第22話「処理落ちカノン」

 いや、流石にこの展開は私にも読めていないわよ。


 え、何? 協力関係? エーデルワイスとの会話に混ぜなかったことに対する当てつけ? 待て待て、そんな狭小な人間には見えない。


 うん、少し冷静になろうか。


 彼女の真意は何だ? 私に何を求めている?


 まさか彼女もエーデルワイスのように八聖王に対して画策しているのか。単に利用するだけなら態々接触する必要はない。今回はそれといった問題は生じていないが、下手をすれば一触即発、関係が一転して劣悪になる可能性だったあるのに。

 何となく……私の行動で命運が左右する程の事象ではないような気もする。もしそんな重要な案件なら先ずもって私に干渉してこないだろうし。私が大幅に彼女の考える行動からずれない限りは……。


「協力関係になるとして私が支払う対価は?」


 当たり障りなく議論を進めている。

 できる限り地雷を踏まないように、そっとそっとだ。


「そうね……貴女が八聖王なら、元の世界が必ず存在しているはず。それを事細かに教えてもらおうかしらね」


 えっと、え?

 さっきから何の話をしているのだ?

 まるで見当がつかないではないか!


「私がまだ八聖王であるという確証はない筈だけど」


 そう、そうなのだ。

 今はただ私は少し〈術式エイジ〉に自信があるだけの女の子だ。人畜無害だし、誰に対しても慈愛を持って接している普通の女の子だ。

 少し制御を失敗して周囲を寒冷地にしてしまう程度で…………それだけで八聖王と断定されるのは甚だ無茶である。出自こそは未だに思い出せないが、私の力はきっとこの書物から起因している……そんな気がするのだ。要は借り物の力なのだ。聞く限り、救世を民にもたらすべき存在が借りた力でのし上がったというのは実に情けない風に思える。


「そうね、証明を今はまだできない」


 ほれ見たことか。

 しかし……そのような言い方をわざわざするあたり、今後可能になる自信があるということか。


「それまでは貴女について教えてもらいましょうか、貴女の存在は未知なる側面が余りにも多い――〈術式エイジ〉の体系の土台から紐解かせてもらうわ」


 途端に会話の質が落ちたような……。

 うーん、待てよ、もしや彼女……。


(単に知識欲が異常なだけ?)


 彼女の行動原理は未知の解明、つまり有り余る好奇心を満たしたいだけ――だとすると、すとんと落ち着くところがある。

 〈術式エイジ〉の研究に人生を懸けている術師としても、未だ見たことのない速度で高次な〈術式エイジ〉を連発する稚児、興味を持たない筈もない。それに留まらず、特殊な権限を持たなければその名さえも到底知ることを承認されない八聖王計画について知っているなんて……先の情報と付随して考えると途轍もない存在に見えているのかもしれない。


 急に馬鹿馬鹿しくなった。


 が、何もかもが捨てたものではない。


 彼女は確実にリスクを冒している。

 彼女は好奇心の赴くがまま機密情報の一部を、箝口令さえも敷けるかどうか不安な年頃の少女とその奴隷に明かした――そのリスクが如何様な重さを誇るかは想像に難くない。


 そんな彼女の姿勢は興味深い……というかかなり好感が持てる。


「……一見したところ、この場所には特定の〈術式エイジ〉が施されている様子はない、あまり不用意に会話し続けるのは傍受してくれと主張してるようなものね。日を改めましょうか、〈術式エイジ〉による傍受を完全に遮断した私の部屋に明日、何時でもいいから来てちょうだい。貴女にとっても悪い話では決してないのだから」


 随分と一方的な。

 あくまで教師と生徒の立場である、ということを誇示しているのだろうか? 

 ふざけないでほしい、今の事例に関していうと最早教師と生徒という関係性なんて成立していないというのに。好奇心というものを優先させた以上、そこに主従を主張することはできない。

 もう今の彼女の双眸には私たちの引き攣った表情が映し出されていないのか。 好奇心旺盛なのは自分もそうだからわからなくはないけれど……。


「私たちのこと報告するつもりかしら」


 今思えば、愚問だった。


「そんなわけないでしょう、義憤に駆られたその行動の何処に意味を見出せるのかしら?」


 そう、とだけ答えると、何もない空間に扉のようなものを作って、すっと彼女は姿を消した。 何その〈術式エイジ〉、羨ましい。

 ともかく。

 今までの過程を経ると、意味深長に思えた行為も途端に子供っぽく思えてならなくなる。それなりの思慮分別というか状況分析力があるから余計に性質が悪い気もするが。


「ねぇ、エーデルワイス、どう思う?」


「いや、今の情報だけでカノンさんを八聖王と決めつけるのは無茶でしょう……」


「そうよね……」


 一考の価値がある、程度だろう、現段階では。


 蹴るという選択肢もあるが……顔は出すべきか。

 それに、彼女はあくまで年長者という立場からか達観したかのような態度で私に対して優位性を示して見せたが、実際に立場上優位なのは間違いなく私だ。八聖王計画についての情報は優先度が高いのは紛れもないことだが、別に彼女のみが解明の糸口というわけでもなさそうだし。事実、エーデルワイスもそれなりに知っているからそれこそ彼女と情報収集に励めばそれなりの収穫はありそうだ。


 彼女はああいう風にこそ振舞えども、私の存在なくして彼女の精神的な欲望を充足することはできそうにない。知識という無限に拡大する呪いのような概念に魅入られた生物の性だ、どれほど抑制しても止め処なく溢れる――知的好奇心とは詰まるところ厄介な疾患のようなものなのだ。中毒性が高く、依存性もまた然りだ。


 私も元の世界であんなことがなければ、本の虫になっていたものだ。彼女の価値観を理解できなくもない。が、彼女はそれを少し前面に出し過ぎたようだ。今の彼女は利用しやすいし、非常にちょろい。

 あれでは足元を掬われてしまうだろうに。もしや彼女には私がとてつもない財宝に映っているというのか? すぐ目の前の宝石類の山なんかよりも。

 俄かに信じがたいが、学者なんてそんなものか。他者が切って捨てるような石ころにも特異性を見出すことを生業にしているのだから。


 だが、またとないチャンスかもしれない。確実にもう少し、私に有利な条件を付与できる。よし、明日までに考えよう。


「安心してください、カノンさん」


 ぶいっとピースサインをしたエーデルワイスは念押しに教えてくれた。


「仮にカノンさんが八聖王だとしても、まだ呪いはかけませんから!」


 憎悪を向けるべき対象となる可能性が一縷でもある存在に高らかと宣言するとは、余程の能天気なのか策略家なのか、それこそが私が彼女を気に入った所以でもあるが、変な笑い声が零れてしまいそうになる。


「救世を確固たらしめる英雄……兵器を率先して破壊していこうなんて、エーデルワイスはもしかして破滅主義か何かなのかしら?」


「どうなんでしょう? でも、きっとカノンさんなら私がそう至った理由を何れ理解してくれるでしょうし、賛同してくれると思いますよ?」


「大した自信ね、でもその口車に乗ってみるのも一興かしらね」


 授業があんなざまだから、少しは退屈を凌げそうだ。


 愚問であろうし、彼女も重々に理解しているだろうが私とて無抵抗で呪いを引き受け、討滅される予定はない。

 エーデルワイスから明瞭な殺意が向けられたと判明すれば反撃を行うし、それが必要となれば彼女を倒すことにもなる。温情はない。敵となった時点で、そいつは排除する――それが私がある時点で得た人生観なのだから。

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