第18話 食べちゃイヤ!

「……とりあえず、魔核と素材を回収しとくか。あんまり気は進まないけど……」


 僚は、マジックアローで倒したクモの傍に立ち大きく溜息をついた。


 間近で見ると、全身鳥肌が立つ程気持ち悪い。


「魔核は……良かった無事だ」


 吹き飛んだ胴体の残骸から、黄色の魔核が見えていた。


「それにしても……」


 マジックアローは発動が早く、必要な魔力も少なくてすむ。その分攻撃魔法としては威力も小さく、おもに牽制の為数発を同時、又は連続で使用する。


「威力、おかしいだろ」


 これでは、アローと言うよりもミサイル、いや胴体を吹き飛ばしながら貫通し、幹の直径が2mはある木々をなぎ倒した威力は、さながらレールガンと言ったところか。とにかく使い方を考える必要がありそうだ。


「さてと、この脚は使えるかな?」


 短い毛の生えた身体の割に長く太いクモの脚に、嫌々ながら指先で触れた時。



【ガイアストレージに保存しますか? YES/NO】



 またしても例のメッセージが表示された。しかも今度は選択肢付きだ。


「ええええ⁉ ガイアストレージ? 何? 説明は?」


 色々な事が、次々と起こり過ぎて、最早キャラ崩壊寸前だった。



【ガイアストレージ:星の保管庫。生きているもの以外を収納出来ます。数量、質量に制限無し。有機物については時間経過無し。無機物については自動修復機能有り。直接手で触れる事で収納、メニューもしくは直接アクセスする事で取り出しが出来ます】



 何の前触れもなく解説文が表示された。


「なんか……凄い……凄いけど、メニューって何だ……いや、今はやめとこう」


 魔物の死体を放って置くと、その匂いに惹かれて他の魔物が集まって来る。今の状態でそれは避けたかった。


 僚はとりあえずYESを選んだ。すると巨大なクモの死体が跡形もなく消えた。



【ハンタースパイダーをガイアストレージ、新規フォルダー『魔物・素材』に保存しました】



「……ハンタースパイダーって……もうツッコむ気も起きない、後でゆっくり考えよう……」


 僚は一旦考えるのを放棄し、もう一匹のクモ、ハンタースパイダーに向かった。


 こちらは、思い切り蹴り飛ばし木に激突した衝撃で、脚の何本かが千切れたうえ、腹の部分が裂け薄黄色の体液が溢れていた。簡単に言うと更に気持ち悪い。


「うえぇぇ、さっさと収納してしまおう」


 僚が胴体の残った脚に触れようと近づいた時、溢れ出た体液の中で何かがもぞもぞと動いた。


「うわあぁぁ! も、燃えろっアリュ……?」


 一気に燃やしてしまおうと叫んだ着火の魔法を、僚は途中で止めた。


「ん、くっ……」


 動く物体から、鈴のように澄みとおった、甘く可愛い呻き声が聞こえたのだ。


 恐る恐る近づいてよく見ると、それは小さな小さな……。


「人? ってこれピクシーか?」


 僚は汚れるのも構わず、そのピクシーをそっと両手で掴む。


 クモの体液で汚れてはいるが、人形のように愛らしい顔には赤みが差し、息に乱れもない。


「生きてる……ええと、そうだ」


 生活魔法・洗浄。エマーシュや他の魔術師が使った時の事を思い浮かべる。一度見た魔法なら使える、ここまで来るとそう考えるのが妥当だ。但し、大雑把なイメージではなく、あくまでも優しく、丁寧に、そして慎重に……。


 淡い水色の光が、僚と僚の手の中で眠るピクシーを包む。洗浄の魔法が発動し綺麗に汚れを落としてゆく。


「う……んっ……」


 ピクシーは掌の中で小さく身悶えした。


「話には聞いてたけど、初めて見たな……」


 体長は20cm程で、背中に四枚の透明な羽があるが、姿は人間の女性とほぼ変わらない。尖った耳に、腰まである透きとおるような緑の髪と水着のような服。



【解析を実行しますか? YES/NO】



「……解析?」



【固有スキル 解析:事物の構成要素を理論的に調べることにより、その本質を明らかにします。生命体についてはその能力をステータス化して表示、工芸品等については構成素材、年代、作成者、作成地、真贋等を判断します】



「……どうぞ、YESで……」


 もう、驚く気も起きなかった。



“ 種族:ピクシー ”

