第44話 変態じゃ、ないもんっっ!!

 結局、教えて貰えたのは、アリエル様がアストワールの森にある、ハイエルフの王女様だという事だけだった。


 二人はその後も、思い出話に花を咲かせていて、シリューも暫くはそれを聞くとはなしに聞いていた。


 耳に残ったのは、ベアトリスが昔イヴリンと名乗っていた事、アストワールを離れたのが70年程前だという事。


 ならば、ベアトリスは少なくとも70歳以上。


 どう見ても20代にしか見えないが、それが長寿であるエルフの特徴なのだろう。(さすがに、年齢を聞く事は出来なかった)


 すっかり忘れていたが、ひとしお話が盛り上がったあと、外で人を待たせているのを思い出し、ベアトリスに挨拶をして、店を出た。


「シリューくん、当分はこの街にいるんでしょう? 用事が無くてもいいから、ヒスイちゃんを連れて遊びに来て」


「はい、そうさせてもらいます」


 店のドアを閉め、少女が待っている筈のベンチに目を向けようとした時。


 公園の方向から、幼い子供の大きな泣き声が聞こえた。





 一時間位は待っただろうか。


 そのうち、後ろでブランコの揺れる音が聞こえてきた。


 少女は、公園のブランコに背を向ける形で座り、通りの向いにある防具屋『赤い河』をぼんやりと眺めていた。


 ……紫パンツ残念変態ポンコツ神官娘……。


 確かに悪いのは自分だが、そのあだ名、ちょっと酷すぎないだろうか。


「ううん、酷すぎます……変態じゃないですもん……ポンコツじゃないですもん……残念じゃ……残念じゃ……ざんねん……ですぅ」


 そこは、否定できなかった。あと紫パンツも。


「これから、挽回しますっ」


 基本、前向きだった。


「まだかなぁ」


 そう思った時、後ろでドサリ、と物の落ちる音がして、けたたましい子供の泣き声が後に続いた。


 振り向くと、ブランコから落ちた4歳位の女の子が、うつ伏せに倒れていた。


 少女は素早くベンチを飛び越し女の子のもとへ駆け、そっと優しく抱き起こす。


 声を出して泣いているし、顔や頭それに耳からの出血も無い。


 見た所、肘や掌に擦り傷がある程度だ。


「大丈夫? 今お姉ちゃんが、痛いの取ってあげるからねっ」


 そして少女は治癒の呪文を唱える。


「生命の輝きよ、かの者の傷を癒したまえ、ヒール!」


 少女がかざした手から生まれた、柔らかな光が泣きじゃくる女の子を包み、その傷をゆっくりと癒してゆく。


「ほら、もう平気、痛くないでしょ」


 しゃくりあげる女の子に、優しい笑みを向けながら、少女は女の子の頭をそっと撫でる。


「いい子ねぇ、落ちた時ちゃんと手をついたんだねぇ、えらいね、すごいね……ほら、もう泣かないでいいんだよ、大丈夫だよ」


 女の子は顔を上げ、痛みの消えた両手をじっと見つめた。


「……まほう? おねえちゃん、まほう、つかえるの? じゅごい……」


 少女は頷いてにっこりと笑った。


「もう、おっきできる?」


「うんっ」


 立ち上がった女の子の服に付いた泥を、少女は軽く手で払う。


「さあ、もうお家に帰ろうか。一人で帰れる?」


「うんっ、ひとりでかえれる。おうち、ちかくだから。ありがとうおねえちゃん」


「うん、気を付けてね」


「うんっ、ありがと、ばいばい」


「バイバイ」


 女の子は手を振り駆けて行った。


 少女はその後ろ姿が見えなくなるまで、見送った。


「結構優しいんだな」


「ひゃうっ」


 不意に聞こえた声に、少女はびくんっ、と肩を揺らし慌てて振り向く。


 両手を肩の横で広げていたせいで、ばいんっ、と横に弾む胸がやけに目立った。


「びっくりしましたぁ、何時から見てたんですか?」


「子供がブランコから落ちて、お前が駆け寄るところから」


 シリューは、それまでより少し柔らかな表情を少女に向けた。


「……子供の扱い、上手いんだな」


 少女は、シリューの見せる初めての笑顔に、少し照れ臭くなり思わず俯いてしまう。


