第25話 神崎家

【浩一】

         1

 黛麻友が僕の家に来たいと言い出したのは映画を見に行った翌日のことだった。

 その日も裏山の例の場所でとりとめのない話に花を咲かせていた。

 わざわざ持参したパンフレットを片手に、いつになく熱い口調で映画を絶賛していた黛麻友が印象的だった。

「ねぇねぇ、コウくん。わたし、コウくんのお家に行きたいよっ! えへん☆」

「な、何…。藪から棒に…」

「お庭にあるっていう置物が見たいんだよっ! ほら、前に話してくれたじゃない?」

 確かに話した。

 彼女が着ている服にいつもプリントされているような、変な動物の置物が僕ん家の庭にあることを。

「あー、あれね。確かに君が好きそうな置物だと思うけど、家に来るなんて駄目に決まってるでしょ」

「えーっ、なんでよぅ。ぶぅぶぅ」

 なんでじゃないよぅ。ぶぅぶぅ。

「普通に考えたら、彼女でもない女の子を家にあげるとか…駄目でしょ」

「あげてくれなくてもいいからっ。お庭見せてくれたら満足だからっ」

「そうは言っても…」

 でも待てよ。

 仮にここで上手く断れたとしても、黛麻友はいつまでも言い続けるだろう。

 それにもし尾行でもされたら(黛麻友ならやりかねない…)もっと厄介だ。

「…分かったよ」

「本当っ!? やったぁ☆」

「ただし置物を見せるだけだよ? 家の中には絶対に入れないからね? それと、見たらすぐ帰ること。それが条件」

「うんうん。それで十分だよっ! コウくん、ありがとーっ☆」

 例にならって体育座りをしていた黛麻友が立ち上がり、満面の笑みを見せた。

「思い立ったが吉日―――」「じゃないよ。まったく」

 さすがに止めに入った。

「えーっ、なんでよぅ。ぶぅぶぅ」

 だから、なんでじゃないよぅ。ぶぅぶぅ。

「今からだと母さんと妹が帰っててもおかしくないんだ」

 言ってから「しまった」と思った。

「そっかぁ。じゃあ、明日ならいい?」

 あれ?

 てっきり「妹に会わせろ」とか言われると思ったのに…

「さすがに急すぎるし、もう少しだけ待って。そのうち連れて行くことは約束するから」

「うん。おっけー。じゃあ、楽しみに待ってるね!」

「………」

「今からわくわくだよっ☆」


 きっと、変に勘ぐられるのが面倒だから、ごねなかったんだろうな…


         2

 そして一週間後。

 黛麻友が家にやってきた。

 数日前から家族にバレない程度にこっそりと片づけていた庭はいつもより少しだけ小綺麗になっている。

 黛麻友はいくつかある変な置物のうち、ワニの置物をいたく気に入ったらしく、

「なにこれ可愛い!」を連呼していた。

 それなのに写メの一つも撮ろうとはしなかった。スマホを取り出す素振りすらなかった。

 黛麻友はおそらく携帯電話のたぐいを持っていないのだ。

 前々から「ひょっとしたら…」とは思っていたけど、それが今日、ほぼ確信に変わった。

 ひとしきり騒いで満足した様子の黛麻友が帰ることになったのは、僕が「そろそろ誰か帰ってくるかも」とひやひやし始めた頃だった。

「じゃあ、またねーっ」

 ぶんぶんと手を振る黛麻友。

「うん。また」

 僕は小さく、本当に小さく、手を振り返した。

 彼女がT字路を折れて姿が見えなくなった後も、僕はその場に立ち尽くしていた。

 今にもひょっこりと顔を覗かせるんじゃないかと期待しても、そんなことは起きなかった。

 気がつくと僕はまだ無意識に手を振っていた…。

 もうすぐ日が暮れるというのにひぐらしの声は聞こえなかった。

「ねぇ…」

 突然背後から声をかけられ、僕は一瞬ビクッとなってしまった。

 でもそこに誰がいるのかは声で分かった。

 動揺を悟られないように意識しながらゆっくりと振り返る。

「ゆか…」

 見られてた…のだろうか?

 ゆかに黛麻友を見られるのは親に見られるよりもずっと嫌だ。

 余計なお節介をしてくるに決まっているからだ。

自分家こんなところに突っ立って…何…してるの?」

「あ、いや…」

 どうやらセーフのようだ。

 すっかり安心した僕は、つい、咄嗟に適当なことを言ってしまう。

「ここまで友達と帰りが一緒になったから見送ってたんだよ」

 自分で言ってて胡散臭いことこの上ない。

 ゆかも思いっ切り怪訝そうな顔をしている…。

「そう…」

 それだけ残してゆかは行ってしまった。

 何か言われるんじゃないかと身構えた自分が馬鹿みたいだ。

 去り際にひどく辛そうな顔をしたように見えたのは、たぶん、気のせいだろう―――

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