【第79話】もうひとつのアーティファクト
「それにしても、今回はモノケロースか……。裸に剥いてのパレードといい、期待以上にやらかしてくれるじゃないか」
葉巻の煙をゆっくりとふかし、ワイアットはさも嬉しそうににやりと笑った。
「それ……、さっきも言いましたけど、成り行きですよ」
ワイアットの期待に応えてしまったのが、何故だか少し悔しいシリューだった。
「捕らわれた恋人。そのうら若き麗しの女性神官を救うため、たった一人、野盗と魔物の群れに戦いを挑む……ああ、まるで物語みたいです」
レノは恍惚の表情を浮かべ、うわ言のように囁いた。
「いや、それ完全に違う話になってますから。若い、と女性神官しか合ってませんから」
シリューは首を振り、全力で否定した。脚色の割合が多すぎる。
「でも、野盗団と魔物を倒したのは事実ですよ?」
「……まあ、それは……」
確かに、そこは事実で否定する理由はない。
「見目麗しい、恋人の女性神官を助けたのも事実ですよね?」
「事実が捻じ曲げられてます! 正しくは、ちょとした知り合いの、天然で残念なポンコツ神官を、子供を助ける序でに助けた、です」
ミリアムが美人であるのは認める。百人いたら百人全員が迷いなく美人だと称えるだろう。
〝でもっ、美亜の方が100倍美人だっ……〟
「……星空の下、やがて二人は結ばれて、気怠い朝を迎え……」
「……てませんから! なんか妄想大きくなってません!?」
精々唇が触れたぐらいだ。ただそれも事故で、意図した訳ではない。後は……。
シリューは、ミリアムが思いっきりクロエを蹴り上げた、あの時の光景を不意に思い出し、心臓が撥ねるのを感じた。
「いや、あ、あれはっ……」
二人には聞こえない程小さな声で呟き、真っ赤になった顔を伏せる。
「おいおいレノ、もうその辺で勘弁してやったらどうだ?」
見かねたワイアットが二人の間に割って入る。
「ああっ、す、すみませんっ。私ったら、つい……」
レノは慌てて一歩下がり頭を下げた。
「シリューも、すまんな。どうもレノは見かけによらず乙女なところがあってなぁ……」
ワイアットはそれが癖なのか、すまなそうに頭を掻いた。
「あ、いえ。別に、気にしてないですから……じゃあ、俺はこれで」
受け取った金貨をガイアストレージに納め、シリューは軽くお辞儀をして倉庫を出ようとした。
「ああ、そうだシリュー。お前さん、勇者の件はもう聞いたか?」
「勇者?」
どういう意図があってワイアットがその話題を持ち出したのか、シリューには推し量る事が出来ずに振り向いた。
「ソレス地方で発生した、災害級に対処する為に派遣されたんだがな」
「災害級……」
シリューはシャールの森で直斗たちとともに戦った、ポリポッドマンティスの事を思い浮かべた。あの時は六人、奇策といえる作戦で何とか勝つ事が出来た。
「C級のサウラープロクスが四体、それに魔法障壁を持ったB級のイグゾディアシスが5体だ。へたすりゃ国が亡ぶレベルだよ」
「なお、……勇者さんたちは無事だったんですか?」
全部で九体の災害級、直斗たちも無事ですむわけがない、シリューがそう思うのも無理はなかった。龍脈から復帰して二週間程度のシリューには、ポリポッドマンティスとの戦い自体、つい先日のような感覚しかなかったのだ。
だが、実際にはあれから半年の時間が経過していた。
「それが、無事も何も、一撃だ……勇者ヒュウガの、たった一撃で、魔法障壁もろとも殲滅したらしい」
「一撃……で……」
シリューは努めて平静を装ったが、僅かに手が震え、冷たい汗が背中を伝うのを感じた。
シリューと直斗たちの間にある半年の時間差。たった半年。100mでいえば、コンマ数秒を縮められるかどうかといったところだ。
それなのに……。
広げられた差はとてつもなく大きい。
もし今、勇者たちに追われたら、そして戦いになったら。
無理だ、戦いになる訳がない。逃げるのも叶わないだろう。
確かに、今ならポリポッドマンティスを一人で倒す自信はある。だがかなり時間を要すだろう、一撃でなど絶対に無理だ。そして、直斗は最早そんなレベルではない。
今はただ、会わない事を祈るしかない。
直斗たちの事情を知らないシリューには、ひたすら逃げ延びる事しか頭になかった。幸い、勇者たちはここからは随分と遠い国にいる。今すぐどうという事はないのが、唯一の救いだ。
「何故、その話を俺に?」
ワイアットは銜えた葉巻を指に持ち替え、意味ありげな笑みを浮かべる。
