第39話 一期一会

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 あの後―――つまり、見知らぬ男の人に思わず「浩一……」と呟いてしまった後。

 当然のようにポカンとしているその人に「知り合いに似ていたもので」と説明して、いくつか言葉を交わしてから別れた。

 一応、クリーニング代のことも言ってみたけど丁重に断られてしまった。

 彼は颯爽と行ってしまった。

 なんでも、人を待たせているとかで結構急いでいたらしい。

「悪いことしちゃったなぁ…」

 なんとなく浩一に似ていた。

 話してみると声まで似ていて少し驚いた。

 うむ。なかなかの好青年(高校生だとしたら少年)であった。

 見た目がどうとかの話じゃなくて雰囲気ね。雰囲気。

 もうちょっとだけ話をしてみたかった気もする。

 でもきっと、もう二度と会うこともないんだろうな―――。

 それはそれでいいのかも知れない。

 一期一会ってやつ。

 一度きりの出会いだからこそ素晴らしくて、大切にしたいものなのよね。


         ※


 なんて思っていたのが、ほんの十数分前。


 今はインター内のフードコートでミズと向かい合いながら、たこ焼きをはふはふと頬張っている。

 そしてすぐ後ろの席には、まさかまさかの、さっきの好青年がいた。ウチとはちょうど背中合わせになる形だ。

 久しぶりに四文字熟語なんか使って少し賢くなった気分に浸ってたのに……ウチの一期一会って一体…。

 そんなウチの心の声などつゆ知らず、「うまうま」とたこ焼きをつつくミズが妙に恨めしい。

 とにかくそんなわけで。

 なんとなく、青年には気づかれたくない…

 幸いにも、ウチらより後に来た青年はウチに気づくことなく後ろの席に座った。

 人を待たせていると言っていたけど、お相手は女の子(チラッと見た感じ、なかなかの美人ちゃん)だったようだ。

 やるねぇ…青年。

 あ、いや、決して盗み聞きしているわけじゃないのよ? ただ…色々と聞こえてきちゃうから……。すぐ後ろなもんで。

 てか、周りは結構ざわざわしてるのに、何故か後ろの二人の声だけが、やけにクリアに聞こえるんだよなぁ…。

 聴覚が妙に研ぎ澄まされちゃってるっていうの?

 …こういうのなんて言うんだっけ。

 なんとかかんとか効果。

 前にミズから聞いたことあるんだよね。

 パーティー会場みたいな周りがざわざわしてるところでも、自分が興味のある言葉は何故か聞き取れちゃうっていう現象…。

 そうそう! カクテルパーティー効果!

 ウチ今、完全にその状態。

 その分、さっきからミズとの会話がかなり雑になっている自覚はある…。

 まあ、

「たこ焼きは、たこが入ってなければ最高なんだけどね」

「それ、もうたこ焼きじゃないじゃん」

 って感じの、心底どうでもいい内容の会話しかしてないから別にいいんだけど。


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 後ろから聞こえてくる会話の内容が気になって気になって仕方がない…。

「うはぁー。ハンバーガーって食べるの難しいんだねー」

「そう…だっけ」

 君たちは、なんて微笑ましいやり取りをしているんだっ! お姉さん、思わずキュンとしちゃったよっ!

 てか、美人ちゃんはハンバーガーも食べたことないくらい、育ちのいいお嬢様なのか。

 それとも田舎者なのかな…?

 まあ、ここいらに住んでるって時点で都会者ではない。

 やがて四人全員(ひとまとめにしちゃうのもどうかと思う)が食べ終えた。

 青年がゴミなどを片づけるついでにお手洗いに行くと席を立った。

 すると、

 まるでそれを見計らったかのようなタイミングで、近くにあるドーナツ屋さんのお姉さん(と言っても、年下。…絶対)がウチらの方にやってきた。

「良かったらどうぞー」

 ウチとミズに軽い感じで声をかけつつ『人気のドーナツが今だけ百円!』というセールのチラシをくれた。

 後ろの席の方にひょいっと移動したドーナツお姉さんが美人ちゃんにもチラシを渡す。

 ただ、ウチらのときみたいな軽い感じではなかった。

 お姉さんのテンションがやけに高いものだから、最初は二人が知り合いなのだと思った。

 でも話を聞いてみると、どうやら、そうではないようで。

 いや、盗み聞いてるんじゃなくて、自然に聞こえてくるんだからね!

