【第184話】馬鹿なのキッド?
「え……何、これ……?」
シリューは机に広げた問題用紙を、穴が開くほどに睨んで、誰にもきこえないような小さな声で呟いた。
それは、二時限目の試験科目『科学』。
「数学は、普通だったのに……」
一時限めの数学は、多項式、平方根、2次方程式等々、意外にも元の世界の中学生レベルと変わらないものだった。
と、いう事は、シリューたちの世界とこの異世界で、同じ物理法則が成り立つ事になる。
「つまり、魔法だけが異質って事だよな……」
そう思っていたのだが……。
「クレイオノール反応って、なに……?」
問題用紙を開いた直後に固まってしまった。
【問題1】
『エルアラニスとマテルザガスをワリント効果により融合した場合の、相対面におけるクレイオノール反応を引き出すために必要な条件および要素を三つ述べよ』
「……一つも出てこないんですけど……」
【問題2】
『エッダフレスキン状態の高純度バーナル30gに含まれる、ミルカンダの比率を求めよ。
「……『30g』しか理解できる言葉がない……」
もはや、暗号である。
「物理法則が同じでも、科学・化学が同じだとは限らない、って事か……」
シリューは、科学が嫌いな人の気持ちが分かったような気がした。
何を言っているのかさえ分からない。
日本語に訳されていないという事は、元の世界にはない物質であり、現象なのだろう。
想像さえできないが。
「誰か……説明して……」
【エルアラニスとマテルザガスをワリント効果により融合した場合の、相対面におけるクレイオノール反応を引き出すために必要な条件および要素は、『融合温度240度未満、ワリント効果率80%以上、エルアラニスの不活性個体』です】
もちろん、応えたのはセクレタリー・インターフェースだ。
「お、おぉ……」
シリューは、漏れそうになった声を慌てて飲み込んだ。
意味はまったく分からないままだが、とにかく答えは分かった。
「セクレタリー・インターフェース……」
カンニングのようで多少気が引けるが、白紙で出すよりはいいだろう。
「……いったい、どういう仕組みになってんのかな……」
【龍脈を通じて人々の記憶が世界樹のアーカイブに記録され、そのアーカイブにマナを媒介してアクセスする事で、過去の情報を知識として引き出しています】
「過去の……つまり、確定した情報って事か? それが世界樹に蓄積されて、その
【その認識で正解です】
一度は死んで龍脈に落とされ、この星の意識自体に触れた事で目覚めた能力であるのは、間違いないだろう。ただ、それがギフト『生々流転』によるものかどうか、明確な答えは返ってこなかった。
いろいろとぶっ飛んだ力を身に着けたシリューだが、一番はこのセクレタリー・インターフェースかもしれない。
「お前の事を『K・I・T・T』って呼びたくなったよ、セクレタリー・インターフェース」
【指示が不明です】
「ああ、ね。気にしなくていい、こっちの話だから」
そのあと、適当に間違いを混ぜて、正解率八割の答案用紙を
三時限目の『基本魔法学』も同じ方法を使ったのだが、シリューはもう後ろめたさを感じる事もなかった。
そもそも、学院に入る事が目的ではなく、あくまでも、護衛と捜索、緊急時の対処が今回の依頼なのだから、まともに試験を受ける必要もないだろう。
「どうだった? 二人とも……少し、疲れた顔をしているけれど……?」
約束通り、試験が終わる時間に合わせて迎えにきたハーティアが、教室を出てきたシリューとミリアムの顔を覗き込んで首を傾けた。
「やっぱり科学がダメダメでしたぁ」
ミリアムはがっくりと肩を落とし、大きな溜息を零す。
「だめって……そんなに悪かったのか?」
あまりの落胆ぶりに、シリューも少しだけ心配になり、できるだけ刺激しないように声を掛けた。
「はい……たぶん95いってないですぅ」
