【第174話】いろいろ準備

 アルフォロメイ王立魔導学院。


 王国各地の魔法学校はもとより、世界各国から選ばれた魔法のエリートたちが集う最高峰の学府と呼ばれる。


 だが実際の位置づけは魔法学校の上位学府ではなく、教育機関からはまったく独立した組織であり、修学期間は三年である。


 学院に集まる生徒は、騎士団や魔道士団に所属する若手のホープたちがほとんどで、魔法学校を卒業したばかりの、所謂駆け出しの魔道士が入学できる事は稀だ。


 学院の敷地内には、三大王家が共同で管理・運営する魔法調査研究機構、略して『魔調研』の本部が置かれ、魔法、魔力、魔法具等、幾多の研究と調査が行われており、時には学院の生徒や冒険者と協力して探索に当たる事も珍しくはない。


 魔調研の研究員の多くは、アルフォロメイ王立魔導学院の修業した者だが、中には学生でありながら、準研究員として働く者もいる。


 ハーティアは学生と準研究員を兼ねる、その中の一人だった。


「いや、なんとも……不運だったのか幸運だったのか……とにかく無事に戻ってくれて良かった。それしか言葉が出ないよ、本当によくやってくれた」


 長めの金髪で口髭を細目に整え、スーツの上に魔調研支給の白衣を着こんだ中年の男が、執務机の上に広げた報告書と、机の向かいに立つハーティアを交互に見比べ大きく溜息をつく。


「ありがとうございます、魔導師マスターバルドゥール」


 ハーティアは両手を揃えて深くお辞儀をした。


 バルドゥール・ビショフは魔調研の主任研究員で、自分の研究室を与えられている魔導師であり、ハーティアは一年前から彼の元で準研究員として働いている。


 (因みに、魔法使いにも冒険者と同じようにランクがあり、下から準魔道士補(シューター)、準魔道士(プラクティカルシューター)、魔道士(キャスター)、正魔道士(マークスマン)の四つを魔道士、若しくは魔術士と呼び、魔道士を育てる魔導師(マスター)、正魔導師(ディスティングイッシュマスター)、そして最高峰の位である大魔導師(グランドマスター)の三つが師匠、師範と呼ばれる)


「しかし……ドラウグルワイバーンとは……魔族の研究はそこまで進んでいたのか……」


 バルドゥールは報告書の隣に置かれた、三十cm四方の透明な箱に収められた、人造魔石の欠片を眺めて眉をひそめる。


「調べるにしても、万が一を考えると……騎士団か冒険者ギルドに警備を頼むかな」


「残念ですが、ドラウグルワイバーン、いえ、人造魔石によって造られた魔獣や魔人を倒せるのは、勇者と『断罪の白き翼』だけです。そうでなければ、師団単位の警備が必要でしょう」


 ハーティアの口調はには、他の選択肢はない、といった意思が込められていた。


「実際に見た君が言うのだから、疑う余地はない、か……さて、どうしたものかな」


 調査と研究に、師団単位の警備など前代未聞で許可が下りる筈がない。とはいっても、調査をしない訳にもいかない。


 バルドゥールは深く息を吸い込み、腕を組んでゆっくりゆっくりと吐く。


「実はもう一人だけ、魔獣を倒せる人物がいます」


 ハーティアがバルドゥールに提出した報告書には、人造魔石とドラウグルワイバーンの件しか書いていなかった。道中の災害級の襲撃は、魔調研に直接必要な情報ではない、とハーティア自身が判断した為、簡潔に記載しただけだった。


