【第131話】遭遇

「ねえシリューさん、パーティーの届出って、どうやるんですか?」


 黒の法衣ではさすがにミリアムも恥ずかしいらしく、腕を抱くのを諦め遠慮がちに手を繋いでいる。


「いや、俺もよく知らない」


 冒険者になって日が浅いうえ、パーティーやクランなど自分には当分関係ないと思っていたシリューは、条件程度しか頭に入れていなかった。


「まあ、行ってみればわかりますよね」


「ああ、そう、だな……?」


 その時シリューは、自分に向けられた異質な視線を感じて立ち止まった。


「シリューさん?」


 首を傾げるミリアムの言葉に答えず、シリューは辺りを注意深く見渡す。


 この感覚には覚えがあった。圧迫するような存在感、これは……。


「ミリアムっ、ここで待ってろ!」


 シリューはミリアムの手を振りほどき、存在を感じる方へと駆け出す。


「いるんだろ! メビウス!!」


 通りを曲がったところで、シリューは虚空に向かって叫ぶ。その瞬間、前回の遭遇時と同じように、一切の音が遮断され透明の壁が構築される。


「やあ、また気付いたんだね。大人しく観察する予定だったんだけど……」


 背後から聞き覚えのある声が響き、シリューは振り返った。そこに立っていたのは、白いフードの男。


「……メビウス……」


「おや? 時間の補正が掛かっていないね……素晴らしい、これほど早く成長を見せるとは。予想以上だよ」


 両手を広げ、大げさに驚いて見せるメビウスに、シリューは眉をひそめる。


「あんたは相変わらず、意味が分からないな」


「ああ、気にしないでくれ。これはまだ、僕の事情だからね」


 前回と同じく、まったく会話が噛み合わない。


「君はなかなか面白い使い方をしているようだね、僕としても非常に興味をそそられるよ」


 メビウスが言っているのは白の装備の事だろう。だが面白いという表現の意図が掴めない。


「選択の話だよ。ある意味、本能に根差してるといえるのかな」


 シリューは頭を抱え、メビウスの言葉の意味を考える。


「それは……正しい選択をしたって事か?」


「正しい……そうだね、君にとって正しい選択が世界にとって正しいとは限らないように、世界にとって正しい選択が君にとって正しいとは限らない。僕が言えるのはそれだけだよ」


 メビウスの声が楽し気に弾んだ。


「さて、そろそろ僕は行くよ。いずれまた会おうシリュー・アスカ」


 メビウスの存在が徐々に希薄になってゆく。


「待ってくれ、もう一つ! あんたは俺が何者か知ってるのか! 俺が、何になるのか知ってるのか!!」


 フードの奥でメビウスが笑ったように見えた。


「……それは、君自身が決める事だよ……」


 メビウスの存在と同時に結界も消失し、街の喧騒が戻ってくる。


「俺自身が……」


「シリューさぁん!!」


 立ち尽くしたまま空を仰ぐシリューに、追いついてきたミリアムが駆け寄る。


「どうしたんですかシリューさん? 急に駆け出したと思ったら、道の真ん中で空を見上げたりして。何かあるんですか?」


 ミリアムはシリューの視線を追い、同じように空を見上げた。だが、そこに何かを見つける事はできなかった。


「いや、ごめん。勘違いだった……」


 説明しても理解できないだろう、シリューにさえその存在が理解できていないのだ。


「メビウス、か……」


「え? なんです?」


 結局何一つ分からないのは前回と同じ、ただ違うのはメビウスの言った通り、時間の経過に補正が掛かっていないという事だけだ。


「ああ、いや、何でもない……じゃあ行こうか」


「えっと……?」


 何でもない訳はないだろうし、勘違いでもないはずだ。シリューには未だに話す事のできない何かがあると、ミリアムは感じた。


「でも、焦る必要は……もう無いです、ね……」


 ミリアムは心の中で呟き、差し出されたシリューの手をぎゅっと握った。


「はいっ、いきましょう!」






 その後、シリューとミリアムは揃って冒険者ギルドへと向かった。


 ギルドの入り口の前で、シリューがスイングドアに手をかけようとした丁度その時。


 不意にスイングドアが内側から開き、同時に小柄な少女がぶつかってきた。


「きゃっ」


 小さな悲鳴とともによろめく少女を、シリューは咄嗟に腕を伸ばして支えた。


「ごめんっ、大丈夫!?」


 後ろを歩くミリアムと話をしていたせいで、ドアの陰になった少女の姿に気付かなかった。


「んっ……」


 前のめりにシリューの腕に体重をかけるかたちで、微かな呻き声を漏らした少女は、その体勢のまま硬直したようにじっと動かない。


「あ……」


 シリューは自分の手の中に、ふんわりと収まった柔らかさがある事に気付き狼狽する。


「ああ、あのっ、こ、これはっ」


「少し起こして貰えると助かるのだけれど……」


 だが、少女に慌てた様子はなく、頭の猫耳をぴくぴくと小刻みに動かしながらも、落ち着いた抑揚のない声でそう言った。


「あ、ああ、そうだね」


 シリューは、なるべく掌を意識しないように少女を起こした。


「……あ、あの、ごめんっ、わざとじゃ……」


「どうして謝るのかしら? ぶつかったのは私の方で、貴方は助けようとしてくれたのでしょう?」


 シリューを見つめる少女の琥珀の瞳には怒りも羞恥もなく、ただ光を反射しているだけで何の感情も見て取れなかった。


「それは、そうだけど、でも……」


「これは事故よ、気にしないで、私も気にしないわ。それに……」


 少女は肩にかかるプラチナブロンドの髪をかきあげながら、シリューの後ろに立ったミリアムに目を向けた。


「たいして面白くもないでしょう? 彼女に比べたら」


 それがジョークなのか本気なのか、シリューには分かりかねた。


「あ、あなたはっ、治療院で……」


 ミリアムはその少女に見覚えがあった。治療院の2階の窓から、どことなく物悲しい雰囲気で空を眺めていたエルフと獣人のハイブリッドの少女。


 あの時は青の検診衣だったが、今は白のブラウスに紺のジャケットとスカート。襟には少し大きめの赤いリボンが留められ、どこかの制服のようないで立ちだった。


「あの時は声をかけてくれてありがとう」


 少女は少しだけ目を細め、軽く会釈する。


「私はもう行くわ。道を開けてもらってもいいかしら?」


「あ、ああ、ごめん、どうぞ」


 シリューとミリアムは慌てて左右によけた。


「ぶつかってごめんなさい。でもお礼は言わないわ、胸を触られたのは事実だから」


 少女は、さっとシリューを一瞥して、2人の間を通り抜け振り向かずに街へと歩き去った。


「……やっぱり、気にしてるんじゃないか……」


 少女の後姿を見送りながら、シリューはそっと呟いた。


 ミリアムがシリューの傍に寄り、きっ、と横目でねめつける。


「シリューさん……」


「ん……?」


 ミリアムの視線は、今まで感じた事が無いほど刺々しい。


「え? あの、ミリアム……?」


「えっち!」


 ぴしゃりと言い放ったその声と態度には、明らかな怒気が含まれていた。


「ちょっ、何でお前が怒るんだよ!?」


「知りません、行きますよ」


 ぷいっと顔を背け、ミリアムはスイングドアを乱暴に押し開き、すたすたと中へ入ってゆく。


 少女とミリアムの後姿を交互に見比べ、シリューは困惑したように眉をひそめた。


「え……? え?……」

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