第20話 ハンバーガーとドーナツ

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 僕たちは映画館と隣接しているショッピングモールのフードコートでハンバーガーを食べていた。

 二人してテリヤキバーガーを頼んだ。

 僕はこれが一番好きだ。

 黛麻友に何バーガーが好きかを訪ねると、なんと、彼女はファストフード店を利用するのが初めてらしい。

 それで僕と同じものを注文した。

 黛麻友の「ポップコーン以外」という幅広すぎる要望に僕は「ハンバーガーなんかどう?」と聞いた。

 すると黛麻友はまるで夢にまで見ていた願いごとが、ふいに叶ってしまったと言わんばかりに喜んだ。

 それはもう、今にも泣き出すんじゃないかと思うほどの喜び方だった。

 さすがにその反応は大げさ過ぎるだろうと思ったけど、事情を知った今ならば、分からなくもない。

「うはぁー。ハンバーガーって食べるの難しいんだねー」

「そう…だっけ」

 先に食べ終えてしまった僕は「れもおいひぃ(でも美味しい)」とハンバーガーを頬張る黛麻友を見ていた。

 …なかなかの悪戦苦闘っぷりだ。

 一番美味しい部分(つまりタレ)が、ほとんど包み紙の下の方に流れてしまっている。

 家で食べているのなら舐め取ってしまうのも“あり”だけど、ここではそうもいくまい…。

 手と口の周りがべちょべちょだ。

 思わず「子供かよ」とツッコみたくなるくらいに。

 自分が初めてハンバーガー―――確かチーズバーガーだった、を食べたときはこんなに苦戦しなかった。…たぶん。

 もちゃもちゃと美味しそうに咀嚼そしゃくしている黛麻友が、なんだか、やけに微笑ましく思えた。

 やがて彼女がテリヤキバーガーを平らげると、僕は席を立ち、言った。

「お手洗いのついでにゴミとか片づけてくるよ」

「あ、うん。ありがとう」


         ※

 席へ戻ると、テリヤキバーガーの味とボリュームにすっかり満足したという表情の黛麻友が、手に一枚の紙(何かのチラシみたいだ)を持って眺めていた。

「お待たせ」

「おかえりー。ねぇ、コウくん、これ見て」

 そう言って彼女が見せてきたのは、やはりチラシだった。なになに。

『人気のドーナツが今だけ百円!』

 うげ。すぐそこのドーナツ屋のチラシじゃないか。

 実はこのフードコートは、近くにドーナツ屋があるのが最大のマイナスポイントなのだ。

 僕はドーナツ屋にはできるだけ近寄りたくない。トイレへの往復も、きっちり迂回した。

 なのに、なんでこの子はこんなものを持ってるんだ…。

「このチラシ、どうしたの?」

「店員のおねえさんが置いていったの。すぐそこだから是非どうぞって」

 店員のおねえさんめ、なかなか余計なことをしてくれる。

 いや、まぁ、お店の宣伝もおねえさんの大事な仕事だってことは分かるけどさ…。

「僕は遠慮するって先に言っておくよ」

「えーっ、なんでー?」

「えっと…実は苦手なんだ。ドーナツ」

「へぇー、そうなんだ。…なんか珍しいね。ドーナツの何が駄目なの?」

「見た目も。味も。食感も。とにかく全部。あの甘ったるい匂いを嗅いでるだけで気持ち悪くなっちゃうくらいなんだ」

「そっかぁ。それは残念…」

「食べたいなら、一人で行ってきてもいいよ? 僕はここで待ってるからさ」

「うーん。じゃあ、お言葉に甘えて、家で食べる用に買ってこよっかな。…あっ、でも持ち歩いてたら匂っちゃうかな…」

「それくらいなら大丈夫だと思う」

「…そう? コウくんがそう言うなら…。でも、もし駄目そうだったら遠慮しないですぐに言ってね?」

「おっけー。まぁ、きっと大丈夫だよ」

「それじゃあ、ちょっと行ってくるね。今度はいなくならないでね?」

「りょーかい。りょーかい。いってらっしゃい」

 ほどなくして、

 ほくほく顔でレシートを眺めながら戻ってきた黛麻友は、にこにこ―――と言うより、ニヤニヤって感じの笑みを浮かべていて、いやに上機嫌だった。

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