【第193話】推測

「なあ、ちょっと……」


 北東地区旧市街の学院から、西南地区の旧市街を抜けた第二城壁内のクランハウスへの帰り道、王城の堀を周る道を南に歩いている途中、シリューはふと疑問を感じて左隣を並んで歩くハーティアに声をかけた。


「ちなみに、ヴィオラ先生は今回の依頼の事は知らないから、彼女の前で口を滑らせたりしないように。良い? キッド」


「あ、ああ。分かった、気をつけるよ……ってまておい、名前バラしたのお前とミリアムだろ」


「「……」」


 右を歩くミリアムも左のハーティアも、シリューが目を向けると無言のままさっと顔を背ける。


「……大事なのは、今後の、対策の事よ……」


「そ、そうですよシリューさん。細かい事に拘る男の子は、き、嫌われちゃいますよっ」


 二人とも、自覚はあるが謝る気はないらしい。


「はいはい……」


 シリューは苦笑いを浮かべて肩を竦める。


 とってつけたような言い訳がだったが、あたふたする二人の様子を、なんとなくかわいいと思ったのは秘密だ。


「や、だからそうじゃなくて……」


 ただ、感じた疑問がそれではない事を思い出してすぐに真顔に戻り立ち止また。


「何?」


「何ですか、キッド?」


 ハーティアとミリアムはまったく同じタイミングで振り向いて、二歩ほど離れたシリューを見つめた。


「俺たちは今からクランハウスに帰るんだよな……?」


「そうね」


「それがどうかしたんですか?」


 なぜそんな当たり前の事を聞くのか。


 ミリアムもハーティアも、シリューの質問の意味が分からず、困ったように顔を見合わせた。


「何でお前が、当たり前のように一緒にいるんだ、ハーティア」


 シリューは眉をひそめて、ハーティアに人差し指を向ける。


「え?」


 いつも無表情のハーティアには珍しく、驚いたように目を見開いて固まった。


「シ……キッド……それは、ちょっと酷くないですか」


 ミリアムの瞳が悲し気に揺れる。


「私も……さすがに動揺を隠せないわ……」


 ハーティアは目を開けたまま、身動ぎもせずにシリューを見つめた。


「今からエマさんたちも来るんでしょう?」


「まあ、俺が呼んだからな……」


「じゃあ、お友だちのハーティアだって、一緒に招くのが普通じゃないですか?」


「いや、こいつとになった記憶がない……」


 あまりの反応の冷たさに、ミリアムは大きな溜息とともにがっくりと肩を落とす。


「キッド……。仮にお友達じゃないとしても、ハーティアは今回の当事者で、今は仲間ですよ? なのに一人だけ除け者にするんですか? そんな薄情なキッドは……嫌です……」


「え? や、あの……それは……」


 真っ直ぐに見つめるミリアムの瞳には、落胆と悲観とそして期待の色が複雑に混じり合っているように見え、シリューはいたたまれなくなって目を逸らし、申し訳なさそうにハーティアに顔を向けた。


「嫌われている自覚はあるけれど、まさかここで放り出されるとは思わなかったわ」


 はぁ……と息をついて、ハーティアは肩を竦める。


「いや、まあ、嫌いっていうかウザいっていうか、面倒くさいっていうか……イヤなヤツだとは思ってるし、確かにお前の事は嫌いだけど……いや、でも物凄く嫌いって事はない、っていうか……」


「貴方こそ、言いたい放題ね……」


 ハーティアは、プラチナブロンドの髪を風に揺らしてくるりと踵を返すと、少しだけ空を仰いで振り返り、シリューに微笑んで見せる。


「でも……」


 そして、そっと自然な所作でシリューに近づき、すれ違い様の一瞬、ミリアムに聞こえないくらいの声で囁いた。


「好き嫌いをはっきりする人は好きよ」


「え……?」


 それはマナッサでの夜。


〝人は、自分の望むものになれる……〟


 何処へ行くのか、何になるのかわからない、と零したシリューに、あの時ハーティアはそう答えた。


〝貴方の事は嫌いよ〟


 面と向かってそう言ったハーティアに、シリューが返した言葉。


 あからさまな興味を示し、あれこれと絡んでくる割に、シリューの事情については殆ど聞いてくる事はない。


〝それほど、親しい訳ではないでしょう?〟


 そう言いながらも、目覚めるまでついていてくれたり、旧市街で激痛に襲われた時は、ミリアムと二人でしっかりと抱きしめてくれたりもした。


 その微妙な距離感は、シリューにとってもけっして不快なものではなかった。


「冗談よ、本気にしないで。馬鹿なのキッド」


 ハーティアは唇に人差し指を添え、悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「ああ、そうだよな。お前はそんなやつだよな」


