【第268話】今、何と言ったの?
シリューがエリアスと話しを始めた同じ頃。
登録手続きを終えたハーティアが、ミリアムと一緒にギルドのレストハウスでくつろいでいるところへ若い冒険者たちが五人、無遠慮な靴音を鳴らしながら入って来た。
ハーティアはちらりと目を向けるが、見覚えのない顔ばかりということは、王都にやってきて間もない連中なのだろう。
ずかずかと受付に進んだ男の一人が、わざとらしく派手な音を立てて鞄をカウンターに下ろし、端にあったベルを三度四度としつこいほど鳴らした。
「あ、ああ、これは、ゼスターさん。お帰りなさい、もうクエストを完遂されたんですか? たしか、グロムレパード5体の討伐でしたよね?」
ベルの音に飛び出してきた受付嬢が事務的な笑顔で尋ねると、ゼスターと呼ばれた男はあからさまに人を見下す態度で肩を竦める。
「おいおい、誰に向かって言ってんだよ。たかがグロムレパード程度、俺たちにとっちゃウサギを狩るのと変わんねえ」
「なにせ
「もう少し早く来てれば、王都に出たっていう災害級だって倒してやったのにな」
「それはそれは、とても心強いですね」
聞いてもいない自慢話を始める男たちにも、受付嬢は愛想笑いを崩さない。
「半年……いや、今まで数えたらキリがないほど修羅場をくぐってきた俺たちだ。三月もあればBクラスは当然、来年の今頃はAクラスに上がってるだろうな」
「素晴らしいですね。そうなればギルド始まって以来の驚異的な早さの昇格です。是非頑張ってください」
本来ならば、調子に乗り過ぎないよう諫めるものだろうが、どうやら彼女にそんな考えはないようだ。
若手のホープを自称する者は多い。若い冒険者のほとんどがそうだと言えるだろう。
その全員に、いちいち真剣な対応をしていたのではキリがない、と彼女が思っていたとしても不思議ではなかった。
本当に実力も運もある者ならば自から過ちを修正し、その結果生き残って結果を残すものであり、そうでない者は淘汰される。
それが冒険者という稼業だ。
この若者たちがどちらなのか、彼女は冷静に見ているのかもしれない。
ただ、自信過剰な連中を必要以上に煽るのはいかがなものかと、ハーティアはうんざりした目で受付嬢を一瞥した。
「へえ、さすがは王都、冒険者はしょぼいが、けっこういい女がいるじゃねえか」
調子に乗った男たちがハーティアたちを見つけ、不躾に声をかけてきたのだ。
「お前ら、二人とも魔法使いか?」
身なりはそれなりに良いし実力もそこそこはあるのだろうが、人に対する礼儀はわきまえていないらしい。
「そうよ、だから何なの」
僅かに嫌悪感を滲ませて、ハーティアは声を掛けてきたゼスターを睨む。が、男たちはまったく気にする様子も見せず勝手に話を続ける。
「今の時間ここにいるってことは、どこのクランにも入ってない逸れだろ?」
どうやらこの男、まったく空気が読めない、もしくは空気を読まない輩のようだ。
「答える必要も義務もないわ」
「人を待ってますので、構わないでもらえますか」
ハーティアもミリアムも、うんざりした顔で肩を竦める。
「へえ、俺たちを相手に、なかなかの度胸だな。気に入ったぜお前ら、俺たちのクランに入れよ。お前らが本当に使えるやつなら、相応の待遇を与えてやるし、俺の女にしてやってもいいぜ」
どこまでも自分勝手で傲慢な男だ。
「間に合っているわ」
ハーティアはそう言って立ち上がるとミリアムの手を取り、「行きましょう」と一言だけ声を掛け連れだってギルドを出た。
お互い名前を呼ばなかったのは、見知らぬ男たちにわざわざ教える必要はないからだ。
「ちょっと待ちな」
残念なことに、それで終わってはくれないらしい。
ゼスターたちはハーティアとミリアムの後を追ってギルドから飛び出し、行く手を遮るように取り囲む。
「何? クランの話ならお断りよ」
「おいおい、本気か? こんなチャンス滅多にないんだぜ」
ゼスターの一言をきっかけに、ほかのメンバーたちが一斉に捲し立てる。
「さっきの話は聞こえてたろ? 俺らは新進気鋭のクラン『炎戦の刃』だ。ケレスバレンじゃ知らないやつはいない、期待の星ってとこだ」
「実際、結成からたったの半年でCランクだからな。俺たちのクランに入りたがるヤツは多いが、二流三流はお呼びじゃない」
「ま、そんな半端なヤツじゃ、俺たちについても来れないけどな」
