第2話 出会い

【浩一】

         1

「裏山」という通称で呼ばれているこの小高い丘は僕のお気に入りの場所だ。

 木が生い茂っている他には何もないけれど、少し奥まった所に開けた空間があって、ちょっとした休憩スペースがある。

 簡単な日差しよけ(兼雨よけ)とベンチがあるだけの本当にシンプルな憩いの場だ。

 でもその存在を知る人はあまりいない。

 いや、知っていても訪れるような用事がないだけかもしれないな…。

 とにかく、いつ来ても閑散かんさんとしている。

 そのお陰で僕の趣味である読書をするのにはとてもいい環境となっている。

 僕は周りの雑音が気になると読書に集中できないタイプだ。

 その点、ここは街から少し離れているので静かだし、周りに気を遣う必要もない。

 心なしか空気も綺麗な気がする。

 緑が豊かだからだろう。

 風で揺れた枝葉から聞こえるかさかさという音や、鳥たちのさえずりを聞きながら本を読んでいると、つい時間を忘れて没頭してしまう。

 平日はさすがに毎日来ることはできない。

 それでも週末は結構な確率で訪れているから、平均すると週一以上のペースにはなるんじゃないだろうか。

 そんなことを言いつつも、この“僕だけの読書スペース”に来るのは、実は約半年ぶりくらいになる。


 ―――まぁ、色々と事情があってさ。


 さて、久しぶりに本の世界にどっぷりと浸かりますかね。

 そうして僕は読書に没頭するのだった。


         2

「ふぅ…」

 切りの良い場面まで読み進んだところで一息入れようと大きく伸びをした。

「う、うぅぅぅぅーんっ」

 体中がぽきっ、ぱきっ、にゃっ、と音を立てた。

 ―――んっ?

 にゃっ?

 今、にゃって聞こえたぞ?

 はっとなって辺りを見回してみると、いつからそこにいたのか、一匹の黒猫がいた。

 休憩スペースを取り囲む木の間に行儀よくちょこんと座り、何か言いたげな顔でこっちを見ている。

 首輪などはつけていないから野良猫だろうか…。

 いや、それにしてはとても綺麗だ。

 飼い猫だったとしてもおかしくはない。

 …たぶん、めす

 はっきり言って、僕は大の猫好きだ。

「成猫であれば見ただけである程度の判別ができる」というのが僕の自称・特技なのである。

「お前が「にゃっ」の犯人だってことは分かってるんだぞ、ジジ」

 黒猫を見ると僕はつい、そう呼びたくなってしまう。

 猫はツンとそっぽを向いて林の奥へと行ってしまった。

“あのアニメ映画”に出てくるジジは雄猫だから、その名前で呼ばれたことが不服だったのかもしれない。

「あっ! 待って! 悪かった、悪かったってば!」

 僕は慌てて立ち上がり黒猫の後を追った。


         ※

 黒猫はどんどん先に行ってしまう。

 でもモコモコと歩く後ろ姿は心なしか楽しそうに見える。

 足取りも軽いし、尻尾もピンと立っている。

 どうやら先ほどの件で機嫌を損ねたわけではなさそうだ。

 この黒猫、実は僕をどこか不思議な異世界へと誘うためにやって来た案内人(案内猫)かもしれない―――。

 そんな一抹の期待を込めた空想をしながらも、その実、“彼女”を追いかけるのに必死だった。

 生い茂る木々の間をぴょこぴょんと軽快に進む猫。

 その歩みはまるでここら一帯の地形を知り尽くしているかのように迷いがない。

 一方、普段から体を動かすこととは無縁の僕は木を避けながら歩くだけで精一杯だ。

 何度も枝に服を引っかけたり、根っこに足を取られて転びそうになった。

 それでもなんとか置いて行かれないように努めたのだけど……

 遂に見失ってしまった。

「はぁ…」

 ため息が漏れる。

 自分の行動が無駄に終わると、急に疲れが押し寄せてくるから不思議だ…。

「折角だし、このまま散策でもしてみるか…」

 さっきの黒猫にまた会えるかもしれないし、新しい読書スペースが見つかる可能性だってある。

 何もなかったとしても…まぁ、気分転換にでもなれば上出来だろう。


         ※

 結局、黒猫との再会は叶わなかった。

 新たな読書スペースも見つからなかった。

 ただ、気分転換くらいにはなった…かもしれない。

「そろそろ引き返すか…」

 そう思い始めたとき、それまで視界に広がっていた木々がふいに途切れた。

 そこには七~八畳ほどの開けた空間が広がっていて。


 そして見つけたのである。


 中央に佇む一人の少女を。

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