第40話 誓い

【瑞希】

         1

 いやぁ、この前のアニメイベントは最高だった。

 まさかサプライズゲストで地元出身の声優さんが登場するとは夢にも思わなかった。

 彼はあたしの推しキャラを担当している。

 感動で涙ぐむのも仕方ない。

 イベントの最後にそのアニメのコンビニくじが販売されるという告知があった。

 今日はそのくじに挑戦するために近所のコンビニに来ている。

 中に入ると、店内のイートインスペースに見知った顔を見つけたので声をかける。

「加藤先輩。こんにちは」

「あら、四条さん。奇遇ね」

 加藤先輩は旦那さんと二人でソフトクリームを食べていた。

 旦那さんが先輩に「知り合い?」と問いかける。

「ええ。職場の後輩の四条瑞希さん」

「初めまして。四条です」

 本当は二人の結婚式のときに挨拶はしている。でも「初めまして」で問題はないだろう。

 旦那さんと軽い自己紹介をして、先輩とも少し話をして、そそくさと退散した。

 あまり新婚の二人の邪魔をしちゃ悪いし、買い物もしないで居座るのも不自然だ。

 先輩たちにガチでくじ引きしているところを見られるのはちょっと恥ずかしいから、少し時間をおいてまた来ることにしよう。

 ガムくらいは買って帰ろうかな…。

 あたしも意外とチキンね。ふっ。

 …

 ……

 ………

 ところで。

 加藤先輩というのは、何を隠そう、先日まで茶野先輩だった人だ。

 そう。

 先輩はかねてからお付き合いをしていた彼氏さんと、めでたく、ゴールインしたのである。


         2

 先輩の結婚式には診療所のみんなも呼ばれ、もちろん、あたしも参列させてもらった。

 式の会場になった教会は豊かな緑に囲まれた場所にあって、それだけでも抜群の雰囲気だった。

 初めて見る生の結婚式はまさに感動の連続で、特に、先輩のウエディングドレス姿を見たときの衝撃は言葉では言い表せないほどのものだった。

 静謐せいひつとした空気が張り詰める中、ヴァージンロードを歩む先輩に、あたしは思わず涙ぐんでしまった。

 普段の先輩は愛されキャラで、「綺麗」というよりは「可愛らしい」という印象が強い。

 年上の先輩に対して「可愛らしい」という表現は、もしかしたら失礼にあたるのかもしれない。

 でも、

 あたしの中では「マシュマロのような人」なのだから、そりゃもう、可愛らしいのだ。

 そんな先輩が、式中は、この世のものとは思えないほど綺麗だったのだから、普段とのギャップに“萌え”を感じたことは言うまでもない。

 ブーケトスには一応の流れで参加した。

 先輩の投げたブーケは真っ直ぐあたしのところに飛んできて―――

 つい、キャッチしてしまった。

 拍手されるやら、もてはやされるやらで、恥ずかしいったらなかった…。

 でも先輩と目が合うと、ふわりと微笑んでくれたのでなんだか得した気分になった。

 持ち帰ったブーケは花瓶に生けて楽しんだけど、思いの外、早く枯れてしまった。

 ドライフラワーにして取っておくのも“あり”だったかも。と、ちょっと後悔している。


         ※

 会場を移動して行われた披露宴は盛大にという感じではなく、むしろ、こぢんまりとした印象だった。

 でもあたしはそういうところが先輩らしいと感じたし、会場全体がアットホームな雰囲気になっていてよかったと思う。

 料理はどれも美味しかったけど、生まれて初めて食べたフカヒレはゴムみたいな食感であまり好みではなかった。

 安価なものを使用しているからだろうけど最高級品はどう違うのだろう…。

 今後食べる機会があるか分からないので、あたしの中のフカヒレはゴムみたいな印象のまま終わるのかもしれない。

 新郎新婦の友人たちによる余興は笑いあり、涙あり、様々な趣向が凝らされていて最後まで飽きることはなかった。

 新郎さんが周りのみんなに好かれているということがよく伝わってきたし、先輩は診療所以外でも愛されキャラなんだなぁ、と思った。

 結婚式には付きものだと思われる、新郎新婦のこれまでの軌跡や二人の馴れ初めなどを紹介するVTRを食い入るように見た。

 特に波瀾万丈というわけでもなく、ドラマチックなエピソードがあったわけでもない(さすがにちょっと失礼かな?)のに、何故かここでも泣いているあたし…。親かっ!


