第26話 目撃

【由香子】

         1

 今日も無事に仕事を終えたウチは家路を歩いていた。

 この道の途中には浩一の家がある。

 ご近所さんなんだから当然だ。

 一日に二回(朝の通勤時と夕方の帰宅時)彼の家の庭にある置物を見るのがウチの日課の一つだったりする。

 そのへんてこな置物には、仕事に行きたくない憂鬱な気分と、一日の疲れを癒やす不思議な力がある。…あるの!

 ほどなくして浩一の家、そしてその先に我が小林家が見えてきた。

 ―――ん?

 浩一の家の前に人がいる。

 あの後ろ姿は紛れもなく浩一だ。

 多少距離があっても見間違えるはずがない。

 小さく手を振っているのが見て取れた。

 誰かお客さんでも来てたのかな?

 ひょっとして…!

 ウチは浩一の視線が向けられている方を見た。


 そこには―――誰も、いなかった。


         2

「嘘…」

 そんな―――

 ウチはゆっくりと浩一に近づいていく。

 浩一は正面を向いたままでこちらに気づかない。

 やがて浩一のすぐ真後ろまで来た。

 それでも浩一がウチの存在に気づくことはなかった。

 …やっぱり小さく手を振っている。

 顔は見えなくても、浩一が、はにかむように笑顔を浮かべていることは想像に難くない。

 ウチは堪らず声をかけた。

「ねぇ…」

 一瞬ビクッとなった浩一はゆっくりとこちらを向いた。

 ひどく動揺しているようだった。

 見られたと思ったのだろう―――

 でも安心して。浩一。

 ウチは何も見なかったから。

 ううん。違う。

 から―――。

 ねぇ。浩一…? どういうことなの?

 なんなの。これ。

自分家こんなところに突っ立って…何…してるの?」

 明らかに狼狽うろたえている様子の浩一は「あ、いや…」と言葉に詰まった。

 でも直ぐにその表情に余裕が戻る。

 ウチがミーハー丸出しで「あの子、誰なの?」などと問い詰めなかったものだから、見られずに済んだと思ったのだろう。

 浩一は「友達を見送っていた」と言った。

 だけどその言い分には無理がある…。

 昔からの友達はみんな、今は地元に住んでいない。

 そして浩一は仕事とプライベートをきっちり分けているので、職場の人間を「友達」とは呼ばない。

 だから大人になってからは一度もそんなことなかったじゃん…。

 バレバレだよ。浩一。

 もう少しまともな嘘はつけなかったの?

 百歩譲って、それが本当のことだったとしてもさ…


 その「友達」はなんだよ…


 ウチは悔しくて堪らなかった。

 浩一が誰とどんな付き合いをしていたって別に構わない。

 ウチに意見を言う権利も資格もないってことは分かってる。

 でも。

 そう思っていても。

 幼馴染みであり、大切な友人でもある人が、架空の人間にヘラヘラしているのかと思うと無性に腹立たしかった。

「そう…」

 言いたいことや聞きたいことは山ほどあるのに何も言えなかった…。

 ウチはそのまま家に帰った。

 浩一と顔を合わせていたくなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます