【第168話】ギルドの長は……
アルフォロメイ王都は王城を中心に広がり、城の正門から城壁の南門へと続く中央通り、城を囲む堀を巡り東通り、北通り、西通りの四本がそれぞれの門に向かって放射状の延びている。冒険者ギルドは旧第一城壁の内側、町の南東にあたる区画にその本部を構える。
王都の人々は第一城壁の内側を旧市街と呼ぶ事があるが、数百年も前に壊された第一城壁の位置を正確に記録したものはなく、たいていは王都で最も古い冒険者ギルドと、北西にあるエターナエル神殿とを円で結んだ枠内を示すだけで、それが正式な街の名前というわけではない。
「あれがギルド本部よ」
王城へ向かう中央通りを右に折れ東通りに抜ける街路を進んだ先にある、石造りの立派な外壁を持つ四階建ての建物をハーティアが指差す。
「なんか、思ってたよりでかいな……」
「ホント、レグノスとは雰囲気も違いますね」
シリューとミリアムは、まるで要塞のような雰囲気を持つその建物を眺めて呟いた。
「ここからでは分からないけれど、建物全体が五角形で避難所を兼ねた訓練場と中庭を取り囲む形になっているの。元々は要塞として造られたらしいわ」
「五角形……」
〝まるでアメリカ
もしかすると過去に召喚された勇者が、本当にペンタゴンを参考に造らせたのかもしれない。そう思い、シリューはふっと口元を緩めた。
「とりあえず、受付で到着の報告をしましょう」
冒険者が都市間を移動した場合、移動先の都市に到着後速やかに、その都市のギルドへ到着の報告を行う義務がある。
「報告の後で、学院に例のモノを届けにいくわ。そこまでは付き合ってもらっても構わないかしら?」
ハーティアはシリューの少し斜め前を歩きながら、随分と穏やかな声で振り返る。
口が悪いといっても、ハーティアは礼儀知らずというわけではなかった。
「そうだな、ワイアットさんにもそう頼まれてるし、俺も約束したしな」
「約束……?」
〝何があっても僕が必ず守る。だから、心配はいらないよ猫耳のお嬢さん〟
マナッサでのシリューの台詞が不意に蘇り、ハーティアは熱くなった頬を見られないように顔を背ける。
「……シリュー・アスカのくせに……」
「ん? どうした? ワイアットさんと約束したんだよ。魔石を無事学園まで届けるって」
ハーティアの呟きは聞こえなかったが、シリューはワイアットとの経緯を口にした。
「わ、分かっているわっ、馬鹿なのシリュー・アスカっっ」
勘違いした上に、ほんの少しでもどきりとした自分が恥ずかしくて、ハーティアは怒ったように吐き捨てて、すたすたとギルド本部のスイングドアへと向かう。
「いや、ちょっと、何怒ってるんだ?」
もちろん、シリューがそんなハーティアの心情に気付く筈もない。
「シリューさん……」
「ん?」
ミリアムがシリューの隣に並び、呆れたように横目でねめつける。
「今回は私、ハーティアさんの味方です」
それからぷいっと首を振って、小走りにハーティアを追いかけていった。
「いや、まって、え? 俺? 俺が悪いの? おーい……」
王都のとある建物の一室。
大きな窓に背を向ける形で置かれた執務机に肘をつき、オルタンシアはソファーに腰掛けた男女に目を向けた。
「例の物が王都に入ったようです」
「深藍の執行者も一緒か?」
ノワールはソファーの背もたれに軽く腰をつき、両腕はだらりと垂らしている。
「ええ、そのようですね」
「で、あんたはいったい何がしたいんだいオルタンシア」
ソファーに深く腰掛けたエカルラートが、もどかし気に眉をひそめる。
「何、と言うと?」
いつもの通り金の仮面に隠されたオルタンシアの心理を、声だけで読み取る事はできなかった。
「魔石の欠片を取り戻す予定が、結局はこっちの手元にあった分まで渡しちゃったじゃないか。いったい何のつもりだい?」
エカルラートは呆れたように肩を竦めた。
「実験ですよ、運のいい事にちょうど勇者もあそこに居合わせましたからね。おかげで、貴重なデータが取れました」
陽気に声を弾ませるオルタンシアに、苛立ちを覚えたエカルラートがソファーから立ち上がる。
「はあ!? それはあんたの個人的な趣味だろう! 事と次第によっちゃあマジで死んでもらうよ!」
「まあまあ、そう興奮しないで……。心配いりません、次の手はもう打ってありますから。もちろん、あなた方の働きが無駄になる事はありません」
オルタンシアは立ち上がり、片手を前に差し出し軽くお辞儀をした。
「全て予定通り、順調に進んでいます。あなた方も予定通りに行動してください」
要は、これ以上の話し合いはしない、という事だ。
「ところで……」
ノワールがすっと、オルタンシアの背後の窓を指差す。
「窓に背を向けるのは、不用心だと思うがな?」
「ご忠告をどうも。しかし、こうしておけば部屋の中を隅々まで見渡せますからね」
オルタンシアは、おどけたように掌を見せ肩を竦めた。
大きな窓からは午後の日差しが差し込み、ノワールからは逆光の為オルタンシアの細かな動きが見え辛い。逆にどこにも影のないこの部屋では、オルタンシアからはノワールの指の動きまで丸見えだろう。
「言えてるな……まあ、不慮の事故には気を付ける事だ」
「ええ、お互いに、ね」
ノワールとオルタンシアの間に、ピリピリと肌を刺すような緊張感が漂う。
暫くの間睨みあった後、先に緊張を解いたのはオルタンシアだった。
「おや、渡り鳥でしょうか……」
ノワールに背を向けたオルタンシアが、窓の外に夏鳥の群れを見つけてそう呟く。
「ああ、王都もそんな季節か……」
ノワールはゆっくりとドアへと歩き、オルタンシアに背中を晒す。
「邪魔したな」
「いいえ」
入口のドアが閉まるまで、二人は一切振り向かなかった。
「ハーティアさん、お帰りなさい。レグノスはどうでした?」
冒険者ギルド本部の一階受付で、都市間移動の手続きの途中、担当の受付嬢が仕事の手を休めずに尋ねた。
「お世話になった先生にも会えたし、もう行く事もないでしょうね」
そう言ったハーティアの横顔がシリューにはどこか悲し気に見えて、妙にその言葉が心に残った。
「ところで、其方は……?」
受付嬢は顔を上げ、シリューとその後ろに立ったミリアムに手を向けた。
「レグノスから来ました、俺はシリュー・アスカ、こっちはミリアム、そして……」
シリューのポケットからヒスイがぴょこんっと飛び出し、受付嬢の前で空中に止まった。
「ヒスイなの」
「えええええ!!!」
受付嬢はフロア中に響き渡る声で叫んだ。
「うん、まあ、そうなるよね」
シリューはクランプレートを渡し、ヒスイの事を説明した。
「と、取り乱して申し訳ありません。シリュー・アスカさん、クラン『銀の羽』の……ん? 銀の羽? シリュー・アスカ……はっ」
受付嬢は、シリューの名前を口にして何かを思い出したのか、緊張した面持ちで固まった。
「あの、どうかしました?」
心なしか受付所の顔が蒼ざめているように見える。
「は、い、いえっ。あのっ、シリュー・アスカさんが着いたら、本部長の所へ連れていくようにとっ」
「ああ、でも、何でそんなに緊張してるんですか?」
「察しなさいシリュー・アスカ。本部長といえば、冒険者ギルドのトップなのよ、一介の冒険者が会えるような方ではないわ」
例えば、世界的な自動車メーカーの社長と平社員みたいなものだろうか。そう考えて、シリューはなんとなく納得した。
「で、では、案内します」
「私はここで待って……ち、ちょっとっ」
シリューは、他人事のように離れようとしたハーティアの腕を掴んだ。
「めんどくさそうだからな、お前も付き合えよ」
「何、その理屈っ……って、ミリアムさん!?」
頑として動こうとしないハーティアの背中を、ミリアムは無言のままぐいっと押した。
「わ、わかったから押さないで、引っ張らないでっ」
ほぼ連行するようにハーティアを連れ、シリューたちは四階のAフロアへ上がってゆく。五角形の冒険者ギルド本部は、それぞれの辺にABCDEの記号が割り振られているだけだ。
Aフロアに入ると、あらかじめ連絡を入れていたのか、本部長担当の女性秘書が待っていた。
「ここからは私が案内いたします」
深々と腰を折る秘書に倣って、シリューたちもお辞儀をする。
「本部長ってどんな人ですか?」
普通に尋ねたシリューの言葉が軽すぎたのか、秘書はシリューを横目でねめつけた。
「本部長のエリアス様は、四代目勇者様と共にこのギルドを創設されたハイエルフで、二千年を生きられるお方。けっして粗相のないようお気を付けください」
〝二千年って……ほとんどミイラじゃないかっ〟
と、早速失礼な事が頭に浮かぶシリューだった。
〝そういえば、エルフに会うのは二人目だな……〟
本部長執務室の重厚なドアをノックし、女性秘書が声を掛ける。
「エリアス本部長、お連れしました」
「うむ、入れ」
そして、女性秘書がドアを開け一歩下がり、中に通されたシリューの目に入った姿。
「え……? エロエルフの次は……ロリエルフ?」
目の前に立っていたのは、十歳に満たないであろう、透き通るような水色の髪の幼女だった。
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