「うわっ、めっちゃイヤミなやつだった!」
「気持ちは分かるわジェーン」
「こっちもか!」
まるっきり、学年トップを狙う優等生同士の会話だ。
「いいなぁキッドは科学得意で……」
本気でそう言っているミリアムには、普通にイラついたシリューだったが、顔には出さず取り澄ます。
「お、ああ、まあね……」
その得意の筈の科学が、何一つ理解できなかったとは今更言えない。
「いいんじゃないか、別にほらっ、高得点を取るのが目的じゃないんだし、その、あれだ、そこそこの点の方が、目立たなくていいだろ?」
「そうね、90を超えているなら、それほど恥ずかしい点数でもないわ。それに、筆記は生徒の目に触れないから、ほどほどでいいと思う」
「そうですよねっ、ほどほどでいいですよね!」
「もうムカつく要素しかない」
シリューも成績は良い方だったが、こんな会話に参加できるほどではない。
次に試験の機会があれば、その時は遠慮なしにセクレタリー・インターフェースを活用させてもらおう。
と、シリューは心の中で固く誓った。
「ん?」
それから、さっきのハーティアの言葉の中に、気になる単語が含まれていたのに気付いた。
「待った。今、筆記は生徒の目に触れないって言った?」
「ええ、そう言ったわ」
という事は、実技試験は生徒たちの見ている前で実施されるのだろうか。
「全員ではないけれどね。貴方たちへの実技試験は魔法による模擬戦闘。そして相手は、二年生、三年生のレギュレーターズのうち、誰か一人ずつよ」
「レギュレーターズ?」
「ええ。でもあとは昼食を食べながら話しましょう? 学生食堂に案内するわ」
「ん、そうだな」
「そうですね、頭を使ったら、お腹がすきましたぁ」
午前中の授業が終わり、カフェテリア方式の学生食堂は、お腹を空かせた学生たちで賑わっていた。中には職員の姿も見られたが、ここは学院や魔調研の関係者なら誰でも使う事ができる。
しかも、王国自体が補助を出しているため、質の高い食事が安価で提供されていた。
シリューたち三人は、それぞれのトレイに思い思いの料理を載せ、窓際の隅のテーブルを囲んだ。
「はあぁ」
「なんだよ、どうした?」
テーブルにつくなり、困ったように眉をハの字にして溜息を零したミリアムに、シリューは首を傾げた。
「んん~、明日からはお弁当を作ろうって思ってたんですけど……これじゃ、私の料理なんて見劣りしちゃってダメですね……」
「そうかな? そんな事ないと思うけど。俺は好きだよ」
「みゅっ」
シリューとミリアムが創り出す蜂蜜色の空気に、ハーティアは納得したように目を見開いて頷いた。
「貴方たち、結婚したの?」
「してない!」
「してません!!」
同時に立ち上がった二人は、テーブルに手をつき、まったく同じタイミングで声を荒げる。
「皆が注目しているわよ?」
はっ、と我に返ったシリューとミリアムは周囲を見渡し、何事かと視線を向ける生徒たちにぺこりと頭を下げ、すごすごと椅子に腰かける。。
「恥ずかしい……」
「同じくです……」
ハーティアは、二人がどうしてそれほど激しく否定するのか分からず、首を傾げる。
「でも同棲しているのでしょう?」
「違うからっっ」
声を潜めて否定したのは、今度はシリューだけだった。
「いや、お前もなんか言えよ」
「……」
ミリアムは膝に手を置いて腕をぴんっと伸ばし、ただ押し黙って俯いている。
「いや、あの、ミリっ、ジェーン? なんで黙ってんの?」
「……ばか……」
ミリアムは顔を上げないまま、口を尖らせて小さな声を零した。
「え? えっと……え?」
「キッド……」
テーブルの向かいで頬杖をついたハーティアが、無表情な瞳でシリューを見つめる。
「……馬鹿なのキッド?」
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