ハーティアもミリアムも面倒事を避けようと黙って聞いていたが、このままでは延々と下らない自慢話が続きそうで思わず口を挟んだ。
「残念だけれど、私もこの娘も同じクランに所属しているの。もうすぐリーダーも戻ってくるから、その前に消えてくれないかしら?」
「ほう、言うじゃねえか。そのクランのランクは? Bか? Cか?」
答えたのはミリアムだった。
「Eランク、『銀の羽根』です。リーダーは『深藍の執行者』シリュー・アスカ」
ここ王都の冒険者なら、この名前を聞いて事を構えようとする者は、たとえAランクだったとしてもいないだろう。
だが無用なトラブルを防ぐためにミリアムがあえて出したその名前にも、よそ者のゼスターたちには逆効果だった。
「銀の羽根? 随分と小奇麗な名前だな! それに、Eランクだって!?」
「やべえぇ、Eランクなんて、クランとは呼べねえっつうの」
「かっはっはっ『深藍の執行者』だってよっ。Eランクのくせに、大層な二つ名じゃねえかっ」
「ホントそれな。言い出したヤツに文句つけたいわ」
男たちの笑い声に交じって、誰かのぼやきが聞こえた。
「えっ? シリューさん!?」
「ちょっと、いつの間にっ」
ミリアムとハーティアが振り向いた先にはいつ戻ったのか、眉をひそめて腕組みしたシリューが立っていた。
「お待たせ二人とも。何かトラブルか?」
誰がどう見てもトラブルであることが明らかにもかかわらず、シリューはまるでゼスターたちなどいないかのように振舞う。
「お前が『銀の羽根』のリーダーか?」
ゼスターは値踏みするようにシリューを睨みつけた。
「そうだけど、あんたは?」
シリューはそれを涼し気に返す。
どれだけゼスターが威圧しても、シリューにはそよ風程度にしか感じない。
「随分貧相なヤツだな、お前ホントに冒険者か? まあEランクじゃ無理もねえか」
ゼスターにも、シリューの質問に答える気はないようだ。
「こんなヤツがリーダーじゃあ、先が思いやられるなあ」
「ガキのままごとじゃないんだぜ、わかってんのかオメエ?」
シリューがあえて無視しているのを勘違いしたのだろう、男たちの一人がまあまあと手で押さえる素振りを見せる。
「あんまり言ってやるなよ、ビビってるじゃねえか。こいつも必死なんだ、分かってやろうぜ」
ここまで勝手だと、次に何を言い出すのかシリューにも楽しみになってくる。
するとゼスターがミリアムたちの前に歩み寄り、二人の肩に手をおいて下卑な笑みを浮かべた。
「お前らよく考えてみろ。こんなしょぼいヤツといたって先は知れてるぞ? それより俺の女になれば、何不自由なくイイ暮らしができるぜ。何せ俺は将来を約束された超エリートの有望株だからな。そうだ、どうしてもと言うんなら、コイツも入れてやってもいい。まあ、見習いの使い走りとしてだけどな、働き具合が真面目なら、正式なメンバーにするのも考えてやる。いい話だろ?」
やはりというか、ゼスターの目的はクランの強化ではなく、単に自分の欲を満たすことのようだ。
「今、こんなしょぼいヤツ、と言ったかしら?」
「ああ、それがどうした。ホントのことだろ?」
ミリアムとハーティアの目が、嫌悪と憤慨を滲ませた色に染まる。
「この人、馬鹿なんでしょうか?」
「ええ、正気ではないわね」
もう我慢の限界のようだ。
「は? 何か言ったか?」
「服が汚れます。汚い手をどけなさい」
「臭い匂いと馬鹿をうつすつもり? 身の程を弁えるのね」
二人はもはや汚物を見るような目をして、肩に置かれたゼスターの手を払いのけた。
当然のように、ゼスターも黙ってはいない。
「なめた口きいてくれるな? 身の程を弁えるのがどっちなのか、教えてやってもいいんだぜ」
「ちょっと実力を見せてやれば、大人しくできるんじゃねえの?」
「グロムレパードじゃあ、物足りなかったからなあ」
ゼスターの両脇に立った男たちが、にやにやと笑いながら指を鳴らす。
「たった五人でグロムレパードを五体も狩った、俺たちとの差ってやつを自覚させてやる」
「たかがグロムレパードたった五体に、五人もかかったんですか。やれやれです」
「自慢にもならないわね」
ミリアムとハーティアは一歩も引かず、しめし合わせたようにゼスターたちを罵倒し、シリューを振り返る。
「いや、二人とも、煽りすぎだろ……」
シリューは大きなため息を零した。
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