だけど、当日はごく自然に楽しんだ。

 コウくんと一緒にいるうちに、その人に見られているかもしれないことなど忘れてしまっていた。


 後日、約束通り、わたしのことは諦めると言ってくれたので、わたしは胸をなで下ろした。


         ※

 あの日、わたしにとって重大な出来事が二つも起きた。

 一つ目はハンバーガーを食べたこと。

 シチュエーションはだいぶ違っていても、友達とハンバーガーを食べに行くという夢は叶ったも同然だった。

 コウくんの真似をして頼んだテリヤキバーガーはとても美味しかった。

 食べるのに悪戦苦闘するわたしを見て、コウくんはやけに上機嫌だったように思う。

 あのとき、コウくんは何を思っていたのだろう…。

 本人に聞いたことはないから、今も、そしてきっとこれからも謎のままだ…。

 もう一つの重大な出来事は全く予想できないものだった。

 コウくんの妹さんである、神崎ゆうかさんとメル友になったのである。

 フードコートの近くにあるドーナツ屋さんでアルバイトをしていた彼女は、わたしたちの姿を偶然見かけ、コウくんが席を外した隙に声をかけてきた。

 ゆうかさんに言われた通り、わたしがドーナツを買いに行こうとするとコウくんはドーナツが苦手と言って同行を断った。

 妹さんにはわたしのことを知られたくなかったみたい…。ちょっとだけ寂しかった。

 ちなみに、後でゆうかさんに聞いた話では、コウくんは本当はドーナツが大好きとのことだった。

 ゆうかさんにレジを打ってもらって、いくつかのドーナツ(セール対象外のものも、お友達価格で安くしてもらった)を購入したわたしは、休憩に入る彼女と一緒にイートインスペースに向かった。

 コウくんを待たせている短い時間の中で、こんなやり取りがあった。

「えっ、黛さん、お兄ちゃんの連絡先知らないんですか?」

「うん。お兄さんはわたしと連絡先を交換するつもりはないみたい。聞けば教えてくれるかもしれないけど、何か理由があるみたいだから、なんとなく言い出せなくて…」

「じゃあ、私と交換しちゃいます?」

 ゆうかさんとは今でもメル友だ。


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 映画デートの日が良いことずくめだったかと言うと、実はそうではない。

 あ、いや。別に嫌なことがあったわけではないの―――ただ、なんていうか…

 一つ誤算があったんだ。

 えっとね、

 コウくんと見た映画はちょっぴり…いや、結構、えっちなシーンがあって……。

 色っぽい雰囲気のシーンから徐々に情熱的になっていったとはいえ、まったく予期していなかったイケナイシーンに、わたしはなんとも言えない変な気持ちになっていた。

 すぐ隣に恋人じゃない男の子がいる状況で突然あの場面を見せられたら、どうしたって意識してしまう。

 わたしの脳内では様々な疑問や憶測が飛び交って、それはもう、大騒ぎ。

 コウくんはこういうシーンがあるって知ってたのかな。わたしも知ってたと思ってるのかな。その上でわたしがこの映画を好きで彼を誘ったと思われるのは少し恥ずかしい。コウくんはわたしと見ることに抵抗はなかったのかな。ほんの数分程度のシーンだったけど結構すごかったよ? 「R18指定」にした方がいいんじゃないかと思うほどだったよ? なんであれで「R15指定」なんだろう。恋愛に消極的とは言ってもコウくんだって男の子なんだから願望くらいはきっとあるよね。そういうシーンを女の子と一緒に見てなんとも思わないのかな。相手がわたしだからなのかな。わたしのことを女の子として見てないからなのかな。恋愛感情がないのはお互い分かっている。じゃあ、コウくんはわたしのことをどう思っているんだろう。わたしとあんな情熱的なことをしたいって思ったりするのかな。それともまったく興味がないのかな。そもそもわたしはどっちと思われたいのだろう。そしてわたしはコウくんのことをどう思っているのだろう。

 自分がどのような状態であのシーンを見ていたのか全然記憶にない…。

 口を半開きにしてぽかーんと見ていたのかもしれないし、前のめりになって食い入るように見ていたのかもしれなかった。

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