【第267話】右も左も……

 ハーティアに指示された通り、シリューは黒のジャケットスーツに白いシャツを着こんでリビングに降りた。


「あら、いいじゃない。初めて見たけれど、なかなか似合っているし、恰好いいわ」


 先に待っていたハーティアは、シリューの上品ないで立ちに目を細める。


「惚れ直した?」


「ば、ばかっ。ドクみたいなことを言わないでっ」


 確かに今のはちょっと自分のキャラに合わないな、と、恥ずかしそうに頬を染めるハーティアを見て、シリューは少し反省した。


「お前も、良く似合ってるよ。うん、やっぱり可愛い」


 胸元にリボンをあしらった白いブラウスに、同系色のミニスカートと黒のブーツ。


 シンプルだが制服か部屋着しか見たことのないシリューには、思わず見惚れてしまうほど新鮮だった。


「あ、ありがとう……嬉しいわ」


 ハーティアは、猫耳をピクピクさせながら、消え入るような声で答え顔を伏せる。


「ごめんなさいっ、お待たせしましたぁ」


 とたとたと階段を下りてきたミリアムは、ラベンダーグレイのキャミソールワンピース。いつもの彼女のお気に入りの一着だ。


「わ、ハーティアかわいい!」


 ハーティアを一目見るなり、ミリアムは黄色い声を上げた。


「あなたもねミリアム。とても似合っているわ」


 口調はいつもと変わらないが、ハーティアの声も弾んでいる。


「じゃあ、とりあえず行こうか」


「ええ、そうね」


「はいっ、行きましょう」


 玄関に鍵をかけ門を潜って通りに出るとすぐに、ハーティアはシリューの左手をとってぴたりと寄り添った。


「え? ちょっ、ハーティア?」


 それを見たミリアムが、すかさずシリューの右手を抱える。


「や、なっ、二人とも、なに!?」


「ミリアムは右、私は左。これなら問題はないでしょう?」


「はいっ、問題ありません」


「いや、何が?」


 問題なら大ありだ。


 右腕に感じる弾力は当然ながら抜群の破壊力だが、左腕の慎ましい柔らかさもなかなかに手強い。


 二人から漂う甘い香りが、意識も飛びそうなくらいに鼻孔をくすぐる。


 もちろん悪い気はしないし、はっきり言って嬉しい。


 ただ、少し歩き辛いうえにかなり悪目立ちもしている。


 ミリアムにしてもハーティアにしても、誰もが振り返るほどの美少女なのだ。


 街ゆく人たちの視線が痛い。


「あの……ちょっとさ、離れない?」


「いやよ」


「やです」


 即答だった。


 問答無用ということだろうか。


 それなりに関係を深めてきたこともあり、ミリアムの行動はなんとか分かるものの、先日打ち解けたばかりのハーティアが、人前でこれほど大胆な行為に及ぶとは思いもしなかった。


「えっと、みんな見てるけど……」


「気にすることないですよ、堂々としてればいいんですっ」


「そうよ。この程度、普通でしょう?」


 確かに、男一人女一人で腕を組むなら普通と言える。


 だが、男一人に女が二人は果たして普通だろうか。


 嫌というほど注目を集めてしまい恥ずかしさがこみ上げてくるが、楽しそうに笑っているミリアムとハーティアを目にすると、もうどうにでもしてくれという気になりシリューは大きく息をついて諦めることにした。


