第26話「徹底解剖――優秀な褐色術師 前編」

 これにて、私の計画の初日は終了だ。


 少し修正を施さなければならない箇所がどうしても発生してしまうが、概ね当面の問題は万事解決だろう。対策の修正を施さなければいけない理由の殆どがエンヌにある。彼女が何も知らない単に知識欲に溺れた人間であれば手放しで喜べるところだが、そうはいくまい。

 

 今晩に関しては、私は早めに寝床についた自信がある。食事もそれなりに喉を通した。

 だというのに寝つきも悪ければ、目覚めも最悪だった。

 かろうじて遅刻こそは回避できたが……。


「…………」


 そこには元の世界でいうメイド服を着こんだエーデルワイスがあくせくと部屋を掃除していた。

現代のメイド服で例えると、妙に装飾じみていたり、無駄な機能がついていたりと、利権主義が絡んだものとは異なった本来の用途に適ったメイド服といえようか。

 全面に黒色が採用されており、フロントタイプのボタンが純白の前掛けによって隠されている。しいていうなら、肩元だけが少し、羽根のようにふわりと強調されている。また、ネックラインも流石はメイド服といったところか、しっかりとした織り込み具合だ。カフスといった細部にも精緻な刺繍が施されており、住処を購入した際のおつりで買い揃えたのだと推察できた。

 彼女は背丈程あるモップを持ち寄って、頑張って掃除しているが、そうじゃない。


「……何してるの」

「あっ、おはようございます!」

「おはよう――質問に答えなさい」

「掃除ですよっ!」


 質問が悪かったか、それに今の彼女はオフのモード。いわばポンコツだ。

 よくみると、スカート部分まで伸びているエプロンが少し土埃によって薄汚れている。


「何故私の部屋にいるの?」

「今日付けでカノンさんのお手伝いになりました!」 


 ぴしっと、綺麗な構えで敬礼をする彼女は様にはなっていた。というか、この世界に敬礼という作法があるのか?


「頼んでないけど」

「自分で決めました」

「帰りなさい」


 押しかけられると面倒だ。

 それに、家というのはいわば私の最後の聖域、砦なりうる場所であるものだというのが持論だ。

 それは元の世界でも間違いなくそうだった。そして、小振りながらも必要不可欠な拠点としての機能を有するこの学生寮は、間違いなく暫定的な自分の砦となっていた。

 自分から招致しない限りは、第三者を砦に置きたくはない。砦の中に自分以外がいると、嫌悪感を抱く。誰もが、これに関しては同意が得られると信じている。

 だから……起き抜けに、人が至近距離にいるのは不快極まりない。


「ええっ、でも……」

「八聖王の誕生まで自分の時間を過ごせばいいじゃない」


 八聖王が誕生したら嫌が応でも忙しくなるだろう。それに、私なら〈不浄のチェイン・魔鎖アンファング〉の精度を高める。自分が予期しない抜け穴があるというのなら、それを徹底的に潰そうと試みるだろう。しかし、彼女ときたら、


「私、何もしないで家でぼおっとするのは嫌なんです! だから……奴隷の時に色々とやらされたんで、その経験を生かそうと!」

「…………」


 鼻背を二本指で押さえ、頭痛が起こりそうになるのを懸命に耐える。

 それにしても……見上げたものだ。余暇を消費してまで何らかに従じんとする精神には頭が上がらない。


「まだ私が八聖王ではないという保証はないのだけど」


 そんな口振りこそはしているが……私は高い確率で八聖王の一員だ。自分で宣言するのもおかしな話だが……八聖王の中でもイレギュラー中のイレギュラー、それはエンヌの反応から容易に推し量ることができる。


「前にも言いましたが、それはそれ、これはこれですよ。八聖王は間違いなく私の手で殺しますけど、それでも恩を返さないなんていうことはしませんし、できません」


 そうね、彼女はある意味わりきっているのだった。


「はぁ……」


 だが毎日毎日世話されるのも癪だ。これではまるで私が要介護認定を受けた人間か箱入り娘にでもなった気分だ。少し……恥じらいだってある。


「来るな、とは言わない。だけど、もっと節度を減らしなさい」


 朝くらいは一人の時間を謳歌したいものだ。今日こそは寝坊してしまったが、通常は少し早めに起きて紅茶でも嗜みたいところでもあるし。そんな真横で掃除だの炊事だのを忙しなくされると、圧迫感が凄まじい。


