第11話 あの話

【浩一】

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「でさ、コウくん…。あの話、考えておいてくれた?」

 今日は挨拶もそこそこに“あの話”について切り出された。

 ドヤ顔「えへん☆」すらない。

 僕は彼女の視線を正面から受け止めた。

 こうして改めて見ると、やはり整った顔立ちだと思う。

 はっきり言って、めちゃくちゃ美人だ。

 今日の彼女は相変わらず無難な服装。

 ただ、Tシャツに描かれた変な鳥のTシャツが目を引く。らっきょうみたいな形の羽が生えていて、くちばしからは「うっぷるっぷ」という鳴き声らしきものが伸びていた…。

 そんな『服装の残念さが愛くるしい少女』に僕は言った。

「あの話なんて知らないんだけど…」

 うん。全く記憶にない。

 今さっき黛麻友が咄嗟に考えたものだろうから当然である。

「コウくん、ノリが悪いぞぅ。ぶぅぶぅ」

「君とノリの良さだけで会話してたら、何があるか分かったものじゃないからね」

 黛麻友の「猫のきまぐれ」に振り回されるのは面白いと思っている。

 でも限度ってものはある。

「むむむ。コウくんもやるようになったね」

「で、用件はなんなの? 何か言いたいことでもあるんでしょ?」

 黛麻友が「あわわ」だか「はわわ」だか言いながら、あからさまにテンパり出した。

 ほっぺたと耳の辺りが少し紅潮しているように、見えなくも、ない。

 何か言いたいことがあるのは間違いなさそうだ…。

 しばらく様子をうかがっていると、やがて落ち着きを取り戻した黛麻友が、こんなことを言ってきた。

「見たい映画があって…。今度の週末にでも、一緒に、ど、どう? …ですか?」

 なんで敬語。

 しかも後半は声が小さくてよく聞こえなかったし。

 て言うか、二人で遊びに出かけたことは何回かあるのに、なんで今更、たかが映画に誘うくらいのことで恥ずかしがるんだろう…。

 まぁ、僕からすれば、今までは「誘われる」と言うよりも「半ば強引に連れて行かれる」みたいな感じだった。

 でもその違いが原因でここまで黛麻友の態度がおかしくなるとは考えにくい。

 例えば、

 気になる異性がいたとして、その人とお近づきになりたくて映画に誘うとする。

 それはデートに誘うということに他ならない。

 多くの人はそれなりの度胸のようなものを要すると思うし、恥ずかしくてなかなか言い出せなかったり、緊張してテンパったりするのも頷ける。

 年頃の男女が二人だけで映画を見に行くというシチュエーションは大抵の場合、デートと呼べるものではないだろうか。

 僕の感覚ではそうだ。

 でも、

 僕と黛麻友の場合は

 僕たちの間に恋愛感情なんてないのだから。

 


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 黛麻友との出会いから既に二ヶ月が経過している。

 その間に彼女と交わした様々な会話の中で、ある意味、最も二人の距離が近づいたのが恋愛に関する話だった。

 …僕はそう思っている。

 ここでは詳細は省くけど、僕たちはそれぞれ過去に恋愛で苦い経験をしている。

 それを二人とも未だに引きずっていて、新しい恋に対しては消極的なのだ。

 あの日、黛麻友が恋愛の話を始めたとき、僕は正直、辟易へきえきした。

 恋愛なんてもう懲り懲りだと思っていたし(今でも思っている)、例え他人事だとしても一切関わりたくなかったから。

 まして惚気話のろけばなしなんてまっぴらごめんだ。

 黛麻友は少し変わり者で、服のセンスも残念だけれど、それを差し引いても余りあるくらいの美人だと思うし、素直で真っ直ぐな性格の持ち主だとも思っている。

 だからこのとき、僕は、彼女には当然のように恋人がいるのだと思っていた。

 少し考えれば、そんな女の子が裏山こんなところに一人で遊びに来るわけがないということは明白なのに…。

 黛麻友が語ったのは過去に一人だけいたという恋人の話だった。

 相手の好きだったところや、楽しかった出来事などの惚気話みたいな部分も確かにあった―――

 でも途中からは雲行きが怪しくなり、最後は、これなら惚気話を聞かされる方がマシだと思うほどの最悪の破局を迎えた。

「なんか、つまんない話しちゃって、ゴメンね…」

 話はそのように締め括られた。

 それは紛れもなく、彼女が過去に負った心の傷の話だった―――。

 いつもころころと表情を変える『猫のような女の子』が、このとき、どんな顔をしていたのか…。

 それを確かめる勇気は僕にはなかった。

 隣で体育座りをしている少女の方を見ることすらできず、僕は独り言のように自分が過去に負った心の傷のことを話し始めた。

 黛麻友のそれと比べたら、ひどくちっぽけな内容だと自分でも思った。

 それでも彼女は黙って僕の話を最後まで聞いてくれた。

 次に会ったときには、お互い、何事もなかったように普通だった。

 それでも僕たちの間には今までと少し違う信頼感のようなものが確かにあった。

 今、二人がこうして「異性」を意識せずに、ちょうどいい距離感でいられるのは、きっと、そのお陰だ。

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