「で、どこに行くんだ?」


「先ずは冒険者ギルドね。その後どこかで昼食にして、それからお買い物でもしましょう」


「いいですねっ。せっかくの休日なんですから、楽しまなきゃ、ですよシリューさんっ」


 浮き浮きとはしゃぐ二人に手を引かれ、シリューは冒険者ギルドへ向かった。



◇◇◇◇◇



「お久しぶりですねハーティアさん。あら、シリューさんとミリアムさんもご一緒なんですね。今日はクエストの受注ですか?」


 冒険者ギルドの受付で出迎えたのは、王都に着いた日に対応してくれた受付嬢だった。


「いいえ、クランへの新規加入登録よ」


「え?」


 聞き慣れない、そしてハーティアが初めて口にした単語に、シリューは戸惑いを隠せなかった。


 そんな話は一度もしたことがないはずだ。


「あ、えっと、どういうこと?」


「私が貴方のクラン『銀の羽根』に入るのよ。さあ、クランプレートを出して」


 展開が急すぎて理解が追い付かないシリューは、促されるままクランプレートを取り出す。


「なあハーティア、何でそういうことになったのか、聞いてもいいか?」


「クランに優秀な魔導士は必須だわ。それに私ならクランの運営や管理もできる。それから……あの……」


 そこで何故か口ごもってしまったハーティアは、ぽうっと赤く染まった頬に手を添えて、まるで自分に納得させるかのように頷いた。


「ずっと……一緒にいてもいいのでしょう? だったら、私も……少しくらいは、貴方の役に立ちたい、の……」


 絞り出すようなか細い声だったが、ハーティアの目には並々ならぬ決意の光が宿っていた。


「そっか、うん。じゃあよろしく頼むな、ハーティア。ありがとう」


 シリューは涼し気に笑って、クランプレートをハーティアに渡した。


「では、ハーティアさんの登録手続きを始めますね。ああそうでした、シリューさん。本部長が、シリューさんが来たら、執務室へ通すようにとのことでしたので、奥の階段からどうぞ」


「わかりました、ありがとうございます」


 じゃあちょっと行ってくる、と席を立ち受付嬢の示した階段へと向かう。


「ええ。私はその間に登録を済ませておくわ」


「私も、ハーティアと待ってますね」


 シリューは、エリアスにある頼み事をしていた。


 こんこんこん、とノックすると、執務室の中から幼女の招く声が聞こえ、シリューは重厚な造りのドアを開ける。


「おお、よう来たのシリュー。待っておったぞ」


 書類仕事の手を休め、エリアスがひょいと顔を上げた。


「まあ、掛けてくれ」


「どうも」


 と、返事はしても、シリューはエリアスが応接用のソファーに座るのを待って向かいの席に座る。


「あれから、ハーティア嬢はすっかり元気になったと聞いておるが、やはりそなたの力か?」


 どうやらハーティアのことはエリアスの耳にも届いているようだ。


「はい、詳しく説明しますか?」


「ふむ……異世界の知識を使ったのじゃろう? なら説明は不要じゃ。聞いても理解できぬじゃろうしな」


 シリューはゆっくりと頷いた。


 癌はともかく、遺伝子やガンマナイフはその理論から説明する必要があり、たとえ説明したとしても、根本的な科学の発展に大きな差のあるこの世界の住人に理解するのは難しいだろう。


「ああ、それからそなたの冒険者ランクなのじゃが、魔神の心臓は極秘中の極秘でのぅ……心苦しいのじゃが、Eランクのまま上げてやることができんのじゃ、すまぬのう」


「いえ、それは別に気にしてません。ランクが上がっても、いろいろと拘束さることが増えますので」

 それよりも……と、シリューは本題を切り出す。


「頼んでいた件、どうなりますか?」


 シリューが頼んでいたのは、エリアスの妹でアストワールの森の王女、アリエルへの取り次いでもらうことだった。


 今回の依頼の件や魔神の心臓を倒したことで、エリアスも無下にはしなかったものの、何故かあまりいい顔もしなかった。


「実は、わらわは未だ迷うておる。そなたを妹に合わせていいものかどうかの」


 その表情は今も変わりなく、アリエルの話題になるとエリアスは眉をひそめて渋い顔になる。


「やっぱり、俺と魔神が元は同一人物だったからですか?」


「うむ……過去と現在、元は同じ人間だったとしても、そなたはヤツとは違うとわかってはおるのじゃ……しかし、な……。もう少し時間をくれぬか、その時になるまで……」


 エリアスが苦悩している理由が、アリエルと魔神の間に起こった事に関係しているのは、シリューにも予測がついていた。



〝貴方を救いたかった……〟



 以前見た夢。


 その夢の中でアリエルは泣きながら、魔神の(僚の)心臓を射抜いた。


「わかりました。暫くは王都にいますので」


 シリューは席を立ち、執務室を後にした。


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