「で、ではカノンさんがいない間に掃除と……あとご飯は作りますね!」


 うわ、こんな発展のない譲歩をみたのは初めてだ。ていうかエーデルワイス、料理ができるというのか。

 これは……折れそうにないな。


「……好きになさい、私はもう行くから」

「はいっ、エンヌさんの所へ行くのでしたっけ?」

「ええ、そうよ。まったく――面倒なことをしてくれるものね」

「何かあったらお呼びください!」

「何もないし……起こさせないわよ」


 私は極めて平均的な生活を望む平和主義者なのだ。





「失礼します」


 彼女の部屋である広葉樹由来の濃い荼毘の扉を二度ノックをし、入室許可を求める。

 だけど、返事はなかった。

 好きな時間に呼び出しておいて……留守にしているのか。実に礼節を欠く行為ではあるまいか。畜生、今に泣きを見せてやる。私のリベンジリストにおけるエンヌ・ハイゼンベルグに関する記述が今日の現時刻を以て倍増する予感がした。


(イラつくわね……授業をふかしてやりたいくらいだ)


 というか、今日も今日とて〈術式エイジ〉の講義が執り行われるというのに約束を蹴るとはどういう了見だ? 教師というのは生徒との約束を容易に反故にできる程達者な職業だというのか? 

 嗚呼、相分かった、思い出したとも。

 元の世界を想起しても、教師の本質はそうだったのだから――。


「む……」


 私がねちっこく嘆息を漏らして背を向けようとした途端、部屋の荼毘色とは異にする白色の文字が彫刻のようにふわりと、魔力アビロイドを纏いながら現れた。


「これは……伝言かしら……?」


 回りくどい、面倒くさい!

 だけども……これがこの世界の術師なりの流儀と宣うならば、溜飲を下げるしかない。郷に入らば、というやつである。


(この円環にカノン・シノザキは手をかざせ、か)


 何とも簡潔な文章だ。

 だけども怪しい。

 これは……策謀ではないか?

 十人に聞いて、住人がそう答えてくれる自信があった。


「はぁ……」


 本当に面倒事のようだ。

 それに、これは強制イベントのようなもの――回避しようがない。確かにエンヌの巧妙な尾行に一切気づけなかったのは完全に私の落ち度だが……こう面倒事が連続するものかね、一度の過ちで。

 諦めるしかないようね。私は円環に掌を控えめに翳す。

 すると、世界が、私の視界を中心に真白の光芒がぱあっと煌めいて……暴風雨が巻き起こったかのような轟音が周囲を構わず吹き飛ばす。


(派手な演出ね)

 

 見回せば、今いる場所はオペラ座のような荘厳な舞台だった。

 見上げれれば何かの伝承を象っているのか、幾つもの星霜が上空に映し出されている。そこから楕円の曲面を描くように、滑らかに天井がドームを築いている。そこから座席や通路が続いている。

 今、自分が立っている場所は絨毯張りの大地だ。まるで直前まで丁寧に丁寧にと整形されているのが感じられた。それはまるでその場で歩をこれ以上に進めることが憚られる程だった。

 そっと身構える、すると、その世界の発光は即座に一点に収束して、その光線の集中する点の先の面が歪曲し、其処からエンヌが姿を現した。

 

「先生、おはようございます――それにしても、ただ話し込むだけにしては妙に凝っていませんか?」

「……そうね、話し込むだけなら、態々場所を此処にする必要はないわ」

「…………」


 勿体ぶった言い方だ。単に事情聴取するだけの気はないというわけか。


「試験よ――私と戦いなさい」

「は?」


 大層な演出を披露した割に、やることは喧嘩を売ること?

 馬鹿馬鹿しいというは、合理的でないというか……沸々と不満が湧き出る。


「目上の人間にこういうのはあれだけど……費用対効果というのを知らないの?」

「費用対……効果?」

「そっちの言語として認識できないならいいわ、それで」


 私は左手で魔導書を手の取って、以前覚えた氷の〈術式エイジ〉を複数展開する。それそのものは頭部程の氷塊で、クナイへと整形される。その先端から延びる射線は一本も違わずエンヌを向いていた。


「貴女がお望みなのはこれかしら?」

「そうよ、全力で来なさい」


 私は可能な限り省エネでありたいが、彼女が望むというのなら仕方あるまい。


「それにしても……貴女、意外とノリやすい性格をしているのね」

「そうかしら? ま、そう解釈したならそれでいいわ――それで合格基準は?」

「手段は問わない、私に一撃浴びせなさい」

「……成程」



 食後の運動に勤しむとしよう。

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