第47話 過去3

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 努力の甲斐あって、わたしは目標にしていた難関女子校に進学することができた。

 最初の二週間くらいは授業についていくだけでもやっとで、勉強以外のことにうつつを抜かしている暇などなかった。

 教室には地味で真面目そうな子が多く、全然可愛くない眼鏡をかけた子が何人もいた。

「なんとなく堅そう」という第一印象とは裏腹に、話してみるとみんな普通の女の子たちだった。

 わたしは過去に「注目されたこと」がきっかけで仲間はずれにされてしまったという経験から、なるべく目立たないように努めた。


 でもほんの少しでもいいから、以前の、本来の明るい性格の自分を出したい―――


 だから少しだけ明るい感じで。

 あくまでも自然に。控えめに。

 出しゃばりすぎない。

 そんな風に心がけていた。

 今思えば(わたしにも色々事情があったとはいえ)あんまり良くないことだったような気はする。計算高いと言うか、腹黒いと言うか…。

 休み時間や放課後は進学校らしく勉強の話をすることが多かったかもしれない。

 でもそれ以外の様々な話題も教室中を飛び交った。

 前日に見たバラエティー番組の話。新作コンビニスイーツについての話。芸能人のスキャンダルの話。好きな漫画やアニメの話。

 好きな男性のタイプや今までの恋愛の経験談。

 今現在好きな人がいるかどうか。

 もしうちの学校の男性教諭から恋人を選ぶとしたら?

 女子校なのをいいことに際どい下ネタで盛り上がったことも少なくない。

 高校生にもなれば、わたしだって少しくらいは“そういうこと”への興味はあった。


         ※

 クラスでスマホを持っていないのはわたしだけだった。

 今までのわたしには必要のないものだったし、欲しいと思ったことすらなかった。

 クラスの子たちには、両親が許してくれないからと言っていた。

 友人たちとの関係は良好でも少しだけ残念に思っていたことがある。

 それは平日の放課後や休日にどこかへ遊びに行くような時間がなかったこと。

 高校に入ってもし友達ができたら、学校帰りにファストフード店でハンバーガーを食べながらおしゃべりをするというのが、わたしの夢の一つだったからだ。

 でもわたしのように遠方から通っている子も多かったし、そもそも帰る方角がばらばらなので叶えるのは難しい。

 寮に入っている子たちは外出すらままならないという状態だったので輪をかけて無理そうだった。

 もっとも、仮にそのような理由がなかったとしても夢を叶えることはできなかったと思う。

 自宅に帰ってからの予習・復習、自主勉強は当然どの子もやっている。

 教室では割と緩い友達みんなもライバルであることに違いはないのだ。

 少し油断をしただけであっという間に「落ちこぼれ」になるということを誰もが理解していた。

 教室の(良い意味で)緩い雰囲気を維持するためにも、放課後はみんな勉強に全精力を注いでいた。

 もし遊びに行くような時間ができたとしても、その分を更に勉強にてただけだろう。

 そのような些細な不満はあったものの、高校生活はとても充実していた。


 そして毎日が充実していた理由は実はそれだけではない。


         6

 電車で毎朝見かけるその人のことを「今日もあの場所(ドア付近の手すりのところ)にいるな」と確認するのがちょっとした日課になっていた。

 いつもそんな風に視線を向けていたので次第に彼と目が合う回数が増えていった。

 最初のうちは直ぐに視線をそらしていたし、彼も気のせいだと思っていたようだ。

 それでも何回も同じようなことが続くと、お互いの存在をなんとなく意識し始めてしまうもので…

 わたしが「真面目で誠実そうな人だな」と気になり出していた頃―――、

 彼は彼で「ひょっとして僕に気がある? いや、そんなわけ…」などとモヤモヤしていたらしい。

 そのモヤモヤに耐えきれなくなった彼が、ある日、玉砕覚悟でわたしに声をかけてくれた。

 その日から電車内で話をするようになり、その後ごく自然な成り行きで、付き合うことになった。

 付き合うとは言っても、それまでと変わらない、電車内での交流だけだったし、実はその後すぐに別れることになってしまうので、恋人らしい行為―――手を繋いだり、ハグをしたり、キスをしたり―――は何もできなかった。

 それでも、

 例え短い期間だったとしても、

 わたしにとって彼は心の支えだった。


         ※

 折角恋人ができたのだからスマホを持とう思った。

 でもクラスのみんなに「親が許可してくれない」と誤魔化していた手前、いきなり持つのは不自然だ。

 色々考えた結果、わたしは間近に控えていた学期末テストに照準を合わせる。

「テストの結果が良ければ許可してもらえる約束なの」

 うん。これなら自然。

 実際にそのような約束を取りつけた。

 今までスマホを欲しがらなかったわたしのことを、友達がいないのかもしれないと心配していた両親は快く承諾してくれた。

 事実、今まではそうだった…。

 でも今は違う。

 友達どころか恋人だってできちゃったんだから。

 両親がわたしのあずかり知らないところで感じていた心配事も解消されるなんて一石二鳥だ。

 わたしは俄然がぜんスマホが欲しくなった。

 そんな理由でいつも以上に勉強に励んでいたある日のこと―――

 クラスメイトたちの間で中学校の卒業アルバムを持ち寄って見せ合うという話が持ち上がった。


 思えばこの日がわたしの幸せな高校生活の「終わりの始まり」だった…。

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