 固有名 無し

 年齢 132歳

 魔力 80

 魔力量 8/350

 スキル 幻惑 姿消し

 魔法 精霊の加護 空間

 アビリティ 魔力

 状態 気絶



「何気に魔力量多いな……年齢も132歳だし。気絶って事は、起こしても大丈夫だよな」


 ピクシーは、その希少性から不可侵対象になっていた筈だ。このまま連れて行けば罰せられる可能性があるし、かと言ってここに放って置けば、目覚める前に魔物に喰われるかもしれない。


「おい、起きなよ」


 僚は眠るピクシーの頬を、指先で軽くつついた。


「ん……」


 ピクシーはゆっくりと目を開けた。瞳は髪の毛と同じ綺麗な若竹色だ。ただ、起きたばかりで状況が掴めていないのか、目の焦点が合っていないように見える。


 それからぴくんっと身悶えすると、思い出したかのようにいきなり叫び声を上げた。


「いやあぁぁ! 食べちゃいやあ! 食べないでぇぇぇ!! 」


 おそらく、ハンタースパイダーに喰われる寸前の恐怖が蘇ったのだろう。頭を抱えて大泣きし始める。


「もう大丈夫だよ落ち着いて。君を食べたクモはやっつけたから、怖がらなくていい」


 僚はパニックになったピクシーをこれ以上脅かさないように、いつもより1オクターブは高い声で、優しく静かに語り掛けた。


「……え?……ひっく、……ニンゲン?」


 ピクシーは顔を上げ、丸い瞳を更に丸く見開いて僚を見つめた。


「……言葉分かるの?」


「ん? ああ、そうだね。ちゃんと分かるよ」


 僚の掌の上で半身を起こし、不思議そうにちょこんと首を傾げたピクシーだったが、すぐにまた眉根を寄せ、不安げな表情になった。


「……ニンゲンは……わたしたちを捕まえて、籠の中に閉じ込めるって聞いたの……」


「ああ、それで……」


 僚も聞いた事がある。捕獲が禁止されているピクシーだが、好事家の間では高値で取引される為、違法な捕獲が後を絶たないらしい。


「大丈夫。君を捕まえたりしないよ」


「ほんと?」


 僚は微笑んで大きく頷いた。


「いじわるしない?」


「しないよ。ほら、飛べる?」


 僚はそっと掌を開いた。ピクシーはパタパタと羽を動かしほんの少し浮き上がったが、すぐにまた掌の上に降りて力なくへたり込んだ。


「……まだ、上手く飛べないの……」


 さっきまでクモの腹の中に閉じ込められていたのだ、体力も魔力も戻っていないのだろう。


「暫くそこにいて」


 僚はピクシーを自分の肩に乗せ、空いた手をハンタースパイダーに向けた。


「それ、死んでる?」


 僚の髪をがっしりと掴み、ピクシーが震えた声で尋ねた。


「大丈夫、死んでるよ」


 横たわるハンタースパイダーを軽く蹴り、何の反応もない事を怯えるピクシーに確認させる。


「……ね」


 ピクシーは納得したように頷いたあと、きょろきょろと辺りを見渡した。


「他に誰もいない……一人でハンタースパイダーをやっつけたの?」


「そうだけど、どうして?」


 ピクシーは驚いた顔で、僚を見つめた。


「すごいの。普通、ハンタースパイダーをやっつけるにはパーティー? を組んで何人かで一緒に戦うの」


「へえ、そうなんだ」


 僚は口元を緩め答えたが、ピクシーの言葉を真に受けてはいなかった。龍脈から復活した後、身体能力が強化されたとは言え一撃で倒せた相手だ。


 それでも小さなピクシーからすれば、怪獣みたいなものなのだろうが。


「さ、とりあえずここを離れようか」


 僚は、ハンタースパイダーをガイアストレージに収納した。


「空間魔法……マジックボックスを使えるの?」


「えっと、ああそうだね」


「わたしも使えるの、でもこんな大きいのは無理なの」


 ガイアストレージが果たして空間魔法なのか、僚にはよく分からなかったが、説明も面倒なのでそう答えておくことにした。


「じゃあ行くよ、しっかり掴まってて」


 ピクシーが僚の肩でこくりと頷く。


 僚は未だ深い夜の闇に包まれた森の中を、しなやかな野生動物のような身のこなしで駆け抜けた。

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