「なに、お前さんなら、同じくらいの事はやらかしそうだ、と思ってな……」
「……できますよ……って言ったらどうします?」
ワイアットの指に挟まれた葉巻が、煙をたなびかせて床へと落ちる。
「え、お、おい……?」
目を見開いて固まるワイアットとレノを尻目に、シリューは何食わぬ顔で出口に向かい、立ち止まってちらりと二人を振り向いた。
「冗談ですよ? 本気にしないでくださいね」
そして、笑いながら倉庫を出て行った。
残された二人は、まるで魔法にでも掛かったように硬直したまま、出口を見つめて呟いた。
「……なあ、ホントに冗談だと思うか?」
「……そういう事にしておきましょう……」
「そ、そうだな。そうしよう……」
「あれ? シリューさんヒスイちゃんお帰りなさい。今日は随分早いですね」
冒険者ギルドを出た後軽い昼食をとり、シリューは早々に宿へ引き上げてきた。勇者たちの話を耳にしてから、クエストを受ける気にも、街を散策する気にもなれなかった。
明日はミリアムと一緒に、野盗のアジトになっていた洞窟の周辺を探るつもりだ。ただ昨日今日と、ギルドでも調査隊を出して、あの辺りの捜索をしている。一応その資料を基に調べてみる予定だが、何らかの手掛かりが得られるかは微妙なところだろう。
「ただいま。これから押収品の整理をしようと思ってね」
「じゃあ、後で紅茶をお持ちしますね」
シリューは笑顔で頷いて、二階への階段をあがった。
「さて、と……」
部屋に戻ったシリューは、ベッドに身を投げ出し、メニューからガイアストレージの項目を開く。
【ストレージ内に保存された物の一覧を表示しますか? YES/NO】
「YESだ。ただし、押収品の、お金を除いた物だけでいい」
ガイアストレージはPCやハードディスク等と同じように、任意のフォルダーを作成し、そのフォルダー毎に収納、保存が出来る。今回野盗達から押収した物は、『押収品』ファルダーに収納してある。
【押収品の一覧を種別表示します】
目の前に、白い文字で種別毎にずらりと並んだ物品の数々。〈宝石類〉、〈装飾品〉、〈美術・工芸品〉、全て合わせて百点以上はある。半年間での略奪の結果として、これが多いのか少ないのか、シリューにはよく分からなかったが、それでも多くの人が犠牲になった事だけは理解できた。
「あんまり深く考えない方がいいな……ん?」
その中で一つ、気になる項目が表示されていた。
〈装備〉
「装備?」
野盗達から奪った装備や服は別のフォルダーに収納してある。不審に思ったシリューは、首を捻りながらその装備をストレージから取り出した。
「……こんなのあったか……?」
ヘアラインの入った、ガンメタリックカラーのスーツケース。容量はおよそ100Lぐらいだろうか、80cm×60cm×40cmほどのかなり大型のものだったが、洞窟で押収した中に見覚えがなかった。
「ヒスイにも見覚えがないの、です」
ヒスイは顎に人差し指を添え、首を傾げる。
「爆発したりしないだろうな……ヒスイ、下がってて」
シリューは恐る恐る、そのスーツケースを開いた。
「これは……スーツ?」
白を基調として、碧いラインが入り、金糸の縁取りのなされたテールコート風のスーツが一式。それに金属ともプラスティックとも思える素材のブーツと革製のグローブ。紫外線除けに使われるような、首元から顔までを覆うフェイスカバー。そして、顔の鼻から額部分を隠す、シルバーメタリックの若干メカニカルなデザインのマスク。
【解析を実行します】
品名 白の装備(一式)
製作者 不明
種別 神話級アーティファクト
材質 不明
効果 物理、魔法、毒、呪い等の攻撃に対して、非常に高い防御力を誇る。又、あらゆる環境下で装着者の体温を一定に保つ。
『フェイスカバーは酸欠、有毒ガス等を完全に防ぐ』
『マスクは理力による不可視の幕を張り、頭部全体を防御し、閃光や熱から目を保護する。加えて、解析系の能力を無効化する』
なお、装着者の能力を上げる効果は無い。
「神話級のアーティファクトだって? あいつ、こんな物まで持ってたのか」
どう考えても見覚えがないのだが、洞窟では気付かなかったのだろう。
シリューはスーツの上着に袖を通して、ある事に気付いた。
「これ……?」
それはまるで、シリューの為にあつらえたように、ぴったりとサイズが合ったのだ。
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