第38話 防衛本能

【由香子】

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 ミズから聞いた話では、ウチは知らず知らずのうちに矛盾を回避するような行動をとっていたらしい。

 ミズが職場の先輩から聞いたという防衛本能によるものだろう。

 その最たる例が携帯電話だった。

「由香子は幻の浩一と接しているときは、いつも耳に携帯を当てながら喋ってたんだよ」

 端から見れば虚空に向けて独り言を言い続けているように映るのだから、(実際そうなのだけど…)周りの人たちに不振がられないようにするための措置だったのだろう。

「発信先はあたしのスマホ…。あたしが電話に出て通話状態になると、由香子はあたしの声なんかまるで聞こえてないみたいに一方的に話してた」

 ウチは携帯の発信履歴を確認した。

 家族。仕事関係。二人とは繋がりのない友達。それらを除けば、すべて『ミズ』で埋め尽くされていた。

 今までは確かに『浩一』もあったはずなのに、何度確認してみても、その名前は見つからなかった。

 ミズから真実を聞いたことでウチの認識が変化し、その結果、それまで『浩一』に見えていたものが『ミズ』に変わったのだろう。

 そのうちのいくつかは通話状態にはならなかったようだ。ミズのスマホから見れば不在着信ということになる。

 ミズは基本的にはウチからの電話には出るようにしていたらしいけど、出られないときもあるのは当然だろう。

 でも、出られる状況であるにも関わらず、あえてスルーすることもあったらしい。

 その主な理由は三つ。


・一方的に話し続けるウチのことを不憫に思った。


・架空の相手とはいえ、会話を盗み聞きしているようで気が引けた。


・自分の声が無視されることで、存在そのものを否定されているような気がして耐えられなかった。


 三つ目が特にキツかったとミズは言う。

 ミズが着信を拒否した日と、ウチが浩一となんらかのやり取りをした日を照らし合わせると、通話状態になるかどうかは問題ではなかった。

 その場合、ウチは永遠と鳴り続ける呼び出し音に向かって一方的に話しかけていたようだ。

 例えミズが電源を切っていようが、留守番電話サービスに繋がろうが、結果は変わらなかっただろう。

 ウチは一つ思い当たったことを聞いてみた。


「じゃあ、ウチの携帯の充電が、ろくに使ってないのに減ってたのは…」


「そう。だったんだよ」


 すべてを話し終えたミズは、どこかすっきりしたような表情だった。

 彼女は最後に少しだけ自嘲するような表情を浮かべると、こう締め括った。

「ごめん。今まで騙してて。あたしには勇気が足りなかったんだ」

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