第八章 過去への回帰そして決別

【第265話】まわりくどいです

 アルフォロメイ王国王都アルファスの東に広がる盆地を抜けると、緩やかな稜線を持つ山岳地帯に向かう東街道は幾つかの山々を超えて、エルフたちが統べるアストワールの森へと続いてゆく。


 城壁による防衛を選ばなかったアルファスでは、この山岳地帯の安定を維持する任務の多くを冒険者ギルドに委ねている。


 そのためもありアルファスには冒険者ギルドの本部が置かれ、功名心に駆られた多くの冒険者たちが集まっていた。


「今夜は祝杯だな! 朝まで飲み明かそうぜ!」


 今、木々に囲まれたこの東街道を意気揚々と下る彼らも、名を馳せることを夢見てアルファスにやって来た冒険者たちだ。


「これで俺たちもCランク間違いなしだろ」


「ああ。また一歩目標に近づいたってトコだな」


 彼らの馬車には、ここ数日山に篭って討伐した数体の魔物が積まれている。


「これならクランの昇格もあるんじゃないか」


 4人の冒険者たちは、自分たちの行く末を想像しながらクエスト成功の成果である獲物を眺め、満面の笑みを浮かべて馬を進めていた。


 リィン……。


「ん?」


 先頭の冒険者が馬を止めた。


「どうした、ウォーフ?」


 後ろに続く者たちも皆、その場に止まった。


「今、何か聞こえなかったか?」


「いや、何も……」


 リィィン。


 今度は全員に聞こえた。


「何だ? 鈴の音?」


「確かに……でも、こんな所で……」


 男たちは場所に似つかわしくない音の元を見つけようと、注意深く辺りを見渡す。


 この辺りまで下ると木々の間隔は広くなり、意外に遠くまで見通せる。


 リィィィン。


「まただっ」


「いったいどこから」


 誰かが木の枝にでも引っかけた鈴が、風に揺られて鳴っているのだろうか。


 リィィィィン。


 リィィィィィン。


 音は徐々に大きく響く。


 一人の冒険者が違和感に気付いた。


「まて、この音……耳ってより、頭に直接聞こえてないか?」


「そ、そうだな……言われてみれば……」


 リィィィィィィン!


 ひと際大きな音が冒険者たちの頭に響き渡り、ザワザワと木々の枝葉が揺れる。


 だがそこにも違和感があった。


 風は一切吹いていないのだ。


「皆っ、馬を降りろ! 何か妙だ!!」


 ウォーフが馬から飛び降り剣を抜いて身構え、他の3人がそれに続こうと動いたその時。


 りぃぃん。


 もう一度、今度ははっきりと空気にのって、景色に染み込むような甲高い音が鳴った。


 音の残響が鎮まると同時に、そこには清らかなほどの静寂だけが残り、冒険者も馬も馬車も、最初からいなかったかのように忽然と姿を消した。


 最初の事件。


 だが、クエスト中の冒険者が行方不明になるのは、さほど珍しくもない。


 消えた彼らを気にする者がほとんどいなかったとしても、それも他の冒険者たちとしてはごく日常的なことだ。


 一度や二度ならば。



◇◇◇◇◇



「申し訳ないっ」


「本当に、ごめんなさいっ」


 早朝。


 ドクとともにクランハウスを訪ねてきたディックとエマは、部屋に通されるなり揃って深々と頭を下げた。


「えっと、どういうこと?」


 謝られる理由が思い当たらないシリューは、二人に何と答えていいのか分からずにただ首を傾げる。


「貴方たちが大変なことになっていたのに」


「僕たちは、医務室で呑気に寝ていたんだ……本当に、面目ない」


 シリューは話していなかったのだが、どうやらドクから詳しい事情を聞いたらしく、二人は魔神の心臓との決戦に参加できなかったことを悔いているようだ。


 もとよりシリューにはそんなことで二人を責める気はなかったし、正直に言ってしまえば、ごたごたが続いたせいで二人があの場に居なかったことに気付いてさえいなかった。


 もちろんこのことは二人だけでなく、全員に黙っておくつもりだ。


「そんなこと気にしないでくれ。あんたたちのお陰で、街の人にも俺たちにも被害が出なかったんだ。改めて礼を言うよ、手伝ってくれてありがとう、ディック、エマ、それにドクも」


