第8話 神社

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 ある日のこと。

 突然、黛麻友が言った。

「そうだ、神社に行こう!」

 会話の流れをぶった切った、まったく脈絡みゃくらくのない発言だった。

 彼女との会話ではよくあることだ。

 どこかで聞いたことあるフレーズなのは、この際捨て置こう。

「よっこい、しょーいち」とか言いながら立ち上がった黛麻友は、おしりをバシバシと叩いて草を払い落とし、

「思い立ったが吉日。だねっ! えへん☆」

 と満面の笑みを見せた。


         ※

 数十分後。

 駅から大通りをまっすぐ進んだところにある神社の境内に僕はいた。

 両手にはポリエチレン製のゴミ袋。中には拾い集めたゴミが入っている。

 粗方のゴミを拾い終えた僕は黛麻友が戻ってくるのを待っていた。

 ほどなくして、なんだかとてもご機嫌そうな黛麻友が駆けてきた。

 その手には僕と同じようにゴミ袋が二つ。

「見て見てコウくん! こんなに拾ったよ! …って、コウくんも結構やるなぁ!」

「いざ拾い始めてみると結構落ちてるもんだね」

「ほんとだよ! もうっ! なんでみんな平気でその辺に捨てられるんだろっ!」

「でも案外楽しかったかも。綺麗になっていく実感があってさ」

「うんうん。ゴミが落ちてることはほんとに悲しいことだけど、拾い甲斐はあったよね」

「中学の野外活動でやったゴミ拾いも、もっと真面目にやっとけば良かったって思ったよ」

「えぇーっ! コウくん野外活動、真面目にやらなかったの? 不真面目なんだぁ! 不良だ、不良!」

 黛麻友は今日も忙しそうに笑ったり怒ったりしている。疲れたりしないんだろうか…。

「ところでさ、お参りしに来たんじゃなかったっけ? なのになんでゴミ拾い?」

 ちなみに、来る途中に立ち寄った百均でゴミ袋を買ったらしい。

 そして神社に着いた直後に「コウくんはここで待ってて」と、一人で社務所に向かったときに、境内と敷地の周りのゴミ拾いをする許可を取ったようだ。

 本来の目的は参拝だったはずなのに、突然ゴミ拾いをすることになれば、疑問に思うのは当然だろう。

「んとね、神様に少しでも気持ちを伝えたいから。だよ」

「えっと…僕の察しが悪いのかな。どうしてそれがゴミ拾いに繋がるの?」

「あ、うん。ごめんね。さすがに説明不足だよね」

「なんか口では説明しづらいんだよね」と前置きをしてから、黛麻友は話してくれた。

「お賽銭だけじゃ足りない気がしたの。何か別のことでも気持ちを示したいなって」

 賽銭だけじゃ足りないなんてことは決してないと思う。高額の方がいいというものでもないし。

 でも個人的には好感が持てる話だった。

 そんな風に考える人もいるんだなと関心してしまったくらいだ。

「それで境内のゴミ拾い…ね」

「だ、だって、他に思いつかなかったんだもん!」

「まぁ、ちゃんと許可は取ったんだし、君が納得できたのなら、それでいいんじゃない?」

 そこまでして神様に伝えたいことがなんなのか―――

 気にならないと言えば嘘になる。

 だけど、それを聞くような野暮な真似はしない。彼女の方から「ねぇ、聞きたい? どうしてもって言うなら教えてあげてもいいよ?」などと言ってこない限りは。

 だから適当に茶化しておこう。

「図々しいお願いでもするつもりなの?」

「違うよー。コウくん失礼だぞぅ!」

 ぶぅぶぅと膨れる黛麻友はどこか楽しげに見えた。

 きっとこれで良かったのだろう。

「とりあえず、集めたゴミを社務所に持って行こうよ。そういう約束になってるんでしょ?」

「あ、うん。そうそう。じゃあ、行こっか」


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 神社の敷地を離れ、僕たちは夕陽に染まる大通りを肩を並べて歩いていた。

 社務所では「こんな若者がいるなんて感心だ」とか「また是非お願いしたい」とか「今度は遊びにいらっしゃい」といった具合で、それはそれは感謝された。

「神前式は是非うちで挙げなさい」

 神主さんが満面の笑みでそう言いながら、お駄賃に、ちょっと高級そうな和菓子を持たせてくれた。

 にこにこと嬉しそうに歩きながらポシェットにお菓子をしまっている黛麻友を見る。

 頬に赤みが差しているのは、たぶん、夕陽のせいだけではない。

「ねぇ」

「んー?」

「君のことをとやかく言える立場でもないんだけどさ…」

「うん」

「どうしてさっき、僕たちが恋人じゃないってこと、言わなかったの?」

 どこかでひぐらしが鳴いている。

 その鳴き声は美しくも、どこか、もの悲しい。

「だって、神主さんたち、あんなに喜んでくれてたし、わざわざ水を差すようなことは言わなくてもいいかなって」

 彼女がそう思うのであれば、僕は特に異存はない。

「神様も少しは喜んでくれたかなぁ…」

 境内の掃除をした上にあれだけ熱心に参拝したのだから、神様だってきっと喜んでいるよ…。

 そうフォローしようとして、

 やっぱり止めておいた。

「わたしのお願い事はぜぇぇぇーったい教えないけど、コウくんはどんなお願いをしたの?」

「そんな聞き方されて教えるわけないよね」

「えーっ、けちーっ」

「いや、けちじゃないでしょ。君の質問の仕方がおかしいだけでしょ」

「でもコウくんのことだから、周りのみんなが不幸になりませんように、とかじゃないかなぁ…」

「うっ…さ、さあね」

「やっぱりそうだ! だって今、「うっ…」って言ったもん! あはは。わたしって鋭いねっ! えへん☆」

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