第48話 過去4

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「みんなごめん。わたし「卒アル」持ってないんだ…」

 中学時代にろくな思い出のないわたしは卒業アルバムなど一度も開かずに処分してしまっていた。

「えっ、持ってないの? なんで?」

「マユちゃん実は小卒だったりして。…通りで可愛いわけだよねぇ」

「んなわけないでしょーが」

 いつもなら一緒になって笑うやり取りを、わたしは一人、深い水の底で聞いていた。

「まさか無くしちゃったとか?」

「実はそうなの…」

「あっはは。麻友も結構おっちょこちょいだね」

「どんまい! どんまいだよー?」

 友人たちに少しドジだと思われるくらいで済むのなら、どうと言うことはない。事情を話すよりはよっぽどマシだ。

 これでこの話題からは解放されるはずだった。

 ところが友人の一人、上原うえはら夏美なつみだけは、どうしても見たいと言って聞かなかった。

 小柄で童顔な彼女はクラスの妹的な存在で、トレードマークのお団子ヘアが可愛らしい。

 元々人懐っこい性格の子なのだけど、何故かわたしのことがいたくお気に入りのようで、よく抱きついたりしてくるような困った子でもあった。

 彼女が駄々をこね続けているのを遠巻きに見ていた山野やまのあおいさんが「やれやれ…」といった様子で歩み寄ってきた。

 山野さんはショートボブの黒髪と、いつもかけている黒縁のメガネがよく似合うクールな子だ。

 クラスのみんながはしゃいでいるようなとき、彼女は積極的にその輪に加わるようなタイプではない。

 でも誰かがお馬鹿なことを言ったり、やったりすると、少し離れたところからするどいツッコミを入れてくる。

 そんな独特の距離感でクラスに馴染んでいる山野さんは何事においても常に的確だ。

 上原さんとは対照的に、頼れるお姉さんのような存在で、クラスのみんなが彼女に一目置いていることは間違いない。

 そんな山野さんが言った。

「そんなに言うなら、あたしのネット仲間の“つて”で、麻友と同じ中学出身の子、探してあげよっか? もし見つかれば、アルバムくらいなら借りられ―――」

 上原さんが物凄い勢いで山野さんに詰め寄った。

「えっ、ヤマノちゃん、それ本当っ!?」

「絶対とは言い切れないけど、たぶん、借りられると思う…」

 山野さんにはインターネットを介して遊ぶゲームやチャットを通じて、全国に知り合いがいるのだそうだ。

「ありがとう! ヤマノちゃんは私の命の恩人だよっ!」

「命の恩人って…。言っとくけど、まだ約束はできないからね?」

「お礼にヤマノちゃんを、マユちゃんの次に好きな子に認定してあげるっ!」

「おい、人の話を聞けよ…」

 漫才のような二人のやり取りにクラスの雰囲気が和む。

「で。麻友、中学どこだっけ?」

 この流れでアルバム探しを拒否することは不自然でしかない。

「えっと―――」

 わたしは自分の出身中学を伝えながら、不安を抱かずにはいられなかった―――。


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 それから何日か経ち、山野さんから「なんとか借りられそう」という報告があった。

 わたしは内心ではひやひやしながらも、彼女にお礼を言っておくことにした。

「山野さん、わたしがアルバム無くしちゃったばっかりにごめんね。でも借りられそうで良かったよ。…ありがとう」

「うん…別に」

 山野さんとはもともと、そこまで深い交流があったわけではない。…けれど、このときの彼女のよそよそしい態度には不自然なものを感じた。


         ※

 更に数日後、山野さんがついに“それ”を持ってきた。

 上原さんを筆頭としたクラスメイトたちが、わたしの席を取り囲んでいる。

 山野さんはいつも通り、少し離れた自分の席からこちらの様子を伺っていた。

 わたしの机に置かれたアルバムはまだ閉じられたままだ。

 高級そうな装丁そうていほどこされた深緑色の表紙に目を落とすと、金糸で「希望」という言葉が刺繍されている。

 わたしは手が震えないように気をつけながら表紙を開いた。

 最初に校舎の写真と共に校歌が紹介されている。

 まだわたしとはなんの関係もないページなのに、誰からともなく「ほおぉー」という歓声が上がった。

 ゆっくりページをめくっていくと、やがてそのページに辿り着く。

 そこには集合写真と共に一人一人の顔写真が掲載されていた。

 顔写真は男子と女子が交互に配置されている。

 クラスメイトは男女合わせて四十名。

 そのうちの十九名が女子生徒だ。

 ずらりと並んだ顔写真の中に「わたし」を見つけることは簡単だった。

 おそらくみんなも真っ先にに目がいっただろう。

 わたしの顔写真にはマジックか何かで黒い目線が書き足されていて、まるで犯罪者のように顔が隠されていたのだ。

 そして写真の周りの空いたスペースには「ブス」とか「死ね」といった、いかにも稚拙な悪口と、口に出すのもはばかれるような卑猥ひわいな単語がびっしりと書かれている。

 教室内に沈黙が走り、みんなの表情が少しずつ不快の色に染まっていく。

「えっ…」

「なに…これ…」

「最悪」

 みんなはそれぞれ怒りや悔しさをあらわにしている。

 ふと見ると、上原さんは泣きそうな表情で歯を食いしばっていた。

 この理不尽な仕打ちに対して、みんな本気でいきどおりを感じてくれていた。


 それだけでわたしは救われた。

 だからもう十分…。


         ※

 みんなの感情の矛先は山野さんに向かうことになった。

「こんな酷いことする人からアルバムを借りるなんて信じられない!」

「山野さん、持ってくる前に確認しなかったの!?」

「マユちゃんが可哀想…」

「マジ最っ低!」


 わたしには大体分かっていた。

 この後、どういう展開が待っているのか…。


「最低なのは麻友の方だよ」

 山野さんの一言でみんなの声がぴたりと止んだ。

 静けさに包まれた教室で、わたしは他人事のように思った。


 ああ、やっぱりな…


 山野さんの性格ならば、万が一にも間違っていたりしないように、ちゃんと中を確認したはずだ。

 落書きに気づいた彼女は、おそらく、持ち主に抗議すらしてくれただろう。

 では、どうして山野さんはこのアルバムを持ってきたのか…。

 それはきっと、だ。

 実際、山野さんがみんなに話した、事の経緯は大体わたしの予想通りのものだった。

 ただ、山野さんはわたしに関する噂話をすぐには信じなかった。

 そして、ここからが山野さんの凄いところなのだけど、彼女はわたしと同じ中学出身の子を他にも何人か探し出し、その子たちにも事実確認を行ったのだという。

 山野さんはわたしのことを信じたくて、そういう行動を取ってくれたのだろう。

 でもそれが逆効果になるということは明白だった…。

 中学時代の誰に聞いたって、わたしのことをよく言う人などいないのだから…。

 山野さんはわたしの過去の行い(すべて事実無根)自体よりも、わたしがそれを隠し続けていたことがショックだったと言った。

 そんな隠しごとを持った人間が平然と友達面をしていたことが許せないのだと。

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