「あ、いや……そ、それは……」


 嫌味の一つも覚悟していたのであろう、ディックは唐突なシリューの感謝の言葉に上手く対処できないようで、いつもの彼らしくなく口ごもってしまう。


 そんな友人の姿にドクは人好きのする笑みを零し、ぽんっとディックの肩を叩いてシリューたちに目配せをする。


「ほら、シリューもこう言ってるし、皆それぞれの役目を果たして命がけで戦ったんだ。俺たちは仲間、だろ。な、ミリアム」


 それから最後に、ミリアムを見つめて片目を軽く閉じた。


「え…………はい。そう、ですね……」


 ただし、話を振られた当のミリアムは困惑気味だ。きょろきょろと所在なく目が泳いでいる。


「あの、ミリアム。何か今、妙に間が空かなかった?」


「い、いえ、そんな……別に、ドクは仲間なのかどうか微妙だなぁなんて、思ってません、大丈夫です」


「いや、全然大丈夫じゃないよそれ……」


 ミリアムは相変わらずドクに苦手意識を持っているようで、あからさまにギクシャクとした態度を見せる。


「くすっ」


 心根の優しいミリアムが、ここまで不信感を露わにするところが何処か可笑しくて、ハーティアは思わず吹き出してしまった。


「この期に及んでも、まだミリアムから信用されていないのね、


「ホント、これは詩人としては由々しき問題……」


 言いかけてドクは、ふとハーティアの顔を見つめる。


「何?」


「ああいや、何でもない……なあシリュー、あんたからも何とか言ってくれよ」


 ハーティアのごく僅かな変化に気付いたのは、ドクだけではなかった。


 シリューは、ハーティアから目を逸らし問いかけるような視線を向けるドクに、ひょいと首を捻って涼し気な微笑を浮かべる。


 今ここで彼女の心模様を問う必要はないし、今後確かめる気もシリューにはなかった。


「あんたについては、俺も一家言あるけどなドク」


「ええと……王族だってことを黙ってたのは、悪かった……」


 ミリアムが挙動不審な態度をとるのも、半分はそれが理由だ。


「ああでも、これは周知の事実だし、あえて言う必要もないかと思って……」


「それはまあ、どうでもいいよ。俺が聞きたいのは、いつも持ち歩いてる詩集が実は魔法陣だったってこと。先に分かってれば、もっと他にやりようがあったはずだけど?」


 穏やかな表情ではあるが、シリューの声はほんの少しだけ棘を持っていた。


「それは……」


 ドクはポケットから詩集を取り出し、右手に掲げる。


「切り札は最後に見せるもの、だろ?」


「切る前に、ゲーム終了って時もある」


「けど、役に立った。違うか?」


 片方の口角を上げて不適に笑うドクを、シリューは探るような目つきでねめつける。


「詩集、か……」


 やがてそう小さく呟くと、緩やかに皆を見渡して納得したように肩の力を抜いた。


 ミリアムもハーティアも、ディックもエマも、もちろんドクも。


 際どい戦いを潜り抜けて、誰一人欠けることなくここにいる。


「確かに……あんたの言った通り、人生を豊かにしてくれるらしい」


「傷は英雄の証だよシリュー。あんたは正しい選択をした、ここにいる全員が証人だ」


 何故だかは分からない。だがシリューは心からその言葉を熱望していたのかもしれない。


 正しい選択だった、と。


 シリューとドクは笑った。今度は何の毒気もなく朗らかに。


「はいはい、男の友情劇を見せて頂いてどうもありがとう。とっても安っぽくて私、感動したわ。もういいかしら? せっかく皆が訪ねてくれたのよ、座ってお茶にしましょう」


 お互いの腹を探りあうようなやり取りに痺れを切らしたハーティアが、わざとらしく二人の間を割って通り抜け肩を竦める。


「あなたにも、詩人の素質があるのかもね、シリュー」


 すん、っと鼻で笑ったエマが、どこか楽しそうにハーティアの後に続く。


「男の人って、なぁんでこう回りくどいんでしょう」


 呆れた表情を浮かべて、ミリアムはキッチンへと歩いて行く。


 ディックは無言のまま、シリューとドクの肩を叩いた。


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