 悪くはない。


 シリューはそう思った。


「二人とも、仲良くしてください……」


 ミリアムが胸の前で手を組んで、縋るような目をシリューとハーティアに向ける。


 傍目には、ただ喧嘩をしているようにしか見えないのだから、ミリアムが心配するのも無理はない。


「うん、悪かった、ごめん」


 涼し気な笑みを浮かべたシリューを、ミリアムはきらきらと輝く瞳で見つめる。


「な、なに?」


「……キッドって、自分の非は素直に認めますよね」


「まあ……そうかも」


 シリュー自身、そのあたりはあまり意識している訳ではない。


「そういうキッドは……良いです♪」


 ミリアムは花のような笑顔で、ちょこんっと首を傾けた。


「でも、並んで歩くなら、右側にしてくれよ」


 くいっと顎で右を指し、そのまま二人を待たずにシリューは歩き出す。


「あんっ、待ってくださいっ」


「え、ちょっと……」


 少し強引にハーティアの左手をとり、ミリアムはシリューの右側に並ぶ。


「なに? 右側って、何か拘りがあるのかしら?」


 ハーティアは、そっとミリアムに耳打ちした。


 左に帯剣する騎士や冒険者ならそうするだろうが、その他の武器を使う者は大抵利き腕側を空ける。


 シリューは右利きの双剣使いで、今もそうだが街中で帯剣する事はない。


「う~ん、何でしょう? もしかすると、以前住んでいた国の作法とか?」


「アルヤバーン、だったかしら?」


「はい、東の果ての国って言ってましたけど、詳しい事は教えてくれないんです」


「貴方にも? どうして……?」


 困ったように眉をハの字にして、ぷるぷると首を振るミリアムの言葉に、ハーティアはふと違和感を覚える。


 考えに夢中になったせいか歩みが遅くなり、ミリアムと二人、シリューからは少し離れてしまう。


「ねえ……その東の果ての国から来たというのが本当なら……何故シリュー・アスカは勇者やパティーユ姫に追われているのかしら?」


「あれ? そういえば……そうですよねぇ?」


 アルヤバーンで何かのトラブルを起こし、そこから逃げる途中で森の扉に巻き込まれてエラールの森に飛ばされた。


 シリューはたしかにそう言っていた。


 だが、それには大きな矛盾がある。


「アルヤバーンで問題が起こって、その後エラールの森に飛ばされたのなら……シリューさんはいつ、エルレイン王国の勇者様と関わったんでしょう?」


「……そう、それに、パティーユ姫がシリュー・アスカを刺した……と貴方は言ったわよね」


「はい、勘ですけど……間違いないと思います……」


「そうだとすれば……」


 顎に指を添えて俯くハーティアの脳裏に、マナッサでドラウグルワイバーンと戦った直後の光景が蘇る。


〝何があっても僕が必ず守る。だから、心配いらないよ猫耳のお嬢さん〟


 歯の浮くようなシリューの台詞。


 何気なく聞き流した、その直後の勇者たちの会話……。


〝それに近い人、わたし知ってます……〟


 彼らは懐かしむような表情で、そんな事を話していた。


 あれが仮に、シリューの事だとすれば……。


「シリューさんは……勇者様の仲間だった……?」


「そう考えるのが、妥当ではないかしら」


「え? じ、じゃあ、シリューさんはもしかしてっ……」


 ミリアムとハーティアは驚愕の答えに辿り着き、思わず立ち止まってお互いの目を見つめあう。


「……勇者様と同じ……異世界からの、召喚者……」


 ハーティアは押し黙ったまま、大きく、そしてゆっくりと頷いた。


 

 


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