第14話 健康診断の日

【瑞希】

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「ふぅ―――」

 結構疲れた。…まだ十時なのに。

 普段とは違う環境での業務だからかな。

 年に二回あるとは言っても、なかなか慣れるものじゃないのかもしれない。

 あたしが勤めている診療所は、小さくて、そんなに忙しいことがないから余計にそう感じるんだろうな…。

 健康診断の当日、十時休憩の時間。

 休憩室としてあてがわれた部屋であたしはそんなことを思っていた。

 部屋の中央に置かれた、こぢんまりとしたテーブルで絶賛ほおづえ中。

 他にこの部屋にあるものと言えば、入り口側から見て正面の壁に窓が一つ。右に簡単な造りのシンク。そして左の壁際にいくつかのロッカー。だけ。実にシンプル。

 今日は(毎回のことだから、今日か)朝八時から受診受付の予定だったんだけど、その一時間前には、十人以上のお年寄りが公民館の入り口に待機していた。

 そのため三十分ほど前倒しして受付業務が始まった。

 朝早くからたくさんの人が足を運んでくれるのは本当にありがたいことだと思う。

 病気を早期発見できるのはもちろん、自分が健康なことを知れば安心にも繋がる。

 だから損するようなことはまずない。

 本当はもっと若い人たちにも受診してもらいたいと思う。

 でもなかなかそうはいかないのが現実なわけで…。

 今回も(今のところ)若い人の姿は皆無と言っていい状況だった。

 由香子は今日もインターって言ってた。

 いくらセールだからって、先週行ったばかりなのに難儀なものだと思う。

「四条さん、ロッカーの中でスマホが鳴ってるみたいよぉ?」

 ロッカーの所で鏡とにらめっこをしていた先輩看護師の茶野ちゃのさんが教えてくれた。

 彼女は同じ診療所で働く頼れるおねーさん的存在の先輩で、フルネームは茶野ちゃのともえさん。

 今日一日、一緒に業務に当たってくれている。

 あたしはこの人が大好きだ。

 おっとりした性格と少しゆっくりめな話し方には、いつも癒やされている。

 あたしより二つも年上とは思えないほど可愛らしいルックスなのに、程好くふくよかな体型と豊満なバストには、決していやらしくはない色気と妙な艶っぽさがあるんだ。

 それらの特徴から思い浮かべる、あたしの中の茶野巴という人のイメージは『マシュマロのような人』。

 そんな茶野先輩には付き合って五年ほどになる彼氏さんがいる。

 他の先輩から聞いた話では、とても素敵な彼氏さんだそうで、結婚まで秒読み段階という噂もある。

 …羨ましい。

 茶野先輩の夫になる人が。

 女のあたしですらそう思うのだから、きっと男性陣はもっと羨むんだろうな。

 着信のことを教えてくれた先輩にお礼を言いながらロッカーへ向かうと、確かにスマホのバイブ音が聞こえる。

 ロッカーを開けずとも、誰からの着信なのかは予想がついていた。

 それでも先輩の手前、一応確認してみると、やはり思っていた通りの名前が表示されている。

 あたしはスマホを戻した。

「あれ? 出なくてもいいの?」

「ええ」

「もしかして私がいるとマズかったかな?」

「あ、いえ、そういうんじゃないですよ? 単に出なくていい番号だっただけです」

「出なくていい番号って…。まさかイタズラ電話とか? 実は私も少し前にあったの、無言電話。四条さんも?」

「無言電話ではないです…。でもまぁ、似たようなものですかね…」

「そんなの着信拒否にしちゃえばいいじゃない」

「それが、そういうわけにもいかなくて…すいません」

「どうして四条さんが謝るのよ。それよりも、私の方こそごめんなさいね。変に詮索しちゃって。事情があるとは知らなかったものだから…」

「いえ。いいんです。もし茶野先輩があたしみたいな行動してたら、あたしだって気になりますし」

「もし何かあったら遠慮なく相談してね。力になれるかは分からないけど、話くらいは聞いてあげられるからね?」

「そう言ってもらえると心強いです」


 でも、


 これはあたしと由香子、

 そして浩一の問題だ。


「さて、そろそろ休憩も終わりね」

 茶野先輩がウインクを寄越してきた。

「この後もしっかり働いてもらうわよ。よろしくね、四条さん」

「はい。この後もよろしくお願いします、先輩」

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