「そんな、規格外の人物がまだいると?」


 ハーティアはゆっくりと頷いた。


「はい。事情があって名前は明かせませんが、その人物は今この王都に滞在しています」


「そうか、では早速手を打とう」


 ハーティアは顔を伏せ、口角の片方だけを上げるあやしげな笑みを浮かべた。






 ハーティアの暗躍など知る由もないシリューは、ミリアムと一緒に不動産屋でクランハウスの契約を済ませ、生活に必要な品を買いに街を散策していた。


 二日後には入れるという事で、シリューはとりあえずシーツと毛布が何枚かあればいいと思っていたのだが、ミリアムはどうしても食器を揃えたいと言いだした。


「だってほら、お客様が来た時とか、何も出さない訳にはいかないでしょう? それに、紅茶くらい飲みたくないですか?」


 真剣な瞳で訴えるようにミリアムから見つめられ、シリューはなし崩し的に頷くほかなかった。


 シリューは女の子に見つめられるのに弱い。たとえそれが、残念なミリアムであっても。


「あ、ほらっ、これ見てシリューさんっ、かわいいですよ」


 ミリアムは食器店の棚に並べられた小皿の一つを手に取り、少しはしゃぐように笑った。


 淡い桜色のグラデーション。絵が描かれている訳でもなく、柄が入っている訳でもないごく普通の皿。シリューにはミリアムのかわいい、の基準がよく分からなかった。


「やだ、こっちもかわいいっ」


 当然のように、その『やだ』も、シリューには理解できなかった。


「ミリちゃん、こっちもいいの」


「あ、ホントだ、迷っちゃう」


 ミリアムは両手に違う種類の皿を手に持ち、シリューの目を縋るように見つめた。


「どっちも買っとけよ、別にあって困る訳じゃないし、金の心配もないからさ」


「はいっ、ありがとうございます♪」


 皿にカップ、スプーンやフォークなど一通りの食器を選んで、とりあえず店のカウンターへ置いていく。


「後は、お鍋にフライパン、包丁とまな板……それに……」


「え、そんなのいる? 料理とか、するの?」


 シリューは眉をひそめて尋ねた。最初の話では、お客用の応接セットと、自分たち用のお茶のセットだった筈だ。それが、いつの間に料理にまで及んでいるのか。


「え? もちろんしますよ? あんなしっかりしたキッチンがあるじゃないですか」


 同意を求められた記憶がシリューにはまったくないが、ミリアムの中では既に決定事項のようだ。


「いや、でもさ、別に外食でも良くない? 生ごみとか出るの、めんどいし……」


「もう、何言ってるんですかっ。お料理すればごみが出るのは当たり前でしょう? それに、私が全部やりますから、平気ですよ。シリューさんは心配しないでください」


 なんとも自堕落的なシリューの言葉だったが、ミリアムは特に気にした様子もなく、嬉しそうな笑顔で答えた。


「いや、そんな、俺も手伝うよっ」


 さすがに、ミリアムだけに任せる訳にはいかない。


「でもシリューさん、お料理できるんですか?」


「できるっ……ってか、お前が教えてくれれば……まあ、今はできない、けど……」


 実際、シリューは学校の家庭科ぐらいでしか料理の経験はない。しかも、野菜を切ってサラダにしたぐらいで、それを料理といえるかどうかは微妙なところだ。


「わかりました、じゃあ、一緒にやりましょうね。でも無理しなくてもいいですよ、シリューさんにはいつも助けられてるんですから、私もこのくらいは、ねっ」


 ミリアムはこくんっと首を傾けてウィンクした。


「あ、ああ……」


 何となく雰囲気に押されて生返事を返したシリューだったが、よく考えると何かがズレているような違和感を覚えた。


〝あれ? いいのかな……? なんか、違うような……〟


 そもそも、クランハウスを借りたのは、ギルドとの連絡がつけやすくする事と、ミリアムをいちいち迎えに行かなくて済むようにと考えての事だ。


 単に事務所の二階に住み込み、言ってみれば寮のように使うつもりだった。


 勿論、風呂やトイレは共同になるが、食事や生活は別々に、プライべートは完全に分けるつもりでいた。

 そのつもりだったのだが……。


〝まてっ、これって、なんか同棲みたいじゃね? ってかミリアム気付いてんのか……?〟


 そのミリアムは、うきうきと楽しそうにフライパンや鍋を選んでいる。


「ご主人様、ミリちゃんは全身でオッケーなの、です」


 ヒスイがポケットの中からシリューを見上げ、爆弾を投下した。


「ちょっ、いや、あの、ヒスイ……ち、ちがうから」

 


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