【第125話】ほころび
「……本当に4日で終わらせたんだな……」
全ての瓦礫が撤去されすっきりと跡形も無くなった光景を前にして、ワイアットはただ呆然と立ち尽くしていた。
シリューが、崩壊した城での作業をはじめて4日目の午後。
たしかに、シリューならどうにかしてくれるとの期待はしていたが、まさかここまで規格外だとはワイアットも思っていなかった。
「まあ、ぶっ飛んでると言うか、ぶっ壊れてると言うか……お前さんが立ち会う人数に注文つけたのも、なるほど納得だな……」
今回の仕事を受けるにあたって、シリューは二つの条件を提示していた。
一つは作業に立会する人数を極力少数に抑える事。もう一つは、その方法について一切質問しない事。
「我儘を聞いてもらって、ありがとうございます」
「いや、まあなぁ……礼には及ばんよ」
こくりと頭を下げるシリューに、ワイアットは言葉少なに答えた。
数百トンではきかないであろう山のような瓦礫を、たった1人でしかも僅か4日で処理してしまう能力。公になれば、レグノスだけでなく国を挙げての大騒ぎになるだろう。
冒険者ギルドとしても、今その状況に陥るのは避けたほうが賢明だと、ワイアットには思えた。
ただし、本来ガイアストレージなら一瞬で終わるところを、あえて4日もかけた事はシリューだけの秘密だった。
「魔道具の破片とか潰れた機械装置やなんかは、こっちに整理しておきましたよ」
シリューは城の構造物以外の物を、【解析】により選別し並べて置いていた。
「……至れり尽くせり、だな……いや、ありがとう」
ほとんどの物は爆発によって破壊され、瓦礫に押し潰されて原型を留めていなかったが、中にはまだ使えると思えるほどきれいに形を残した物も多数出てきた。
ただシリューが最も気になっていたもの、人の死体は一切発見出来なかった。血液の痕跡はいくつか見つかったことから、おそらくは何らかの方法で全員脱出したのだろう。
「仲間は簡単に見捨てない、か……」
魔族自体の絶対数が少ないわけだから当然だろうが、これはある意味難しい対処を迫られる可能性があるという事だ。特に人の生死を割り切れないシリューにとっては。
敵ではあっても、その思考や行動は人そのものである。
「やっかいだな……ボーグじゃないって事か」
SFドラマの機械生命体のように個人の感情も意思も無いなら、敵と割り切って魔物と同じように殺せるかもしれないが、人格を持った人ならそうはいかない。
「ん? 何か言ったか」
「いえ、何でもありません」
ワイアットは訝しげな表情を浮かべたが、約束通りそれ以上の質問はしなかった。
「とにかく、ごくろうさん。2日後には調査のために、アルフォロメイ魔導学院の研究者が来る事になってるから、後は彼等に任せよう」
王立アルフォロメイ魔導学院は、数ある魔法学園の中でも最高学府とされ、各国から将来有望な若者や優秀な研究者たちが集う、元の世界でいう大学に近い教育機関である。
「実はお前さんの回収した例の魔石の欠片だが、そっちも学院に引き取ってもらう事になってな、昨日担当の若いお嬢さんが来たんだ」
「女性1人ですか?」
シリューは眉をひそめる。
いつあの仮面の男が襲って来るとも限らない、どんな女性かは知らないが1人に任せるのは危険すぎる。
「いや王都のBランククランが護衛するから、その辺りは大丈夫だろう。それに本人もCランクの冒険者だしな。」
「俺より上……なら俺が心配するような事じゃないですね」
「その件でお前さんにちょっと相談があるんだが……」
ワイアットはどこか含みのある笑みを浮かべシリューを見据えた。
「手短にお願いします、この後予定があるんで」
エルレイン王都の王宮に隣接する場所に、元々は迎賓館の別館として使用されていたその建築物は、ルネサンス様式を模したような建物の多いエルレイン王国において、唯一ネオ・バロック風の建築様式で建設されていた。
別館とはいえ敷地面積は1万平方メートルを超え、2階建ての延床面積が3千平方メートルもあり、いくら勇者とはいえ直斗たち4人が暮らすには些か広すぎる。
「狭い所に押し込めるようで、申し訳ありませんが……」
ここへ案内された時、パティーユは本気でそう言ったようだが、普通の高校生である直斗には最早冗談にしか聞こえなかった。
そして今、緊急の呼び出しを受けた直斗たちは、日課の訓練を早めに切り上げ、家一軒が丸々入りそうな広さのサロンに集まっていた。
「また災害級の発生ですか? 今度は何処に?」