「私、孤児院で働いてますから……それに、子供好きなんです」


 それだけ、だろうか……。






「あれ? あの子……」


 美亜と出掛けたショッピングモールでの事だ。


 二階に上がるエスカレーターを降りた時、美亜は五歳ぐらいの女の子が今にも泣きそうな顔で、同じ所をいったりきたりしているのをみつけた。


「僚ちゃん、ちょっと待ってて」


 美亜はすぐさま駆け寄り、しゃがんでその子の目の高さに合わせ優しく声をかけた。


「どうしたの? うちの人とはぐれちゃったの?」


 女の子は声をかけてもらって安心したのか、堰を切ったように泣き始め、何度も何度も頷いた。


「誰ときたの?」


「おばあちゃん……」


「そっか、もう大丈夫だよ。お姉ちゃんと一緒にお店の人にお願いにいこう? そしたら探してくれるから、すぐおばあちゃんに会えるよ、ねっ」






 その時に美亜が見せた慈愛に満ち溢れる笑顔と、泣きじゃくる女の子に治癒魔法を掛け、優しくあやす少女の姿が重なって見えた。


「私……孤児院で育ったんです。両親は、私が物心つく前に、魔物に襲われて亡くなったそうです……」


「そっ……か」


 だから、似ているのかもしれない。美亜にも、そして自分にも。


 シリューはふとそう思った。


「でも、そんなに寂しいって思った事ないんです。私、お父さんの事もお母さんの事も、……全然覚えてないんです……」


「……分かるよ……そうだよな」


「え?」


 少女は、意外な、そして優しい言葉に顔を上げ、シリューを見つめた。


「俺も同じだからな……生まれてすぐ、養護……孤児院の前に捨てられてたらしい」


 今まで自分からすすんでこの話をしようと思った事はない。


 理由はわからない、だが何故か今は、聞いて欲しい、話したいと思ってしまった。


「そうだったんですか……」


「ま、俺の身の上話なんてどうでもいいけどな」


「そんな事ないですっ、話してもらえてちょっと嬉しいです。……それって少しは見直してくれたって、事ですよねっ」


「それはない」


 躊躇なく、きっぱりとシリューは言い切った。


「お兄さん、いけずですぅ……」


冷静に切り捨てるようなシリューの態度に、ちょっと期待を抱いた少女は、あっさりと撃破され眉根を寄せる。


「シリューだ……」


「ふぇ?」


 唐突な言葉に少女は一瞬、何の事か理解出来なかった。


「シリュー・アスカ、駆け出しの冒険者だ」


「あ……」


 少女の顔に、春の菜の花のような笑みが弾ける。


「わ、私っ……」


「知ってる、紫パンツ残念変態ポンコツ神官娘」


 少女の夢はあっさりと打ち砕かれる。


「ち、違いますっっ!  何自分だけカッコいい流れで名乗ってるんですかっ。ずるいですよっっ」


 ここは普通、甘酸っぱい雰囲気の中、女の子が名前を告げる場面の筈。


 その筈だったのに。……と。


「じゃあ、さっきのに免じてポンコツは取ってやるよ、紫パンツ残念変態神官娘」


「あんまり変わってないですぅ、何で変態が残るんですかぁ」


 紫パンツは受け入れているらしい。


「わかった、あんまり長いしな。変態紫パンツ娘だ」


「神官が消えてますぅ、それもうただの変態ですよぉ。私のアイデンティティ変態じゃないですぅぅ」


 顔を真っ赤にして腕を振り、必死に抗議する少女のメロンな胸が相変わらず、ばいんっ、と揺れる。


「じゃあ、さっさと名乗ればいいのに」


「ええ? 私のせいですか? 違いますよねっ、シリューさんが名乗らせなかったんですよねっっ」


「名乗らないなら変態紫パンツ娘で」


「で、ってなんですかっっ。ミリアムっ、ミリアムですっっ!」


「そうか、いい名前だな、紫パンツ残念変態ミリアム」


「ほぼ元に戻りましたぁぁぁ」

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