第51話 黒猫

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「にゃー」


 にゃー?


 猫…?

 猫の鳴き声がした。

 取り出しかけていたビニール紐を押し込み、足下を見てみると、いつの間にか一匹の黒猫がいる。

 見上げるような格好でわたしと目が合った猫ちゃんは、わたしの足にすりすりとすり寄ってきた。

「にゃー」

 すりすり。

 くすぐったい…。

「にゃー」

 すりすり。すりすり。

 とてもくすぐったい…。

「にゃー」

 すりす―――

「こらぁ、くすぐったいよぅ」

 堪らず、かがんで猫ちゃんに抗議する。

 猫ちゃんはどこ吹く風といった様子だ。

「お返しだっ☆ このこのぉ~☆」

 …なで回した。

 野良猫かと思ったけど、こんなに懐いてくるし、とても綺麗な毛並みをしているから、飼われているのかも。

 どうやらめす猫のようだ。

 彼女は気持ちよさそうに、わたしにされるがままになっている。


「ふふっ」


 それはごく自然に出た笑みだった。

 いつ以来だろう…。

 こんなに自然に笑ったのは…。

 いつ以来だろう…。

 こんなに幸せを感じたのは…。


 死を求めていたはずのわたしが、

 幸福な気持ちに包まれて、

 自然と笑みを零している―――。


 それが堪らなく愛おしいことのように、わたしには思えた。

「ねぇ、猫ちゃん。わたし、どうすれば良かったのかな…?」

「にゃ」

「そっかぁ。分からないかぁ」

「にゃー」

「わたしね、友達も、恋人も、いなくなっちゃったんだ…」

「にゃー」

「猫ちゃんがお友達になってくれる…?」

「にゃ」

「えー、駄目なのぉ?」

「にゃー」

「じゃあ、他に誰か、わたしと友達になってくれる子を紹介してくれない?」

 好き放題にこねくり回していると、やがて満足そうに「にゃー」と一鳴きした猫ちゃんは、ふいに何かを思い出したかのように背を向け、そのままどこかに行ってしまった。

 その猫らしいきまぐれさが、とても自由なものに見えて羨ましかった…。

 もし、わたしに次の「生」があるのなら、あの子みたいな黒猫になって、今よりももっと自由に生きてみたい…。

 そんなことを思った。

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