クリスタルガラスで装飾されたシャンデリアの下の、丸テーブルを囲う椅子に掛けて、直斗は左隣のパティーユに尋ねた。
「いえ、そうではありません。実はアルフォロメイ王国から、少し気になる報告が寄せられたのです」
パティーユは右手側から順に、直斗、有希、恵梨香、ほのかを見渡した。
「気になる事、ですか?」
「あんまり、いい事じゃなさそうですねぇ」
有希が首を傾げ、ほのかは眉根を寄せる。
「悪い事と、良い事と両方同時ですね、エマーシュ説明をお願いします」
パティーユは背後に立つエマーシュを振り返った。
「アルフォロメイ王国を経由して、同国の都市レグノスの冒険者ギルドから報告が上がってきました。単刀直入に申しますと、魔族による破壊工作です」
「魔族だって!?」
エマーシュの言葉に、直斗が身を乗り出して声を荒げる。
「人造の魔石による死体の魔人・魔獣化、その魔石を製造するための誘拐、領主へのなり替り、はてはワイバーンを使った街への襲撃……」
エマーシュは報告書に記された通り、レグノスで起こった事件の一部始終をゆっくり、そしてしっかりとその場に集う5人に説明した。
「俺たちが、ソレスにいる間にそんな事が……」
「どちらかが……陽動だったんでしょうか……?」
直斗の呟きに、恵梨香は腕を組み目を閉じて深く考えるように囁いた。
「おそらく、タイミング的にソレスが陽動で、レグノスが本命だったのでしょう」
パティーユの意見に、全員が納得の意志を示す。
「俺たちに邪魔させないためか……でもそれじゃあレグノスはどうなったんですか」
解説によると魔人もワイバーンも災害級、とてもレグノスの戦力で対処出来るとは思えなかった。最悪考えられるのは都市の壊滅。
「それが……報告書によると兵士や冒険者に数名の死者と、建物の倒壊や損傷が幾らか出たものの、大した被害ではなかったそうです」
「え!? 魔人はわかんないけど、ワイバーンの襲撃にあって、それだけ?」
「いい事って……被害が最小限におさえられたって事ですね」
有希とほのかが、目を丸くしてエマーシュを見つめる。
エマーシュは2人に頷き、報告書に目を通しながら困惑した表情を浮かべた。被害の少なさもそうだが、その後の記述が信じられないような内容だったのだ。
「どうやら……すべて一人の冒険者によって、解決されたようです」
皆が信じられないといった様子でエマーシュを見上げ、それから一斉にパティーユへと視線を移した。
「私も、報告書を読んだ時は皆様と同じ気持ちでした……ですが、本当の事です」
「その、冒険者って何者ですか?」
直斗がエマーシュに尋ねる。
1人で災害級の、しかも空を飛ぶワイバーンを屠ったとなれば、直斗たちとほぼ同じ程度の実力を持つという事だ。
「名前はシリュー・アスカ。『深藍の執行者』と呼ばれている、Eランクの冒険者です」
「シリュー……アスカ……すみませんエマーシュさん、アスカは家名でしょうか?」
顎に指を添え、恵梨香が疑問を口にした。
「そうだと思いますが、聞き覚えのない名ですね。報告書によると彼はアルヤバーンという国の出身だそうです」
報告書には年齢と性別の他に、出身地ぐらいしか記載されていない。アルヤバーンと言う国は聞いた事はないが、どうやら東の果てに位置する国で、シリューは『森の扉』に巻き込まれたらしいと補足されていた。
「アルヤバーン……ですか……一度その彼とは話をしたほうがいいかもしれませんね」
恵梨香が顔をあげ、意味ありげに皆を見渡した。
「どうかしたの? 恵梨香……」
有希は当惑よりも好奇心に押され恵梨香を見つめた。
「シリュー・アスカという方は、私たちの世界と何らかの繋がりがあるのかもしれません」
「どういう事だ恵梨香?」
「私たちと同じ世界の人間って事?」
恵梨香の言葉に、直斗とほのかは驚きを隠そうともせずに立ち上がった。
「あ、ありえませんっ。異世界からの召喚を行えるのは我がエルレイン王家だけなのです……」
パティーユが興奮ぎみに声を荒げほのかの疑問を否定する。
「あくまでも憶測です。それに、異世界への転移があるのなら、転生もあり得るかもしれません……」
「転生……生まれ変わりってことだよね……でもどうしてそう思うの?」
恵梨香はほのかに向けて頷き、一旦間をおくためゆっくりと深呼吸をした。
「アルヤバーン……アラビア語で、日本、です」
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