         ※

 その後、しばしのご歓談タイムになると、あたしは新郎新婦の元へ挨拶に行き、記念撮影をお願いした。

 さっきまでの、少し遠目に見ていたときの彼氏さん―――もとい、旦那さんは良い意味で「素朴な人」という印象だった。

 でも近くで見ると思っていた以上にがたいがよくて、先輩はそのギャップにやられたのかもしれないと勝手に推測した。

 どう見てもお似合いの夫婦だった。

 先輩の方は言うまでもないけど、少し挨拶を交わしただけの旦那さんも、その声音や表情、ちょっとしたしぐさから、優しそうな人柄が伝わってきた。

 二人が幸せそうに談笑しているのを見て、ふと思い出したことがある。

 それは先輩から結婚の話を聞いたとき、

「先輩、何さんになるんですか?」と質問したあたしに、「それがね…」と、はにかんだ先輩のことだ。

「『茶』だったのが『加藤』になるなんて、ちょっと出来過ぎよね」

 先輩が連想したのは某・大物芸能人のことだろう。

 確かに出来過ぎだし、絶好のいじりポイントとも言えそうだ。

 先輩の場合、よく診療所を訪れる子供たちに冷やかされるかもしれない。

 先輩はきっと「もぉ~、〇〇ちゃんったらぁ! お姉ちゃん、怒るわよぅ」なんて言いながらも笑顔を絶やさないのだろう。

 なんて微笑ましい光景なんだ。

 想像しただけでほっこりする。

 先輩なら、きっと幸せな家庭を築けると、あたしは確信している。

 あたしと大して変わらない歳なのに、なんだか手の届かない存在になってしまったような気がして少しだけ寂しかった。

 あたしがブーケをキャッチしたことを先輩はやけに喜んでくれていた。

「結婚式には呼んでよね」という先輩に「もちろんです」と返したものの……その予定のなさは壊滅的だ…。

 先輩に対して嘘をついているような気がして、なんだか妙に申しわけない気持ち…というか、変なプレッシャーを感じてしまったことは内緒である。

 たまに親からもそういった類いのプレッシャーをかけられることがある。でもそのときの比ではなかった。

 もちろん、先輩にそんなつもりが一切ないことは分かっている…。


         3

 最近、由香子に新しい彼氏ができた。

 あたしも負けてられないし、そろそろ本気で出会いを探してみようか。

 そのためには、あまり二次元にうつつを抜かしているわけにもいかないな…。

 あたしの理想の相手は「あたしとは違う趣味を持っている人」だから。

 アニメやゲームには一切興味はなくて、でも、あたしの好きなものを黙って受け入れてくれるような人。

 あたしもその人の好きなものを受け入れて、お互いを尊重し合えるような関係になりたい。

 そのうち相手の趣味に興味を持つようになって、それをきっかけに世界が広がれば、それは、とても素敵だなって思うんだ。

 だから今日挑戦するはずだったアニメのくじは―――

 …

 ……

 ………

 全額つぎ込む予定だった五千円を握りしめる。

「うん。やっぱり挑戦しよう」

 好きなものは好き。

 その気持ちを捨ててまで恋がしたいわけじゃない。

 でも少しは自重しとくか。


「今日の挑戦権は三千円までっ!」


 この分では先輩に追いつけるのはまだまだ先の話になりそうだ。

 だけど、いつかあたしも、先輩みたいな素敵な結婚式を挙げよう。


 そう、心に誓うのだった。


               瑞希編・完

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