 なになに…?

「初めまして。私、神崎浩一の妹の神崎ゆうかって言います」

「えっ、コウくんの…妹さん? ゆうかさん?」

「はい。お兄ちゃんには「ゆか」って呼ばれてます」

 同じ呼ばれ方してるってだけで、なんか一気に親近感。

「お兄さんの友人の黛麻友です。初めまして、ゆうかさん」

 なかなか律儀な美人ちゃんは黛ちゃんと言うらしい。

 挨拶もそこそこに神崎さんが事情を話し出す。

「いきなり話しかけちゃってごめんなさい。見ての通り、私、そこのドーナツ屋でバイトしてるんですけど、たまたまお二人を見つけちゃいまして」

「お兄さんに何か用事かな? それなら、今―――」

 黛ちゃんは空気を読むのは苦手らしい。

「あ、いいんです。お兄ちゃんがいない隙を狙ってきたので」

「えっ?」

 やっぱり。

 黛ちゃんに何か言いたいことがあるみたい。…まさか、「私のお兄ちゃんに手を出さないでよ! この泥棒猫ッ!!」とか?

 いやいや、さすがにそれはないかー。

「時間がないので手短に話しますね」

 ふむふむ。

 ウチはその続きを期待しながら耳をそばだてて―――

 もとい、

 あくまで、聞くともなしに聞いていた。


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「黛さん…」


 ドキドキ。


「はい…」


 わくわく。


「ドーナツ買いに来て下さい!」


『―――って、それだけっ!?』

 軽くズッコケるところだった…。

 言われた本人でもないウチがしどろもどろになっているのに、背中越しに伝わってくる黛ちゃんの様子は落ち着いたものだった。

「ドーナツ?」

「はい。そのついでに少しだけ二人で話をしたいんです」

「わたしと?」

「私、そろそろ休憩なので、もし良かったらお願いします」

 黛ちゃんは「いいですよ」と言いつつも、どこか渋るような声音だった。

「でも、わたしがドーナツ買いに行くって言ったら、お兄さんも一緒に来るんじゃないかな?」

「大丈夫です。お兄ちゃんは私がここでバイトしてること知ってるので、女の人同伴で来るなんて絶対に有り得ません」

「はぁ…」

「じゃあ、私はお兄ちゃんに見つからないうちに退散しますね。もし来られたら来て下さい。イートインスペースで待ってますから」

 とりあえず、彼女が黛ちゃんと二人だけで話がしたいということは分かった。

 そして神崎青年が、妹である「ゆか」こと、ゆうかちゃんには、黛ちゃんのことを秘密にしてるってことも。

 話を聞いていた感じだと二人はまだ付き合っているわけではないようなので、正式に恋人になるまでは家族に紹介したくないのかな。

 でも、ゆうかちゃんの話ってなんだろう。

 少し―――いや、すっごく! 気になる。

 お友達になりたいとか、そういう話かな。

 黛ちゃん、美人で性格も良さそうだし。―――ウチも友達になりたいくらいだよ。

 それとも、神崎青年のことをよく知る妹から、彼を落とすための秘訣を伝授する…的な?

 黛ちゃんにはそんなもの必要なさそう…。

 じゃあ、やっぱり泥棒猫?

 さっきの感じからして間違いなくそれはないよね。

「ゆかっぺ、そろそろ行こうず」

 どうやら時間切れみたい。

 ぱちん。携帯を開く。

 約束のアニメのイベントまで十分を切っていた。

 ぶっちゃけ、イベントには全く興味がないから別に行かなくてもいいのよね…。

 でもさすがに今更行かないなんて言えるはずもなく。

 ウチは思いっ切り後ろ髪を引かれる思いでその場を後にしたのだった―――。

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