第35話 悲しみを乗り越えて2

【由香子】

         1

「なかなか面白かったね」

「ふむん。なかなかエロエロだった」

 この子はそこにしか興味ないんかね。

 まったく…。

 でもまあ、確かにヤバかった。

 ウチ、めっちゃよだれ垂らしながら見ちゃってたし。…って、別に変態的な意味じゃなくて、あくまでウチの悪癖あくへきのせいだからね!

「隣がミズでも、ちょっと気まずかったくらいだよ。ゴールデンタイムにテレビでやっても、お茶の間では見られないわ…」

「うはは。確かに気まず過ぎる罠。でも、ゴールデンでやるときはヤバイとこはカットされてるのだぜ」

 そうでした…。

 それなら安心して家族揃って見られるね!

 でも………。

 うーん。

 なんだろう、このモヤモヤは―――。

「それはそれで、なんか物足りないような気がする…」

「んまぁ~、ゆかっぺったらエロいザマス」

「ミズにだけは言われたくないザマス」

「ちげーねー(違いない)」

 そんなどーしょもない感想を言い合いながら館内が空くまで少し待った。

 ロビーに戻るとミズが記念にキーホルダーを買うと言い出した。

 ウチは「先に出て待ってる」とミズに伝えて出口へと向かった。

 ―――ぱちん。

 携帯を開くと充電は満タンだった。

 友達からメールが届いている。

『聞いてよ! まーくんのお母さんって、あたしと同じ名前なんだって! しかも漢字まで一緒! マジヤバい(笑)』

 付き合って四年になる彼氏まーくんに今日初めて聞かされたらしい。

 心底どうでもいい…。

 時間あるし、返信しとこう。

 ウチは映画館に出入りする人の邪魔にならない場所に移動しようと、歩きながら返事を打っていた。

 と、そのとき―――

 前から来た誰かとぶつかってしまう。

 歩きスマホはやめましょう。

 もちろん、歩きガラケーもね。てへっ。

 ウチが反射的に謝るのと、その男の人が謝るのは、ほぼ同時だった。

「ごめんなさい。ウチ、よそ見してて」

「すいません。急いでたので」


         ※

 声の印象から若そうだと思った。

 高校生くらいだろうか。

 なんにしても、怖い感じの人じゃなくてよかった…。

 その男の子はふたの開いたジュースの缶を持っていて、今の衝撃で中身が少し手や鞄などにかかってしまったようだ。

 ウチの視線に気づいた彼は「ああ、気にしないでいいですよ」と言ってくれた。

 でもそう言われても、気にしないわけにはいかない…。

 本当ならクリーニング代くらいは出させてほしいくらいだけど、

「あの、よかったらこれ…」

 とりあえず、ハンカチを差し出した。

 あっ。ヤバ。このハンカチは映画のときに垂れたよだれを拭いたやつだ。

 …別のを出さなきゃ。

 こんなこともあろうかと、ハンカチはいつも二枚常備しているのだ。

 偉いぞ、ウチ。

「あ、ちょっとごめんなさい。こっちじゃなくて…」

 がさ…ごそ…

 あれ…。

 そう言えば。

 今日はいっぱいよだれ垂らしたから、もう一枚も使っちゃってた…。

 もう駄目だ。お終いだ。

 このままこのハンカチを貸して、「なんか変な臭いがするな」とか思われるんだ。

 そんなの(おそらく)年上の女性として恥ずかし過ぎる…。

 どうせなら「フローラルな香りがする。大人の女性って素敵だな」って思われたかった…。

 ウチの馬鹿あほ。

 嗚呼ッ、どうしよう―――

 そんな心配は彼の「ポケットティッシュ持ってますから」と言う一言で杞憂きゆうに終わった。

 ポケティで手を拭っている男性の顔を失礼にならない程度によく見てみる。

 なんとなく似てるかも…。

「浩一……」

 思わず、二年以上も前に亡くなった親友の名前を口に出していた―――。

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